秘密組織と言えばコードネームだよね
「落ち着いたらデスクルームを案内してあげて欲しいんだ。じゃあ僕はそこで待っているね。」
そう言い残してムーがこの部屋を出て行ってもまだ放心状態だった僕は『シバラレ絵本』が燃え尽きる頃にも、
やっぱり事態の整理が出来なくて、デスクルームに案内してくれる最中に尾崎さんが状況の説明をしてくれた。
「この『高見の小判ホーム』はムーが作った、秘密組織の隠れ蓑なのよ。」
「と言う事は僕が立ち読みしていた本は、あの人が書いた本なの?」
僕はトボトボと尾崎さんの後ろをゆっくりと歩いていた。何だか今更になってあごの辺りが痛い。仮想空間のはずなのに…
「『選ばれし本』はムーの書いた面接用の小説ね。あの本を読んでいる人を面接していくのよ。私もそうだった。」
尾崎さんは飛ぶようにクルっと僕の方に向き直って、普段見せないような明るい表情で僕に、
「そうだ! 『高見の小判ホーム』を逆さから読んでみて。」
「えっ? 最後にムーが入ってるってこと?」
「そうじゃないよ~」
そして尾崎さんはこれでもかと言う程のドヤ顔で、
「先にムーの名前が出てくるのは合ってるんだけど。ムーを抜いて逆から読むとね、
『高見の小判ホ』→『タカミノコバンホ』→『ホンバコノミカタ』。」
僕は説明の途中に驚いて、ついつい大きな声を出してしまった。
「本箱の味方だ!」
疲れていた体が、一気に元気になっていくような気がした。やっぱり都市伝説って本当にあるんだなぁ。
少し歩くと色の付いた扉があり開けるとそこには、オフィスルームのような空間があって、4人の男女がそれぞれの机で本を読んだり、談笑したりしていた。
その中の1人には僕を面接した静香ちゃんも居て、僕と目が合うと近付いて来た。
「さっきは驚かせてゴメンなさい。」
そう言うと、本当に深々と頭を下げた。近くに居た尾崎さんは静香ちゃんに近付くと、頭を上げるように肩をそっと抱き寄せた。
面接官になるのが初めてだったから怖かったんだそうだ。僕は、
「大丈夫です。本当にビックリするような体験をしてきました。」
そんな報告を聞くと静香ちゃんは、
「ムーさんは凄くカッコよかったって仰ってましたがどんな推敲をしてきたんですか?」
僕は今まであったことを説明し、静香ちゃんは時折、涙目になって僕の話を聞いてくれた。
「じゃあ仲間なっていただける決心は付いたんですね。」
「はい。僕でよかったら! 僕の名前は…」
「おい! 名前は言うな。」
その声に振り返ると二十代後半から三十代前半位の男の人が立っていた。
「本当に、何も説明しないでここまで連れて来たんだな。この特待生ぶりは、常軌を外れたエリートをご案内申し上げたのか腑抜けたポンコツを連行して来たのか、どっちかしかないな。」
すると、尾崎さんはその人と僕の間に割って入って、
「内藤君は本当に新人に厳しいよね。私が入って来た時も、同じ様な事を言われた気がするけど。」
「とにかく名前は言わない方がいい。どうせあと少しすればムーが思いついて、無駄にデカい声を出しながらこの部屋に馳せ参ずるだろうからな。」
そんな皮肉を言い終わるか言い終わらないかぐらいのタイミングで、
「出来たぞ~!」
内藤さんの予言通りだった。ムーは僕らを一瞥し僕の方に指を指すと、
「君の名前は『山本 大和』だ!」
「はい? ヤマモトヤマトですか?」
「おいおい… 海苔の会社みてぇな名前に決まったな。」
僕はそのネーミングセンスにビックリしたがムーの付ける名前には規則性があり、
苗字とその苗字を1文字抜いた名前をつけてコードネームにしているらしい。
だから僕は山本大和。
立花さんは尾崎沙紀。
静香ちゃんは石塚静香。
内藤さん内藤乃斗。
「海苔みてぇな名前だな。」とつっこんだのが吉岡吉男さん。
僕は一通りの自己紹介が終わり僕はムーに自分のデスクに案内してもらった。
引き出しを開けたりして少しくつろいでいると、
「あごの辺りは大丈夫ですか?」
静香ちゃんが救急箱を持って僕の方に駆け寄ってきてくれた。
「仮想空間なのに、本当に殴られたみたいに痛いんですね。」
「仮想空間でも起こった事は、こっちの世界と同じなんですよ。だから向こうの世界で死んでしまえばこっちの世界でも死んでしまいます。」
静香ちゃんのその無表情な一言に僕は背筋が凍り、変な顔の苦笑いをしていた。
…と言う事は、なるべくSF作品を避けて通れば大丈夫。とかそういうわけではないだろうなぁ~。
そして僕はあごを押さえながらも、ムーに渡された履歴書をバイトの面接風にまとめ上げ、それを制服や名札を交換してもらい家路についた。
そうそう! 絵の具は今回の報酬(?) としてムーからプレゼントしてもらったから、明日のホームルームでドヤされる事はなさそうだ。