そして神隠しに…
文化祭の準備期間と言うことで学校は半日で終わり、看板の塗装係である僕は、足取りも重く小判ホームへ向かっていた。
小判ホームの店内は少し古めかしい感じの作りになっている。
…とは言っても、昔からある建物だからそう感じるのも無理はないのかもしれない。
小判ホームは2階建てで、店内に入って直ぐ左側にある階段を上っていくと、上の階には謝恩会で使いそうなよくわからない飾りとか、制服のボタンやリボンとかを売っている。
1階の文具のコーナーで絵の具を物色していると、否応無しに目に入ってくるのは文庫本のコーナーの看板だ。
まるで手招きしているかのように垂れ下がってユラユラ揺れている看板を目にすると、
僕はハーメルンの笛吹きに導かれる子供のように、いつもついつい立ち寄ってしまう。
♪~ た・か・み♪ た・か・み♪ た・か・み♪ 高見の小判ホーム♪
小判ホームのBGMはだいだいいつも一時間に1回のペースで聞こえてくる。
僕は入って直ぐに聞こえたら2回。
聞こえなかったら聞こえたら帰るように決めていた。
「少し寄り道してもいいよなぁ~。買う予定の物には目星は付いてるしね~。」
なんて言い訳をしつつ、絵の具を買うときよりも僕は真剣な目つきで本を選んでいた。
僕は割りと本が好きだ。
時間があるときや電車の移動の時なんかは本を読んでいたので、芸能人の書いた話題先行の作品や名作のコーナーはスルーして、
チャチャっと読めそうな本を手に取った。
『シバラレ絵本』
タイトルだけみて手に取った本は、ホラー小説のようなタイトルの割りに別に何て事の無い恋愛小説で、
意地悪な元カノと彼氏が彼女にプレゼントした絵本が巻き起こすドタバタ恋愛小説…
みたいなストーリーだった。
♪~ た・か・み♪ た・か・み♪ た・か・み♪ 高見の小判ホーム♪
BGMが耳に入り、「もうこんな時間か。」とは思ったものの『シバラレ絵本』を手放せなくって、
カラフルな表紙を眺めたり、1ページ目の折り返しにある作者の紹介欄を見たりしていた。
作者は「ムー」という方で、この本が記念すべき処女作と記載してあった。
「えっ? 五十代で処女作? …にしては随分とメルヘンな作品だなぁ~。」
気がついた時にはついつい声が出てしまっていた。
僕は「周りに誰も居なくてよかったぁ~。」なんて見回したら、
女の子が直ぐ隣に居て、その女の子と目が合ってしまったので、
気まずくなってと本を置いて帰ろうとした。
その時、
「あのーその本… どうでしたか?」
「えっ? 本ですか?」
その女の子は何の前触れも無く話しかけてきた。
かなりビックリして言葉を失っていたが、その女の子は更に少し僕のほうに近づいて来て、
「その本が少し気になってて…」
「う~ん… まだ読み終わってないんで、何とも言えないんですが…」
その女の子は僕の回答を期待しているのか、待っている様な真っ直ぐな目に圧倒されて、僕は読み終わった部分の評論をし始めていた。
「なんだか2人の幸せな恋愛描写があんまり上手に描けてないと思いました。リズム感は読んでいて楽しいんですけど内容が薄い感じがして。」
「…」
う~ん。あんなに積極的だったのに今度は何も言葉を返してこない…
「自分はこの小説が好きだから怒ったのかなぁ~」とか
「実は作者本人で評論をわざと聞きに来たのか?」とか色んな考えが浮かんでは消え、
何だか不安のあまり気がついた時には饒舌になっていた。
「でもとにかく読んでみて下さい。 文学作品は必ず人の心に何かを残すものですから。」
「えっ…」
その女の子は何故かもじもじしていたので、手に持っていた『シバラレ絵本』を差し出すと、
「でもここ…」
その女の子の指の先には
『立ち読み禁止! ※悪質な場合は事務所へ案内する場合がございます。』
と今朝の噂が立花さんの指摘どおりであることを、裏付けるような張り紙があった。
「じゃあ、続きも気になるし、買っちゃおうかなぁ~。」
と、女の子と反対方向を向いてレジに向かおうとすると、
今度は目の前に小判ホームの制服を着たアルバイトの女の子が立ち塞がった。
何も言わずに、そっとアルバイトの女の子に目が合わないようにその場を立ち去ろうとしたが…
「あのう… 小判ホームの者なんですけれども。」
何故かその声掛けは僕に向けられているものだった。
特に何もしていないのに…
声を掛けられた理由は全く見に覚えが無いけど、
恐らくは、あの張り紙に書いてある『悪質な場合』の条件に何か引っかかってしまったのかもしれない、と思い渋々と顔を上げた。
「えっ… 山内?」
突然に悪質な立ち読みの犯人にされたことより、目の前に小判ホームの制服を着た立花さんが居た事にビックリした。
「あぁ… だからあの噂に怒っていたんだなぁ~。」と納得はした。
「すいませんでした~」
と小声で言い残し、その場を立ち去ろうとゆっくりと反対方向に向き替えると、感想を聞いてきたあの女の子は既に居なくなっていた。
「神隠しにあったのはあの子の方かなぁ。」と呑気に考えていたが、立花さんは僕の腕をグッっと掴んで、
「ちょっとその本を持って付いて来てくれる?」
別に何か悪い事をしたわけではないんだけど、僕は観念したように頷き、
立花さんの少し後ろをトボトボと付いていった。
何だかもごもごと独り言を言っていた立花さんの口から
「なんで山内なんだよ…」
と聞こえてきたが取り敢えず聞こえないフリをして、
「あのさ… 立ち読みしてゴメンなさい。」
「それは大丈夫。でも立ち読みするなら別の本にしなさいよ。」
「はい…」
よくわからないお説教をされたが、早足でトコトコと歩いていく立花さんの目指す先には『従業員以外立ち入り禁止』の文字が書いてある、
バックヤードに続く鉄の扉があった。
「ナンパ行為とか万引きではないです。」
と必死に弁解するも
「知ってるから大丈夫。」
と、優しい口調の言葉が返ってきたので「じゃあ…」と手を後ろに組んだのだが「でも付いてきて。」と顔も向けずに少し冷たくあしらわれてしまった。
バックヤードに入る扉は、しっかりと施錠され。鍵で開けて中に連れ去られていく。
かくして噂どおりに僕は神隠しに合うのであった。