別れの言葉も言えずに…
煙に充満された空間が少しずつ晴れていくと、目の前には菜の花の花畑が広がっていて、
小高い丘の上にあるベンチにはカップルがイチャつく訳じゃない距離を保ち、仲睦まじく座って話をしていた。
「あぁ…そうか死んだんだな。 うぁ~ なんて意味のわからない死に方をしてしまったんだ~! もっと何かこう… 誰かを助けたり、親にしっかり挨拶をしたりしてから死にたかったな。っつうか死にたくなかったなぁ~ まだまだやりたい事は沢山あったし… それに…」
「何をブツブツ言ってんの?」
その声に振り向くと立花さんが平然と仁王立ちしていた。
もう訳が全くわからない…「あの爆弾みたいなので死んで僕は…」
と呟くと立花さんは何だかこなれた口調で
「さっき私が本に向かって投げたのは『メルヘン爆弾』って言う爆弾なの。で、この空間は、メルヘン爆弾が作り出した仮想空間みたいなモノね。」
「メルヘンバクダン? カソウクウカン?」
「本当はしっかりと説明してから使うんだけどね。でも山内の「文学作品は必ず人の心に何かを残すもの」って言うフレーズをムーが気に入ったみたいで山内への勧誘を焦らせるからこんな事に…」
やっぱり訳が全くわからないが、こんなシチュエーションをさっき読んでいた気もする。
よくよく考えたら、あそこに座っているのは僕が想像していた栗原君と木下さんで間違いなさそうだ。
「なんとなく気付いたでしょ?」
「まさかさっきの小説の中に入り込んだって事? あの『シバラレ絵本』の中に。」
「少し違うけど、そのようなものね。」
この不思議な数時間を僕は楽しんでいるように感じた。
意味のわからない事ばかりが目の前に起こると、これは現実なんだからと、
それを必死に理解しようとするんだ。僕の性格だからかもしれないけど
「じゃあ、とっとムーの書いた小説を推敲してこの空間を出ましょう。」
「スイコウ?」
「推敲って言うのは文章を練るって意味の故事成語で、メルヘン爆弾は仮想空間で本を推敲し直す道具なの。」
「って事は小説そのものを直すの? でも… 爆弾ってことは壊すの?」
「それは使う人次第。だからああいう方法で仲間を探してるのよ。悪用されないようにね。」
そう言うと立花さ… 尾崎さんは目の前のベンチの方へ指を指し、
「このシーンは、山内と私が直したいと思ったシーンね。たしか彼氏が女の子に絵本をプレゼントするのに、何か素っ気なく手渡したのが違和感のあるシーンだったわ。」
「結構、乙女なところもあるじゃん!」なんて思ったって、口にはしない。絶対に怒られるから。
「直すって言ったってどうやって直すの?」
「それは、やってみないとわからないのよ。実際に推敲に来て作者の想いの深さを知って、何もせずに戻ることもあるわ。」
このメルヘン爆弾というファンタジーなアイテムは、思っているより、ずっと奥深く難しいものそうだと感じた。
そうこうしている間にすっかり絵本を渡し終えてしまい女の子はその場から離れてしまった。
「とにかく、この本を推敲しないと帰れないから、行動に移すしかないわね。」
この物語の続きは記憶が正しければ、彼女の木下さんが家族にプレゼントを隠しながら、自分の部屋に戻って行く微笑ましいシーンがこの先に待っている。
「でもこの話ってここまでじゃなかったっけ?」
「メルヘン爆弾が作り出すのはその物語の仮想空間だから、きっとこの先には、何かあるんだと思うわ。」
そして僕達は彼氏の方の栗原君を、そっと追いかける事にした。
栗原君は文章にはなかったが、学校の方へ戻る道を歩いている。何か忘れ物でもしたのだろうか?
「何となくわかってきた気がするよ。この先に、何かこの物語でずっと感じていた違和感が、待っていそうな気がする。」
「私は後ろから付いて行くだけにするから、この作品の顛末をしっかりと読み解いてあげて。」
物語を壊さないように僕達は存在を消し、2人が通う高校まで栗原君のあとをつけて来た。
「下手に物語に絡むと、僕らも『シバラレ絵本』のキャラクターとして小説の中に登場しちゃうかなぁ?」
「ふふっ それは面白い発想だね! でも、ここで急に私達が登場しちゃったら、恋愛小説じゃなくてSF小説になっちゃうじゃない!」
立花さんはいつも無邪気に笑ってくれる。なんで立花さんはメルヘン爆弾を使うことになったんだろう?
栗原君が教室に戻ると、教室には彼の帰りを待ちくたびれたというような表情の数人の男友達がそこには居た。
「どうだったんだよ~ クリ。」
「あん? 喜んでたよ。」
プレゼント作戦の結果報告だ、思った僕と尾崎さんは次の瞬間、耳を疑った。
「ほんでお前はいつまであの木下ちゃんと遊んでる気なの?」
僕らはその「遊んでいる」と言うワードで大体の事を察する。
「えっ? 由紀とはもうほぼ終ってんだよ。」
「うぁ~ 出たぁ~ 二股ぁ~。」
その男達の笑い声は余りにも下品で、僕はこの物語の先にある、2階の自分の部屋で絵本を抱いて嬉し泣きをする木下さんを思い出すと、
いてもたっても居られなくなった。
「最低… こんなくだらない裏設定。」
尾崎さんの震える声を後押しに、さっきの話も忘れ、気がついた時に僕は男達の目の前に居た。
「ふざけるな! 木下さんにとって初めての彼氏からのプレゼントだったんだぞ。それがどれだけ愛おしくて大切な物か… その優しくて柔らかい気持ちをお前は、どれだけ踏みにじったかわかってるのかぁ~」
「うん? 誰? こいつ?」
そんな名前もない登場人物の声も切り裂きながら、僕は円卓会議の中心にいる栗原に近寄っていた。
高校3年生という設定の彼らは、僕より一回り大きく、しかも不良グループという設定は喧嘩の強さを暗に想像させる。
「とにかく、こんなの間違ってる。」
僕は震える手で栗原の上着を引っ張った。
「うっせぇよ!」
何も言わずに俯いていたこの物語の主人公は少し抵抗した後に、思いっ切り振りかぶり、
渾身の右ストレートを僕の左あごへ炸裂させた。
「あっ! 山内~!」
なんて声も虚しく、僕はゲームオーバーになった格闘ゲームのキャラクターのように、スローモーションで教室を吹っ飛んで行った。
僕は読み終わった本を閉じるようにフッと瞼を閉じた。




