才能や実力なんてものは…
運命の最終打席にたったキャプテンの表情は、推敲の前に読んだあの最終巻の最後の方に見た追い詰められた表情とは明らかに違い、
みんなの期待を一心に背負ったリーダーの顔になっていた。
カウントは1ストライク2ボール… 僕らは奇跡を信じて運命の一打を見守る。
僕らより身長の高い敵ピッチャーは汗を拭い、ゆっくりと投球フォームに入る。
期待と不安で思いっきり力んだバットマンは緩めのストレートボールを左中間に弾き返した。
大きく伸びていく打球は、少ない観客席の味方の歓声と敵陣の溜息に後押しされるようにグングンと進んでいく。
そしてその歓声と溜息は次の瞬簡にはそっくり交換される事も僕らは知っているが、それでも僕らはキャプテンを信じてバットの快音と共に走り出す。
スローモーションで落っこちてくるボールは、待ち構える外野手に向かって一直線に向かっていく。
彼はゆっくりとグローブを構え、この試合にピリオドを打とうとしていた。
「パスっ。」
そんな音が野球場に響いて聞こえるかのようにボールはグローブに収まった。
誰もが敗北を確信した瞬間にドラマは動き出す。
外野手がエラーをし、ボールがグローブから零れ落ちた。
「行けぇ~!」
顧問の先生の声が響き渡り僕らは、明日のことなど考えないくらいの全速力で次の塁へ走る。
ボールは直ぐに拾い上げられ1塁に送球された。
キャプテンが塁を踏みつけたのとほぼ同時に返球されたボールは一塁手のファーストミットに収まった。
僕はホームベースに頭から突っ込み1点を返す。
しかし残酷にも1塁の審判がその拳を大きく振り上げた。
「アウト!」
その声は、体育館を静かにさせる体育教師のような全力の大声で、静まり返った野球場に悲しくエンドロールを流す。
僕は3塁を蹴り、ホームベースまで走りを辞めない内藤さんに涙が流れた。
「ありがとうございました。」
試合は終わった。残酷な結果と少しの爽やかさを残して…
そして僕らは何も語らず、誰も慰めず、バスに乗り込んでいく。
きっとこの夏は忘れられない夏になるんだろう。
ふと目が覚めると現実の世界に戻ってきていた。
「これに火を点けるのはお前の仕事だろ?」
そう言うと内藤さんは吉岡さんにマッチの箱を手渡した。
「先生とマットのお陰でいいエンディングになりましたからね~。」
「吉岡さんの望む結末になったんですか?」
火を点けたマッチを本の束に投げつけた吉岡さんは、横目で僕の方を見つめて、
「俺はこの『パステル』って作品みたいに、現実の厳しさみたいなのを描く作品も、もちろん有りだと思うんだけどさ… あんな終わり方じゃ余りにもキャプテンが可哀想過ぎるだろ?」
内藤さんも同じ様に吉岡さんを横目で見つめながら
「そうかそうか。 俺はてっきりこの推敲は『努力の価値』を勘違いしている人間への当て付け的な意味だと、ばっかり思っていたけどな。」
「うぅ… あんまり嫌味ばっかり言うなよなぁ~。 んまぁ~ それに近い意味がない訳じゃないんだけどねぇ~。 でも兎に角、今回の推敲は大成功だな。」
そう言って僕と内藤さんの間に入り肩を組んだ吉岡さんと微笑みながら、燃えて消えていく『最後の駄作』を見つめていた。
「確かに、推敲に行く前に俺も少し読んでみたが、ただただ自分の嫌いなタイプの奴に向けて嫌味を書いたような作品に思えてしようがなかったな。」
内藤さんは燃えていく漫画を、何だか寂しそうに見つめていた。
「これが燃えてなくなった後には、そんな記憶も曖昧になっちゃうんでしょうけどね。」
そんな分かりきった事を言うと僕も内藤さんと同じ顔になっている気がした。
「2人ともなんて顔してるんだよ… 今はこの何とも言えない爽やかな気持ちに浸っていればいいじゃんか。」
やっぱり吉岡さんも感性の鋭い凄い人だなぁ~。
きっとみんなは秘密結社と言うよりは「本箱の味方」なんだなぁ