口に出さなきゃ届かない
恋愛って、難しいですよね。
どうやら、本物の“アホ”というものは存在するらしい。
春の暖かい風が窓から入り込む、初春の夕時。麗らかな春の日差しを浴びながら、真っ黒な髪をしたボブヘアーの女の子が教室の窓際の席に腰をかけていた。腕の部分がきゅっとしぼられた真っ白の上着に、膝丈までの黒いプリーツスカート。そして、胸の部分に真っ赤なスカーフをリボンの形に結んだ古風なセーラー服姿の少女。何か物憂げな表情をした彼女は、窓際の席でたそがれていた。髪の色と同じ色をしたアーモンドの形の大きな瞳は、窓枠の外で春の息吹を鳴らす自然の育みへと向けられている。
標高1000m弱の山の中腹を開拓して作られた、その名も雲凌高校。まだまだ歴史は浅いが、その清楚な制服(男子はプレーンな学ランである)とその自然環境の良さが評価され、一部からは多大な人気を誇っている。のだという(※学校HPより引用)。
生徒から言わせれば、自然環境の良さ(笑)であるとか、どうとか。
山の上にあるがために、交通の便が非常に悪く。登下校だけでも一苦労だ。登下校、というかもう既に朝から登山。帰るときは下山する、といったような形である。このクライミング高校は一体生徒たちに何をさせたいというのだろうか。山の上に堂々と構える真っ白な校舎を見ながら、重い足を一歩ずつ前に出し登校する生徒たちは、毎日疑問を抱きながら歩いている。どうしてこんな所に来たのだろうか、と。
放課後のしんと静まり返った教室で、青春の一枚を表したかのような佇まいの少女は、そんな雲凌高校にこの春から入学した新一年生である。雲凌高校からは比較的近い家に住む、名前は牧野飛鳥。現在絶賛帰宅部である。
そんな彼女が、なぜこのような状態にあるか…と、いうと。
「…なんで私、こんなことしてるんだろう」
本人もわかってはいなかった。
深いため息をつきながら、ふと目線を窓の外からはずし自分の今いる教室へと移した。すると、自分の目の前の席に一人の青年が腰をかけていた。椅子は前を向けたままで、身体だけをこちらに向け、少女の机の上に乗せられたプリントをせっせと書き写している。
頭髪検査で一発で引っかかってしまいそうな明るい茶髪に、窓から見える森の木々のように深い緑の瞳。鼻が日本人にしては少し高く、その端正な顔立ちは外国人を思わせるが、こう見えても本人は「日本の血オンリーだ」という。
「ねえ、まだ終わらないの?」
「んー…あと数問」
「その数問が長いんでしょうが…」
少年の名は相模蛍斗。飛鳥とは家が隣同士で、いわゆる幼馴染である。
彼は入学早々、春休みの宿題をやるのを忘れたそうで、こうやって学校が始まって一週間が経った今でも放課後二時間残って学習させられている。そして、飛鳥はそれの子守、というわけである。正確には、飛鳥の完璧な解答を丸写ししている蛍斗が終わるのを待っている、のだが。
「ねー、もう私帰りたいんだけど。それさ、明日渡してくんない?」
「いや、だめだ」
しびれを切らして帰ろうとする飛鳥だったが、蛍斗はそれを認めようとせず。深緑の瞳を飛鳥の黒い瞳に向けてそう言い放った。
「はあ?!何で? 言っとくけどね、私だってそんな暇じゃないのよ?」
「あと二問だからさ、ちょっと待てって」
少し怒り気味に言ったつもりだったのだが、蛍斗にはまったく通じず。そう言ってまた作業に戻っていった。
その姿を唖然とした顔で見てから、大きくため息をつき、飛鳥はまた目線を窓の外へと移した。
「なによ、そんなに私と一緒に帰りたいわけ?」
「なわけあるかぼーけ。明日俺が忘れたら困るのお前だろ」
「忘れるの前提なんだ」
「大体、俺彼女いるし」
「それは…知ってるけど」
冗談のつもりで言った言葉だったのに、蛍斗はこちらを見向きもせずに、そう言い返してきた。
「………。」
「ん?どうした、黙り込んで」
「…うっさい。ちょっと、トイレ行ってくる」
「お、おお…」
黙り込んでしまった飛鳥に不思議そうな眼を向けた蛍斗だったが、飛鳥は蛍斗と目を合わせようとせずに、勢いよく立ち上がったかと思うと、そう言い残して教室から出て行ってしまった。