レガートの森を越えて(2)
シルバーフックの後は魔獣も出没せず、問題なくサクサク歩いて、今夜の宿泊地である川の側にある休憩所に到着した。
日暮前にはテントを張り終え、焚き火をして夕食の準備を開始する。
運良く他の旅人が居なかったので、イツキはモンタンを呼び出し、フィリップとハモンドが止めるのを笑顔でかわし、ひょいひょいとモンタンに飛び乗って空へと飛び立った。
イツキの兄的存在のシュノー部長は、顔面蒼白になり持っていたカップを落とし、危うく火傷しそうになってしまった。
その様子を目撃した一行は、驚き過ぎて「ええぇーっ!」と叫んで口を開けたまま、夕焼けの空に飛んでいったイツキと空飛ぶ最強魔獣のモンタンを、その姿が見えなくなるまで見つめていた。
「え、え、えぇーっ!!それじゃあ・・・2度目のハキ神国の侵攻を阻止した時も、もしかして、もしかして・・・」
「ああ、乗ってたらしい。まあイツキ君と居ると、こんなの序の口だぞ、ボブ」
アワアワしながら驚きの叫び声を上げたボブの疑問を、軽~く認めたフィリップは、後々イツキのあれこれで騒がないように、ショックは早めに与えておいた方が良いだろうと判断した。
「でも秘書官補佐、イツキ君がモンタンに乗るのって……結構命懸けですよ」
前回のロームズ行きの時、「落ちるかと思った」とイツキが言っていたことを知っているハモンドは、控え目にフィリップに言い添える。
「フィリップ!次は止めろ!絶対に止めろ。お、俺の命が磨り減りそうだ」
げんなりとした表情で、シュノー部長が命令する。心配性なのはフィリップも同じだが、イツキの無茶ぶりに免疫の無いシュノー部長の方が、心臓にきたようだった。
イツキがモンタンから降りて皆の元に戻った時、ちょうど他の旅人(商団)13人が休憩所に到着した。
「こんばんは、レガート国の方でしょうか?我々はホン領のササキヤの商団でございます。一晩よろしくお願いします」
その商団は商工業の街である、レガート国ホン領の老舗織物問屋の商団だった。
商団長はササキと名乗り、年齢は50歳くらいで背は低いが姿勢が良く、商売人らしく頭の低いとても感じのいい人だった。
「荷物のわりには随分と大人数ですね。全員が商団の方ですか?」
問い掛けたのはハモンドである。前回ロームズへ行った時イツキから人間観察を学び、善人か悪意有る者かを見抜くテクニックを叩き込まれていた。
「いやいや全員ではございません。途中で他の旅の方5人と出会いまして、折角ですからご一緒させていただいたのです。私どもは3人が店の者で5人が護衛の者です」
「そうですか、我々は5人が護衛の冒険者で、残りの20人は木材関係の方たちです。全員レガートの者だと思います」
ハモンドはそう答えてにっこり笑い、落ち着かれたら一緒にお茶でもどうですかと誘っておいた。
レガートの森を抜けてルナの街に入るまで、イツキたち別動隊は護衛の冒険者、本隊は木材関係の職人と技術者ということになっている。
何時もの如くイツキの厳しい演技指導があったことは言うまでもない。
昼食休憩が終わってから川の休憩所に到着するまで、自分の役に成りきれなかった者には、食材採取や夜の見張り番がペナルティーとして与えられる。
決して軍の関係者であると見破られないよう、言葉使いから物腰まで、それはそれは団長の厳しい演技指導とダメ出しの連発で、団員……いや隊員たちは疲れていた。
「お言葉に甘えて夕食後のお茶をご一緒させてください」
ササキヤの一行8人が、自分のカップとお菓子を手に持って、川原の焚き火までやって来た。
対応したのは冒険者ハモンド、フィリップ、レクスと、木材関係のボブ、イグモ、ルド、技術者のシュノーの7人である。
他のメンバーは、ペナルティーを貰った見張り番担当の8人が先に休んでいて、残りの8人はテントの側の焚き火を囲んでいる。5月末とは言えレガートの森の夜は意外と気温が下がるのだ。
ササキヤの商団は、イツキが思っていた通り、ロームズへ織物を仕入れに行った帰りであると話し始めた。
ロームズの隣のビビド村は養蚕が盛んな村で、ロームズの近郊は綿花栽培も盛んだった。それ故ロームズには、絹や綿を加工する織物工場が幾つかあったのである。
ロームズがレガート国の飛び地となってから、こうしてレガート国の商団が往き来するようになっていた。
「実は我々もロームズまで行くのですが、何せ初めて訪れるので情報があまりないんです。よろしければどのような所か教えて貰えないでしょうか?」
商団長にお願いしたのはシュノーだった。一応代表者ということになっている。
「ええ・・・そうですね、ロームズの織物工場は今、労働者が何かの建設に駆り出されていて、労働者不足で商品がまともに作れない状態でした。始めはレガート国民だから売って貰えないのかと思いましたが、2日間滞在してみると、確かに工場には女性しか居なかったんです。しかも・・・」
商団長はなんだか言い澱んでしまい、話そうかどうかを迷っている様子になった。
「しかも?しかも何かあったのですか?」
シュノーは身を乗り出すように商団長に問い掛ける。
「いや、その……お尋ねしますが、皆さんがロームズに行かれる目的は何でしょうか?そして何処の木材関係の方々でしょうか?」
「我々はラミルの者です。ここだけの話しですが、うちは軍の関係の仕事をしているので、荷物の内容や仕事内容は言えないのです」
商団長が探るように仕事内容や出身地を確認しようとしたので、シュノーは打ち合わせ通りの内容を答える。
「ぐ、軍関係・・・そうですか、それなら大丈夫でしょう。実はおかしなことに、ロームズでは商団の滞在日数が2日しか与えられず、きちんとした商談をすることも出来なかったのです。それどころか、町の見学をしようと歩き回ることさえ制限されて出来ませんでした。戦争は終ったはずなのに……何かを警戒している様子でした」
商団長は緊張した様子で、辺りを気にするようにキョロキョロしてから、言い澱んだ内容を話してくれた。
他の商団メンバーも暗い顔をしていたので、ハモンドは話題を変えるように「これは特別なお茶なんですよ」と言いながら、高級そうな包みに入っている茶葉をポットに入れる。たちまち良い香りが辺りに漂い、皆の緊張が解けていった。
その頃イツキと国境警備隊副隊長のヤマギは、ササキヤの一行とは違う、川の対岸にテントを張っている、5人組の所へお邪魔していた。
「お疲れ様です。これ、今日狩った兎を焼いたんで、お裾分けにと持って来ました」
イツキはニコニコと笑顔で話し掛ける。ヤマギは怖い顔を出来るだけ笑顔にしてイツキの隣に立っている。
「やあ、これは有り難い。喜んで頂きますよ!」
5人組の中でも1番体格のいい30代くらいの男が、嬉しそうに肉を受け取る。他の4人も、それなりに愛想の良い顔をヤマギに向け、お付きの少年にも礼を言った。
「あんたたちは冒険者だって言ってたけど、何処のドゴルの所属か聴いてもいいか?俺たちは旅の途中だが、採取した珍しい鉱石をドゴルに持ち込みたいんだが、信用できる所に持ち込みたいんで、店の情報を教えて欲しいんだ」
リーダーの40歳くらいの男が、何かを探るように聴いてきた。風体は冒険者でもなく商人でもない。しかしどう見てもただの旅人にも見えない。
「俺たちはラミルで1番大きいドゴル不死鳥の所属だ。ほら、この冒険者証のケースに不死鳥が刻印してあるだろう。ラミルまで行くんなら、不死鳥がお薦めだけど、ミノスのドゴルだって良心的だから、信用できると思うぜ」
イツキは冒険者証を取り出し、よく見えるように不死鳥の刻印を右手で指差す。
「そうかいありがとな。ところで、お前さんたちが護衛しているの奴等の中には、強そうな奴も何人か居るようだが腕がたつのか?」
細面で横分けしたグレーの前髪が顔の右半分を覆っているリーダーの男は、一見ありきたりに感じる質問をするが、その探るように鈍く光る瞳が、なんだか気味が悪いとヤマギは感じた。
「ああ、ありゃ山で木を伐る奴等だから体は鍛えてる。斧を持たせりゃあっという間に大木も倒す。別に剣とか弓とかが出来る訳じゃあない。だから俺たちが必要なのさ」
ヤマギは川の対岸に張られた、テントの前に居る隊員たちの方を見ながら笑う。
「でもさ、こんだけの人数が居たら、魔獣も盗賊も寄って来ないだろう?みんな張り切ってカルートで買い物する気なんだ」
「ほんと、いい気なもんだぜ!まあ……だから俺たちみたいに新人が3人居ても、仕事が出来るんだけどな、ハッハッハ」
イツキに続きヤマギは、自分たちの内情を自虐的に話して大声で笑った。
その笑い声を聞いて、リーダーの男はニヤリとほくそ笑んで、口角が上がるのを隠すように左手を口元にあてた。
「明日の朝俺たちは、夜明けと共に腕自慢の男たちと護衛の3人で狩りに出るんだ。残りの者はゆっくり起きて朝食の準備をするけど、よかったら一緒に朝飯どうです?」
イツキはニコニコ笑顔で「俺が朝食担当なんです」と付け加えて朝食にお誘いする。
「坊主が担当なのか?分かった。お言葉に甘えさせて貰おう!」
リーダーの男は嬉しそうに明るい声で返事をした。
イツキとヤマギは「じゃあ!」と右手を上げて、おやすみと挨拶して立ち去った。
「ササキヤの商団の護衛は、然程の腕ではないようでしたね」
「そうですねヤマギさん。2年前にレガートの森で残虐非道を極めた強盗団を捕らえてから、大きな被害が出るような事件は起こっていないと、ミノス正教会から知らせを受けています。時々寝ている間の馬泥棒や、追い剥ぎ行為をする輩は居るようですが……だから、備えが甘くなっているのかも知れません」
イツキはそう答えて、橋を渡りながら今夜と早朝の配置を考え始める。
テントに戻ったイツキとヤマギは、フィリップ、ハモンド、シュノーから情報収集の成果を聞いて、明日の朝の配置を告げた。
東の空が明るくなり始めた頃、本隊、別動隊合わせて25人の中から、20人もの人数が狩りに出発した。
残ったのは、シュノー部長、奇跡の世代のルド、国境警備隊サブリーダーのボブ、ハモンド、イツキの5人だけだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、教えてください。
初心者のくせに、長編書いてる自分ってどうなの?とか自問自答してます。
来年は、合間で短編に挑戦したいと思います。