レガートの森を越えて(1)
モンタン・・・それはモンモーンと可愛い声で鳴くところから付けられた名である。
外見もよく見ると丸っこくて愛嬌がある。体は空飛ぶ最強魔獣と言われるだけあって、身長3・5メートル、全長4・5メートル、両翼の長さは6メートル。全身茶と赤のストライプで、大きな目は少し垂れている。口ばしは横に広く先端は下向きで、顔全体は丸くフカフカの羽毛で覆われている。
愛嬌のある外見ではあるが、最強魔獣と言われるに相応しく、頭頂にはキラキラと輝く濃い青色の冠羽根を戴いている。
イツキがミノス正教会で暮らしていた子どもの頃、ケガをして動けなくなっていた雛鳥のモンタンを、看病し育てて森に返した。
その後も軍学校に研究者として勤めるまで、しょっちゅう森で一緒に遊んでいた。
しかし、魔獣と友だちになるなんて、常識では有り得ないことであり、普通の人間には到底信じられないことだった。
「モンターン、おいでー!」
イツキは大きく両手を広げて、空に向かって大声で叫んだ。
すると、何処からともなく強い風が吹いてきて〈〈 モンモーン 〉〉と鳴き声が聞こえてきた。
前回ロームズへ旅をした時は、人目を避けて夜モンタンを呼び出したのだが、今回はよく晴れた午前中である。
イツキとハモンドは、街道から少し離れた場所でモンタンを呼び出したが、空から巨体が舞い降りてくるので、気付く者がいてもおかしくはないだろう。
案の定、本隊(投石機設置部隊)の数人が気付き、大騒ぎを始めてしまった。
「あ、あ、あれは、空飛ぶ魔獣!」
技術開発部サブリーダーのコウヤは、初めて魔獣を見た。なにぶん日頃は技術開発部の研究室に閉じ籠っているので、こうしてレガートの森に入るのも初めてだったのだ。
「あれは、ハキ神国が2回目のカルート国侵攻をした時、ランドル山脈から飛んできて、ハキ神国軍をやっつけた(正しくは追い払った)魔獣だ!」
国境警備隊のサブリーダーであるボブは、思わず驚いて腰を抜かしそうになっている。
「み、みんな逃げるんだ!き、木の陰に隠れろ!」
国境警備隊もう1人のサブリーダーのイグモは、普通の人間が、普通にとるであろう行動をとろうとしていた。
「あれはモンタン。イツキ君の友だちだ!心配ない」
フィリップは少し呆れ……いや気の毒な人を見るような視線をイグモに向けて言う。
「「「ええっ!友だち!」」」
「そうだ、空飛ぶ最強魔獣ビッグバラディスのモンタンは、レガートの森を抜けるまで我々を上空から守ってくれる。だから安全なルートではなく、レガートの森を抜けるルートを選べたんだ。まあ……あれだ、気の優しい愛嬌のある甘えん坊だから、なんの問題もない」
フィリップは2年前に初めてモンタンに会った時の驚きを思い出し、自分の感覚が段々普通ではなくなっていることに、苦笑いするしかなかった。
「えっ?それでは2度目のハキ神国の侵攻の時、あのモンモン?がハキ神国軍を襲った(正しくは脅した)のは、イツキ君の指示?……いやいや、そんなことは有り得ないっすよね?」
「ボブ、モンモンじゃなくてモンタンだ!それに、我々レガート軍をハキ神国軍から守ってくれたのは、間違いなくイツキ君だ。まあこれは……軍事機密だぞ」
フィリップの答えに、一同目をパチパチさせながら、もう1度上空を見上げるが、既にモンタンの姿は無かった。
今回の本隊(投石機設置部隊)20人には、選ばれる際にある条件があった。
イツキをよく知る人物又は、ロームズに行ったことがある者で、イツキの特異性を受け入れ、イツキの指示に従い、イツキに関する全てを秘密厳守出来る者でなければならないという条件だった。
「では、2度目の戦争を終わらせたのは……イツキ君……」
イグモは未だ信じられないという顔をしながら呟いた。
「お前たちに、もう1つ大事な話をしておく。今回何故イツキ君が作戦を考えるのか、それはイツキ君が何故【治安部隊指揮官補佐】になったのかという話に直結してくる。シュノー部長から聞いている武器の開発だけではなく、1回目のハキ神国軍のカルート侵攻を終結させたのがイツキ君だからだ」
フィリップは事前に伝えるべき、最も重要な話を真面目な顔で話し始める。
しかし本隊メンバーたちは、とんでもない話を聞いてしまったという驚きの顔でフィリップを見る。
「実は1回目の戦争の時、援軍とは全く違う行動をする別動隊の存在があった。その作戦には俺や【王の目】のドグやガルロ、ソウタ指揮官や軍学校の教官が2人、そしてハモンドを含めた8人が参加していた。そして、イツキ君は始めから我々の指揮を執っていた。そう命じたのはキシ公爵とギニ司令官だった。その時イツキ君は12歳だったんだ。当然俺は従える訳がないと反発したが、共に旅をし指示に従っているうちに、イツキ君の才能に度肝を抜かれた。ロームズからハキ神国軍を撤退させたのは、疫病の発生を演じたからだ」
「「「・・・・・・」」」
これまで聞かされていなかった真実に、誰も言葉を発することが出来ない。
別動隊が動いたことを聞いていたシュノー部長、奇跡の世代の2人でさえ、詳しいことは聞いていなかった。
「彼は、イツキ君は、作戦を考える天才なんだ!今回指揮は俺が執ると言ったが、実際はイツキ君の指示に従う。それがギニ司令官から正式に与えられた命令だ。勿論、今話したことは、レガート軍ではなく国家機密であることを忘れるな!」
フィリップは厳しい上官の顔で、国家機密であることを念押しする。すると全員が緊張した顔になり「了解しました」と声を揃えるように返事をした。
しかし、どこか信じられないという表情をしている。
フィリップはメンバーたちのそんな気持ちは充分に理解出来た。とにかくイツキ君と実際に旅をすれば、納得してくれるだろうと考え、それ以上何も話さなかった。
暫くしてイツキとハモンドが戻ってきた。
「フィリップさん、準備出来ました」
そう言ってイツキは上空を指差した。そこには久し振りにイツキに会えてご機嫌のモンタンが、嬉しそうに優雅に飛行していた。
「モンタンは魔獣ですが、人は襲いません。食糧は同じ魔獣なのでご安心ください」と言って、イツキはにっこりと笑った。
その顔がまだ子どもっぽくて、今聞いたばかりの信じ難い話とのギャップに全員が戸惑う。
「さあ、いよいよレガートの森です。僕は薬草を採取しながら進みますので、皆さんは狩りをお願いします。もしも魔獣を狩ったら、カルート国ルナの街のドゴルで換金しますので、出来るだけ首を攻撃してくださいね」
今度は可愛いく首を傾げて、イツキにお願い(命令)されてしまう・・・
既に頭の中はパニックになりかけ、思考がストップしそうになっているが、イツキの笑顔になんとなく癒された一同は、深く考えるのはまたにしようと思うことにした。
ちょうど昼頃休憩所に到着した一行は、昼食の準備に取り掛かった。
食事の準備は、主に国境警備隊が担当する。他のメンバーは食材採取や焚き火の材料を集める。
イツキは鼻唄混じりに高価な薬草を見付けて、せっせと袋の中に入れていく。今回は荷馬車があるので、手荷物が増えることはない。その代わり、馬が喜ぶ美味しい草をお土産に採取することも忘れない。
昼食が終わって片付け始めた時、ガサガサを草木を揺らす音がして、小型の魔獣が現れた。すると数人が上空のモンタンを見上げた。
「皆さん、モンタンは小物は相手にしません。上級魔獣が出た時だけ助けてくれるので、中級以下は自分たちで何とかしてくださいね」
イツキは他人事のようにあっさりと言い、自分の荷物を荷台に載せ始めた。
ここは学生のイツキに狩りをさせる訳にはいかないと、数人が名乗りをあげて剣を抜き、1人がレガート式ボーガンを構えた。
魔獣は中型犬くらいの大きさの、見事な毛並みのシルバーフックだった。
なんとかかんとか仕留めて直ぐに解体する。血の臭いをさせながら通行できる程、この森は甘くない。解体は治安部隊の2人が手際よく進めて、肉はモンタンに毛皮はドゴル用に乾燥させる。
「モンターン!お願いがあるんだけどー」とイツキが上空のモンタンに叫んだ。
バッサバッサと羽音がして強風が吹いてくる。空を見上げていた隊員たちも、あまりの強風にしゃがみ込む。
木々を大きく揺らし砂埃を舞上げながら、モンタンは街道に着地した。
モンタンを初めて見る隊員たちは、当然恐怖で固まっている。
思っていたより巨体で、完全に道を塞ぐように着地した空飛ぶ最強魔獣を、直視することさえ出来ないでいる。
「やあモンタン元気だったか?ちょっと大きくなってないかお前」
そう言いながらフィリップは、モンタンの頬をよしよしと撫でてやる。
モンタンは嬉しそうに〈〈モンモン〉〉と鳴いて甘え始める。
モンモンと甘えた鳴き声を聞いた隊員たちは、妙に可愛い鳴き声に『あれっ?』とか『おやっ?』とか思いながら、恐る恐る顔を上げてみる。
そこには丸っとして、愛嬌のある顔をした巨大な鳥が、イツキ君に頬を撫でられながら、自らの顔をイツキ君に擦り寄せて恍惚としている姿があった。
『なんか可愛いかも……』と全員が思いながら妙に癒されていく。
そして恐る恐る全員がモンタンに挨拶しながら、頬をよしよしと撫でてやる。
「モンタンごめん!お肉をあげるから、次の休憩所まで毛皮を乾燥させて欲しいんだ、ダメかなあ?」
〈〈 モモモン! 〉〉
「そうだよねぇ、邪魔だよねぇ・・・だったら、今夜一緒に遊ぶから、ね、お願い」
〈〈 モン……モンモン 〉〉
「ありがとうモンタン!大好きだよ!」
イツキはモンタンの首に抱き付きお礼を言うと、早速モンタンの足にシルバーフックの毛皮を括り付けた。
モンタンはペロリと肉を平らげると、一声鳴いて再びバッサバッサと空高く舞い上がっていった。
イツキとモンタンのやり取りを見ていたメンバーの殆どは、ポカンと口を開けて、未だ現実が受け入れられない様子でつっ立ったままである。
「イツキ先生・・・もしかして、またモンタンに乗るんですか?」
「う~ん……約束しちゃったしね」
ハモンドの不安そうな問い掛けに、イツキは心配かけてごめんね的な視線を向ける。「は~っ」と諦めの息を吐くハモンドである。当然フィリップも心配そうにイツキを見ている。
他のメンバーたちは、今、何かとんでもないことを聞いたような気がすると思ったが、まだ頭が……脳の働きが完全復帰していなかったので、聞き間違いだろうと思うことにした。
そんなこんなの旅は、順調?に過ぎてゆくのだった・・・
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
シリーズ3の隣国の戦乱をお読みいただいた皆様には、似たような展開になっていると思いますが、もう少しお待ちください。もう直ぐ森を抜けます。