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閑話2 人形は口を噤む


「…それじゃあ、先生、終わったら呼んでください」

「はいはい、わかってるよ。キミはゆっくり宿題でもやっておいで」

「……」


 杏はじっと綾部を見つめたあと、諦めたように小さく首を振ってそっと部屋から出た。

 ここは美術準備室、という名の物置と化している場所だ。滅多に人も寄り付かず、ここへ来るのは綾部くらいしかいない。そのため、傍目からはわからいようにこっそりと綾部の私物が所々に置かれていて、完全に綾部の趣味部屋と成り果てている。職権濫用の文字が頭を過った。


「さて。ではさっそく調べさせてもらうとしようか。まずは…そうだなあ、服を脱いでもらえるかな。ああ、上だけでいいよ」

「……いかがわしい事はしないのでは?」

「いかがわしい事なんてしないさ。ちょっとキミの体を調べるだけ」

「……」


 それも十分にいかがわしい事なのでは、と思ったが言うだけ無駄だと判断し、伊吹は黙り込んだ。そして上だけ服を脱ぐ。


「…へえ。ちゃんと“人間らしく”見えている。人形なのにねえ…」


 綾部は興味深そうに伊吹の体をじっと眺めた。観察者の目で、隅から隅まで見られる。正直気分の良いものではなかったが、約束は約束だ、と割り切った。


「…特に魔法円は見当たらない、と。いや、魔法円はあるはずだ。でなければ魔術は作動しない。ということは、上手く隠されている。通常考えるならば、背中か心臓のあたりに魔法円がありそうなものだけど…どうなっているんだろう…うーん、実に興味深い」


 ぶつぶつと綾部は独り言を呟いている。

 綾部の問いに伊吹は答えることもできた。だけど敢えて答えなかったのは、答える義理がないというのと、言ったところでこの術式を彼に解くことは出来ないとわかっていたからだ。

 綾部は心行くまで伊吹の体を観察したあと、少し不満そうながらも「もういいよ」と服を着るように伊吹に言った。伊吹は言われるがままに服を身に着けていく。

 その間に綾部は何かをノートに書いていた。恐らく、気付いたことや疑問点などを忘れないようにメモしているのだろう。

 きゅっとネクタイを締め終えた時、「そういえば」と綾部が世間話でもするかのように、唐突に話し出した。


「彼女、なんにも知らないんだねえ」

「……」

「可哀想に。彼女はキミを慕っているというのに、肝心のキミはなにも彼女に言わない。いや、言えない、のかな」

「…なにが言いたいのですか」

「いや、ちょっとした興味だよ。アンジェリーナ・コラヴォルペの最高傑作は実はもとは人間だったんじゃないかって噂を聞いたんだ。どうやら彼女、相当病んでいたみたいだからねえ、恋人を人形にしようとしたっておかしくはない精神状態だったと」

「……」

「僕はね、キミの名前を聞いた時、運命かと思ったものだよ。アンジェリーナ・コラヴォルペの人生を紐解いていくうえで、彼女の恋人の名は外せない。コラヴォルペ家は魔術の名門、対するフロックハート家は魔術とはなんの関わりもない、普通の貴族の家。当然、フロックハート家は彼女との関りを嫌がった。それはそうだ。魔術の名門の家と関わったところでフロックハート家にはなんの利益もない。むしろ不利益しかない。あんな怪しい家と付き合いがあるなんて、と後ろ指さされるのは目に見えているからねえ」

「…貴方は…」

「イブキ・フロックハート。アンジェリーナの恋人の名前であり、彼女の最高傑作の人形の名前であり、そして―――キミの名前でもある」


 これってどんな偶然だろうねえ、と綾部は笑う。


「彼女がこのことを知ったら…なんて思うかな? 人間としての生を捨て恋人に寄り添った哀れな男…もしくは…一人の女性の人生を狂わせた魔性の男?」

「……マスターに言いたいのなら、ご自由にどうぞ。彼女に知られても私に問題はありませんし、私は私の役目を果たすまで」

「おやおや。問題がないのに自分からは言わないんだねえ?」

「……」

「言わない、んじゃなくて言えない、だったかな。そうだよねえ、彼女のこの事を知られたら、彼女はきっとキミを人間に戻そうと必死になる。だけどそれはキミの望むことではない。だから言えない…違う?」

「どうぞ、お好きに解釈をしてください」


 そう言い捨てて綾部に背を向けて歩き出す。

 相手をしていられない。早く、マスターのもとへ戻らなければ。そう思い、伊吹は綾部の話から耳を背ける。

 綾部はそんな伊吹の背中に向けて尚も話し続ける。


「―――可哀想に。キミに彼女の気持ちは届かない…いや、彼女の気持ちをキミが拒絶している。そんなにキミは、前のマスターが、恋人が大事なの?」


 綾部の問いかけに答えることなく、歩いた。

 しかし、伊吹の頭には綾部の問いが繰り返し再生されていた。




 

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