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本箱の味方  作者: 髙橋 翔太
才能の塊の行方を追って
10/21

偏屈な男とそれを超える偏屈な男の戦い



真っ白な煙が段々と晴れていくと僕はグラウンドで真っ白な硬球を追いかけていた。



ふと下に目をやると、僕は僕に不釣合いのボロボロのユニフォームに身を包んでいる。

この番号は「岡崎 桂太」と言うキャラクターだ。

岡崎は気弱でみんなのことを「くん」付けで呼び、友達に誘われて断りきれずに野球部に入ったと言う僕にピッタリなキャラクターだ。



漫画のキャラクターになっているという事は、前回のように作品を俯瞰視しながら推敲するのではなく、この作品を追体験していく事になりそうだ。



ノックされ飛んでくるボールを目掛けて飛び込むと、僕の感覚とは裏腹に、

ボールはまるで真面目な犬が「ホーム!」の一言で犬小屋へ戻ってくるように、スッとグローブに収まった。

運動が得意じゃない僕は、この体に慣れるまでに時間が掛かりそうだなぁ~。

と考えながらボールを返球する。



周りを見渡すと直ぐに内藤さんは見つけることが出来た。

あれは間違いなくエースで4番の主人公だ。名前は「奈良くん」。

…う~ん、やっぱり思い出す時には「くん」が付くんだな。




それにしても日が落ちてきたのに吉岡さんが何処を探しても見つからない。

僕はまだまだメルヘン爆弾のことがわかってないから…

最悪の場合、メルヘン爆弾の爆風に巻き込まれて命を落としたなんてこと…



「集合!」



吉岡さんの安否を心配していると、怒号にも似た掛け声で、幾つもの野球帽が吸い寄せられるように、顧問の先生の元へ集まっていく。


「あっ~!」


僕と内藤さんは思わず声を上げた。

吉岡さんは顧問の「近藤先生」になっていたからだ。



「今日の練習はここまで。明日は石場西高との練習試合があるから早く帰って英気を養うように。」


「お疲れ様でした。」


「お疲れ様でした。」



このやり取りが終った後に僕達2人は吉岡さんに詰め寄って行った。


「なんで吉岡さんが顧問の先生で、僕達が部員なんですか?」

「そんなの知らないよ~。望んでこうなったんじゃないんだからさ。俺だって主人公がよかったし。」


「わかりきった事を…」


話を総括するように吉岡さんはポンと手を叩いて、


「んまぁ。とにかくここから甲子園まで頑張らなくっちゃな。」


「まさか丸ごと追体験させるんじゃないだろうな。」


「それはみんなの想像力の問題だからさぁ。俺にはわからないよ。」



僕は2人の間に割って入り、


「まぁまぁ。この作品に最良のピリオドを打つのが僕らの役目ですから。」


また2人は等間隔の距離をとる。僕はホッと胸を撫で下ろした。







ふと気が付いた瞬間に本のページを捲る様に場面が変わった。

何だか本当にページを捲るように次の場面が始まるから不思議な感覚になる。



僕のユニフォームは泥だらけで、野球部の部室の固いパイプイスに座り、

膝に肘を置いて俯いて、部室にある誰かのエナメルバックの1点だけずっと見つめていた。

これは練習試合が終って、部室内で反省会するシーンだろうと周りを見渡して考える。

体の節々がズキズキと痛い。

きっと試合にボロ負けしたから、何とも言えない気分になってるんだ。

そして僕だけでなく、部員の全員が同じ様な沈んだ気分で、この状況を打破する一言を待っていた。




こういう時に、自分の仕事であるかのように、先ず口を開くのはキャプテンだ。


「今回の練習試合で、僕等は沢山の事を学べたと思う。やっぱり俺らには努力が足りなかったんだ。」


僕はこの展開を何となく思い出す。

読んだ時と違うのは、何故か部室内に顧問の近藤先生が居るところ。

そして物語の展開どおり、キャプテンに食って掛かったのは「奈良くん」の内藤さん。



「…努力が足りなかったんじゃなくて、ただ自己分析が出来てないだけなんじゃないの?」



読んだ時の台詞とは少し違う気がする。

何だか内藤さんの気持ちが、言葉に乗ってしまっているように感じた。



「奈良は才能があるからそんなことを言えるんだろ?」



「奈良くん」ではなく内藤さんはイラつきを抑えながらキャプテンを睨み付ける視線を外さずに続ける



「努力は『部活の時間中に必死で頑張っている』って言うパフォーマンスを披露する事じゃない。それがキャプテンとしての望みじゃないなら努力が足りないなんて気軽に言うもんじゃないと思うよ。」



内藤さんが「奈良くん」を纏って言うから、余計にグサっとくる言葉になる。

キャプテンはすっかり次の言葉を探し出せずに黙り込んでしまったのに「奈良くん」は言葉を辞めずに、



「努力なんて誰かに見てもらうものじゃないから、この世界の誰も「努力をしていない」とか「努力が足りない」とか言える人間なんて居ないんだよ。その証拠に「しっかりと努力したね。」なんて褒め言葉を誰かが言っているのを聞いたことないだろ?」



内藤さんは高校生であると言う設定を忘れ、人生経験が深い大人が相手を言い返せなくするどころか、逃げ道までもなくす言い方をしてしまっていた。

時に本を執筆する作者が、年齢設定を忘れてしまい、極端にキャラクターと乖離してしまうなんてのは、得てして陥りやすい状況ではあるが、キャプテンにとっては辛い状況だ。

キャプテンが黙り込むと部室内には、重苦しい空気だけが渦を巻いて圧し掛かる。



「努力が足りなかったんじゃなくて、才能が足りなかったって言いたいのか?」



沈黙を破り「奈良くん」にそう言い返したのは。顧問の先生に扮している吉岡さんであった。

内藤さんは「奈良くん」に立ち返り、急にあっけらかんとして、



「例えば才能なんてモンがこの世にあるとしたら、それは努力を努力していると感じないタイプの人間の事を言うんじゃないかと僕は思うんだけどね。」



冷静で平等な立場の顧問の先生は「奈良くん」に質問を投げかける。


「それはどういう意味だ?」


「つまり、強くなろうとしてテレビゲームを必死にやる1日と楽しくてテレビゲームがやめられなくなってしまう1日の成長が同じだったら、初めから努力でゲームをしている人と努力と気付かずに遊んでいる人がいることになる。練習も遊びならどれだけやっても苦にならないから、遊びでゲームをやってた方は遊び終わってから強くなる為に努力してテレビゲームをすればいいって事だよ。」


「つまりそれが才能の差って言いたいのか?」


「天才みたいなタイプも居るが殆どのケースがこれだね。俺は練習でも野球が楽しいんだよ。」




キャプテンが涙目になりながら重たい口を開く、


「つまり何が言いたいんだよ!」


内藤さんは少し照れくさそうに、



「いやぁ… カッコつけて言うけど… だからこんな悪い所を突く様な会議は辞めにして、明日もまた楽しく野球が出来るようにここは笑って終ればいいんじゃない?」



僕は原作にない名シーンを実写版で見ている感覚になった。

やっぱり内藤さんはスゴい人だ。


「じゃあこの会議は終わりだ。みんなでパーッと飯でも食いにいこうか!」


そう先生が言うと沈み込んでいた事が嘘のように部員は飛び上がって「さすが! 先生!」とか「そうこなくっちゃ!」なんて言いながら、バタバタと着替えをして部室を後にした。




大きな問題が解決した後の清々しさと部員の居なくなった寂しさが横たわる部室に僕と内藤さんと吉岡さんの3人が残った。

「ふぅ。」と小さい息を吐き出した内藤さんが口火を切った、


「はぁ… お前がやりたかった事はこれじゃないだろ?」


吉岡さんはニヤっとして俯きながら呟く、


「おん。でも聞きたかった事よりもっと大切な事が聞けたきがするぜ。先生。」

「吉岡さん… 内藤さん…」


このシーンが漫画の中に残らないと思うと本当に残念。


「もちろん俺たち2人も食わせてくれるんだろうな?」


「当たり前だろ~! 俺は顧問の先生ですよ。」


そうしてまたページを捲るように月日はあっという間に過ぎ去っていった。

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