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本箱の味方  作者: 髙橋 翔太
可能性を信じて答え合わせの旅へ
15/21

『スレイプニルの谷』の始まり


目の前の煙が少しずつ晴れていくとそこには主人公の村があった。

そこは長閑な田舎町で、僕はこの滲み出る様な温かい殺風景はどこか高見市に似ていると思った。



主人公は何もないこんな田舎町の普通の少年だったが、大きな事故に巻き込まれた時に悪魔に命を救われた事により悪魔の力を得てしまうと言うストーリーだ。そして冒頭で悪魔の力を得た平凡な少年は、その非凡な力を制御することが出来ずにその力によって苦しんでいく。



内藤さんと僕は『シバラレ絵本』の時のように、物語とは離れた存在としてこの空間にやってきた。




「俺の思い描いた通りの村だ。」


内藤さんは何とも言えない表情で深呼吸をした。

そして僕の明らかに「どうしたんですか? 大丈夫ですか? ゴメンなさい。」と言う表情を察し、内藤さんは、



「別に大丈夫だよ。 俺も少し怖いだけさ。 どこから俺の頭の中にあるイメージと違ってきてしまうのかがな。」


「なるほど…」




僕と内藤さんは村から少し離れた山に降り立ったのでゆっくりと村の方へ歩いて行った。


「僕達も光線が撃てたりしますかね?」


内藤さんは微笑むことを取り戻したように笑い、


「明らかに生身の人間だからそれはないだろ。」


そんな他愛無い会話をしながら僕たちは主人公の村に辿り着いた。





村の状況から見てきっとまだ物語の序盤部分だろう。

と言う事は… 力を手に入れたてで最も危ない時期でもあるんだが…

でも…いつもの推敲とは違って、僕はこのシーンを直したいとは思っていなかった。


「このシーンは直すところは無さそうですけどね。」

「それは俺も感じて居たんだ。俺もこの冒頭部分は、別に直したいとは思っていないんだがな。」


そう言うと内藤さんは少し恥ずかしそうに、


「本は誰かのイメージの集合体だ。 推敲する人間のイメージを使って仮想空間を作り出すメルヘン爆弾が、物語の冒頭だけでも見たいと思った俺のイメージを受け取ったのかもな。」

「きっとそうですよ! ここは内藤さんの脳内なんですから。」


僕たちは推敲を忘れ、この旅を、この物語を楽しんでいた。





主人公のガルートは悪魔の力に蝕まれたような感覚に陥っていた。

ガルートは力の使い方がわからずに「俺は悪魔の力を手に入れてしまったんだ。」と救われた命を嘆くような事さえあった。

「悪魔の子」なんて言葉はもう聞き飽きた。

怒りを感じたときに抑えようとする精神とは裏腹に、肉体は悪魔へと変貌していく。

そんなガルートを村では「悪魔の子」と呼び、村人達は恐怖した。

確かに怒りを制御する事を知らない少年期に手に入れる力にしては責任が重過ぎるほどの力である。


そしてガルートは人知れずこの村から旅立っていく。

全ては「悪魔に生かされた命が間違いでなかった事を証明するため」に。

両親は旅立っていくガルートを止めようとはしなかった。

息子の決意をわかっていたのだろう。





僕達が村に辿り着いた時に、ガルートは家を飛び出していった。

雄雄しい翼を広げ大空へ旅立っていく姿は、戦士としての大きな一歩であり、この壮大な物語の幕開けである事が一目でわかった。



内藤さんは自分で描いた主人公を見送り、


「俺がペンネームを使ったのは自分の書いた作品だとは思いたくなかったからなんだ。」

「だから初版本だけ本名で出版してるんですね?」

「ただこの光景を見ているとやっぱり俺の作った世界なんだと思うよ。」


「こんなに面白いモノが内藤さんの頭の中には広がっているんですね?」


内藤さんは僕の顔をチラッと見ると、


「早く推敲を始めるぞ!」


と、照れ隠しをしながらそそくさとページを捲ってしまった。


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