勇者詐欺にご注意ください
『これから書くことはすべて真実である事を、僕はメテンガルト神に誓う』
ファンガルト歴 245年
メテンガルト城に続く街道は魔王を倒し凱旋する、勇者バルトアを一目見ようという民衆で溢れかえっていた。
金色の鎧を身にまとい白馬に乗った長身のバルトアが姿を現すと、民衆が一斉に歓喜の声をあげた。その声に答える様にバルトアが拳を突きあげる。女性は頬を桜色に染め、男たちは野太い声でバルトアの名を連呼した。
この凱旋によって、勇者バルトアは誰もが認める英雄となった。
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ファンガルト歴 255年
僕が勇者バルトアの英雄伝を書くことになったのは、メンテガルト国王、キニサル八世の依頼を受けてだった。本当であれば、王室お抱えの吟遊詩人である祖父、ユナードが書くはずだったのだが、体調がおもわしくないため、孫であり、吟遊詩人見習いのハリー・シュテファンにお鉢が回って来たのである。
バルトアが魔王を倒し凱旋してから十年の月日が流れたが、国民はいまもあの時の感動と興奮を忘れてはいない。十年前、五歳だったハリーも大人に混じって何度もバルトアの名を叫んだ。バルトアこそがハリーの永遠のヒーローである。
そんな誰からも敬愛されるバルトアであったが、凱旋した半年後、王宮に一通の手紙を残し、姿を消した。その手紙には、友を失った悲しみを癒す時間が欲しいと書かれていたらしい。
魔王との死闘は三年にも及んだ。その間、多くの仲間を失った痛みや悲しみは、計り知れないものだったろう。勇者だって心を癒す時間は必要なのだ。
「心苦しいけど、その時の話もちゃんと聞かなきゃだめだよな」
ハリーは少しの不安と多くの興奮を胸に抱え、十年振り街に帰ってきたバルトアに会うため、待ち合わせの場所であるドルドナ亭へと向かった。
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「なんか……ごめんな。こんなんで」
おっさんがでっぷりと突き出た腹をさすりながら、ハリーに向かってハゲ散らかした頭を下げた。
ハリーは完全に引いていた。十年前、魔王を倒し凱旋した時の勇敢な面影はどこにもなく、目の前で酒臭い息をまき散らすおっさんからは勇者たる要素が全て削ぎ落とされていた。
ハリーが嘘をつくなと詰め寄ると、おっさんは前歯二本しかない口を開けこうなった経緯を話し出した。
長い話を要約すると、ただの不摂生だった。魔王を倒したあと気が抜けて髪も抜けたと言ってドヤ顔されたとき、ハリーは残り少ない頭頂部の髪を燃やしてやろうかと真剣に考えた。
鉄板のネタがすべったのが気に入らなかったのか、おっさんが魔王の悪口を言い出した。
「マーチャンが俺に言うわけよ。あっ、マーチャンは魔王のことな! なんか想像してた勇者と違うって。それでカチンっときて、聖剣でやっちゃた感じなんだけど」
今のハリーには魔王の気持ちが痛いほど理解できた。もし魔王に会うことがあれば今なら一晩中飲み明かせる自信があった。
「十年前のバルトアは勇者として完璧な容姿をしていたはずです。なのに魔王が想像していた勇者と違うなどと、言うでしょうか?」
「それは……、その、魔法整形をしてたから一般人にはカッコよく見えたかもしれないけど、魔王には本当の姿が見えたみたいでな」
「国民を騙してたんですか!?」
「騙してたって人聞き悪いな、十年前だっていまとそんなに違わなかったろ?」
「ゴリゴリにハゲとるやないか!」
「オォ〜、ナイスツッコミ!」
おっさんの事をバルトアだと信じた訳ではないが、今はとりあえず話を聞くしか真実を見極める方法がなかったので、折れそうになる心を奮い立たせハリーは質問を続けた。
「あなたがバルトアだとすれば、王であるキニサル八世に友を失った悲しみを癒す時間が欲しいという内容の手紙を書きましたよね。十年という時間でその心の傷は癒えたのですか?」
おっさんの目が横にスッと伸び、口元がきつく結ばれた。
「見ればわかるだろ……。こんなにハゲてんだから!」
「はぁ!?」
「髪は長い友達って昔から言うだろ。日に日に友を失っていく恐怖と悲しみが、フサフサのお前にはわからんだろうな!」
「真面目に答えてください!」
ハリーの真剣な眼差しを受けて、何かをあきらめたように大きなため息をひとつ吐くと、おっさんの顔に頑健な戦士の表情が浮かんだ。
「オイ坊主、たった十年で人間は感謝の気持ちをどこかに捨てちまったのか?」
「どういう意味ですか?」
「俺が魔王を倒したのは事実であり、そこに嘘はひとつもない。なのにお前はさっきから俺の容姿の事ばかり言いやがる。勇者が全員、金髪碧眼美少年のはずないだろ。想像するのは勝手だけどな、想像と違ったからといって、がっかりされるのは迷惑なんだよ」
「それは……」
ハリーは唇を噛みうつむいた。確かにバルトアの言ったことは正論だった。
もしかするとハリーのように十年前いまの姿でバルトアが凱旋したら国民は素直に喜こんだであろうか。それを考えてバルトアが魔法で姿を変えていたなら、それは優しさから生まれた嘘だと言えないだろうか……。
謝罪の言葉を述べようとハリーが口を開きかけた瞬間、バルトアが、ヒューと口笛を吹いた。
「なんかおまえの後ろにいるエロイ女子二人、さっきから俺の方見てるんだけど、勇者ってバレたポイよな」
断固として違う! 汚いおっさんが大声でしゃべってるから睨んでるだけだ。と、心で悪態をつくハリーをよそに、「いま誰とも付き合う気ないんだよな。告っくてこられたらマジ困るわ~」などと、ほざくバルトア。
謝罪の言葉がもの凄い勢いで数キロ先に飛んで行き、怒りとなって帰って来た。
そんなハリーの気持ちを察する事もなくバルトアは意気良いよく立ち上がると、綺麗な女性二人が座るテーブルへと向かった。
バルトアが一歩近づくごとに、女性たちの顔が曇り、挑戦的な目で睨みつけているのが遠目からでもはっきりと分かる。
警備兵に仲間と思われるのを避けるため、ハリーはいつでも逃げられるように腰を上げる準備をした。絶対にバルトアは訴えられる。いや、訴えられろ! その時は彼女たちの証人として喜んで法廷に立ち勇者詐欺の罪も裁判官に申し出てやる!
ワナワナと体を震わせた女性二人が同時に立ち上がると、腕を持ち上げ、バルトアの胸を指さし叫び声をあげた。
「ライズ!」
ライズとは僕の知らない罵声の言葉なんだろうか? そんなことをハリーが考えた瞬間、女性二人の指先に急速に集まった光が銀色に輝く矢に変化し、おっさん目掛けて放出された。
銀色の矢はおっさんの胸に吸い込まれ、背中から突き抜けると、かすかに勢いを弱め宙に漂うように霧散した。
針が落ちても分かるほど静まり返った店内に、狂喜をふくんだ女たちの叫び声が響き渡った。
「これで我らが王、エルシド様の復活は約束された!」
「いいや、そうはいかない」
恍惚の笑みを浮かべていた女たちの顔が醜く歪む。
「お嬢さんがた、そんな矢じゃ俺のハートは射貫けないぞ。もっとましな告白のしかたを教えてやるよ!」
何事もなかったようにおっさが複雑な幾何学模様を宙に描き、「ユブライアー」と渋い声で唱えると、女性二人の身体を虹色のベールが包み込んだ。
どうやら拘束魔法の一種らしく、女性たちは虹色のベールから脱け出そうと必死にもがいている。
その姿を見て満足げな笑みを浮かべると、ハリーに向かって声高々に、「この魔法は俺が考えた。カッコいいネーミングだろ?」とおっさんが胸を張った。
ハリーは二本しかない前歯を見つめ、首を傾げた。
「どこがですか?」
「逆から言ってみろよ」
「ユブライアーの逆? アイラブユー……」
「どや!」
このときハリーはこいつを必ず勇者詐欺で訴えると固く心に誓った。