研修期間も終わって
自転車で外を走る時に「あと一枚 着ればよかったかな?」と後悔してしまう季節になって来た。
僕が本箱の味方になってからもう一ヶ月が経つことを最近は実感している。
…と言うのも「研修中」の名札から「山内」に変更されることになり、研修期間を過ぎて本格的に秘密結社の仲間入りを果たした…
どちらかと言うとアルバイトに本腰を入れる事になったのかな?
「研修中」の名札の時には両面に「研修中」と記載されているだけだったが、正式の名札では表面は「山内」で裏面には「山本」と記載されているものになっていた。
何故か内藤さんだけ本名も同じなのか両面共に「内藤」になっているが、僕や尾崎さんのように小判ホームから割りと家が近い者は、
この店で知り合いと顔を合わせる機会もあることから、表面に本名で裏面にコードネームと言う仕様になっているんだと言うことらしい。
裏面のコードネームの方は秘密基地への入出の為のカードにもなっていて、秘密基地へ通じる扉を開ける時にはこのカードが必ず必要な物になる。
僕は今日も学校が終わると家にも帰らずに一目散に小判ホームに向かう。
自転車置場で準備していると立… 尾崎さんが声をかけて来てくれた。
「私も今日は出勤だから一緒に行こう!」
「うん。何だか外は寒くなってきたね。」
学校から小判ホームまでは二十分程度のサイクリングコースになっていて、尾崎さんと話しながら出勤するには調度いいくらいの時間になっている。
僕と尾崎さんとアルバイトの時には出来ないような会話する。
「小学校の時は通学路が一緒だったからたまに一緒に通学してたのにね。」
「中学くらいから何だか恥ずかしくなって行かなくなっちゃったけど。」
田舎の道は狭くて横に並んで走っていると、尾崎さんの表情は声だけで判断しなきゃいけないのが残念。
「お母さんは元気にしてる?」
「うん。元気!元気! たまに山内の話をしたりしてるよ。」
田舎の道で狭くない広い道でも免許を取りたてであろう軽自動車がスピードを出してくるので、
やっぱり尾崎さんの表情は声だけで判断しないといけない。残念。
「パワフルなお母さんだもんね。」
「私もお母さんに似ちゃうのかな?」
「それって否定も肯定もしづらいじゃん!」
「確かにそうだね~。」
独りで居る時には長く感じるのに二人で走っているともう小判ホームの目の前まで来てしまった。
小判ホームに着いたら先ずは裏口にある扉のインターフォンを押して、カメラで顔を確認して中から鍵を遠隔操作で開けてもらう形になっている。
セキュリティーの万全さでは「秘密結社」であることを思い出させる。
扉を開けるとバックルームのような事務室になっているのでここをスルーして倉庫に入り、倉庫の奥の扉を開けると秘密基地に繋がっている。
本屋の仕事は重労働で屈んで仕事をすることも多いので、何だか部活もしていないのに筋肉が付いてきたような気がするなぁ~。
なんて考えていると重苦しい扉の前に辿り着く。
コードネーム側のカードを読み込ませると指認証を機械から指示されてそっと指を置く。
「これってお風呂上りでも読み込むのかな?」
「読み込まなくてもお風呂上りにバイトなんか来ないでしょ?」
「…確かに。」
荘厳な扉は自動ドアのようにシュッと開放されて僕らはエスカレーターを地下に向かって進む。
「まだあの自動ドアには慣れないんだよね。」
「なんで?」
「いかにも重苦しそうで、開く時は『ゴゴゴゴゴ』って音のしそうな扉なのに、指認証が終わるとシュッと軽快に開くからビックリするんだよね。入り遅れて潰れたりしないかな?」
「センサーで感知して開放してるから大丈夫じゃないの?」
「それもそうか? ははは」
「でもそんなこと考えたこともなかったなぁ~。」
デスクルームはエスカレーターを降りると突き当りを左に行った突き当たりにある。
「おはようございます。」
「おはよう。」
挨拶も早々に僕は自分のデスクに座ってノートを開けて推敲内容や次の推敲に行く小説の考察などを纏める。
最近の活動はと言うとメルヘン爆弾を使う会議があるので参加したり、
この前はメルヘン爆弾を作っている高嶋さんという方に後から会って挨拶をしたりした。
ちなみに高嶋さんももちろんコードネームでフルネームは高嶋隆さんだった。
実際に僕はまだ自発的に推敲に参加はしていない。
最近で言うと内藤さんと静香ちゃんの2人が推理小説の推敲に出かけて残酷なオチを丸ごと変えたみたいで、
どうやらこの活動にも上手下手があるようだ。
「僕もしっかりと推敲に参加して行かないとな。」なんて考えていた時に、
内藤さんと同い年でいつもみんなのムードメーカの吉岡さんがそれを察したかの様に僕のデスクに来た。
「マットも推敲したい作品をガンガン、プレゼンしちゃっていいんだぜ!」
僕は吉岡さんから『マット』と呼ばれている。…吉岡さんはあの発言からずっと『海苔ちゃん』だったので、僕はマットの方がまだ気に入っている。
「…でもなかなかこれだ! って言う作品も見当たらなくって…」
その声を聞くと吉岡さんは妙にニヤっとして、
「じゃあ、男3人でマンガの世界に入ってみようぜ!」
「漫画ですか?」
「文章を推敲し直すって言うのは、何も小説だけじゃないんだぜ!」
そういうと用意していた漫画本の束を。僕の机の上にドサっと置く、
「この作品なんか手頃でいいんじゃないかな?」
僕はあんまり漫画に詳しくないので。見たことも聞いたこともないような作品だった。
「作品の名前は『パステル』って言うんだ。野球部が四苦八苦しながらも、甲子園を目指して頑張るっていう、割とベタなスポ根系の野球マンガだな。」
漫画の内容がスポーツでよかった、と胸を撫で下ろす。やっぱり僕は静香ちゃんの「仮想空間で起こった事は、現実にも起こる」という言葉にビビっていたのかもしれない。
「でも、この作品の何を推敲するんですか?」
「あのな… 日本の侍の強さはリサーチ力なのよ~。刀を抜く前にもう勝負って言うのはもう決まってるわけ。とにかく読んでみて、マットなりのポイントを見つけてちょ~だいな。」
そう言うと吉岡さんは、僕のデスクからそそくさと去っていった。
早速、借りた漫画を読んでみたが、これと言うポイントは見つからなかった。
あえて言うとしたら、決勝戦で満塁逆転ホームランを打たれて「現実は厳し」みたいな終わり方をしたくらいかな?