<2-8>
なんか久々の投稿ですいません。…思ったより難産でした、この話。
今からおよそ2年前。イヴとリリスが二人旅を始めてまだ間もない頃のこと。
「本当に見るだけでいいんですか?」
私はそう、こちらに背を向けるリリスちゃんに声をかけた。
「……ん」
リリスちゃんは私の問いかけに対し、わずかに振り返ると無言で一度うなずく。そしてすぐにまた視線をもとに戻す。
私たちの生まれた国であるエウラリア王国。その中心である王都から少し外れた場所に一つの村がある。物の流通、人の出入りともに少ないというわけではないが、かといって多いとも全く言えない何とも中途半端な立ち位置の村。村の特徴は何かと聞かれても、おそらくぱっと答えられる人は少ないだろう。どうにかして出した答えも住人がいいとかそんなよくある回答に落ち着いてしまう。要するにいい意味でも悪い意味でも普通の村ということだ。そんなごくごくありふれたその村の名前をヤハギ村という。
そしてこの時、私たちはというと、そのヤハギ村から少し距離を置いたところに来ていた。そこで私たちは、というよりリリスちゃんは、一心不乱にただじっと村の様子を見つめ続けていた。
「……」
「……」
それからどのくらいの時間がたっただろう。空を見上げると、真上にあったはずの太陽はすでに西の空へとその場所移動させ、空を赤く染めつつある。どうやらかなりの時間が経過していたらしい。
「……ありがとうイヴ。付き合ってもらっちゃって」
「いえ……」
リリスちゃんが久方ぶりに私の方に振り返る。その顔は懐かしさやうれしさ、そして悲しさといった感情が一緒になったものだった。
「それよりいいんですか?まだまだいてもいいんですよ。だって、あそこはリリスちゃんの故郷なんですから」
そう、この何の変哲もない村は、かつてリリスちゃんが8歳になるまで暮らしていた場所でもあるのだ。
「ううん、もういいの」
「でも―」
私は言葉を続けようとしたが、それはリリスちゃんが首を横に振ることで止められる。
「本当にもう大丈夫。だからそんなに心配そうな顔をしなくても……って言っても無理よね。私がイヴに心配させちゃうような顔をしてるって自覚してるし」
「なら……」
「うーん。なんと言うか、これ以上はきりがないもの。正直に白状しちゃうと、まだまだ村を見ていたいって気持ちは確かにあるわ。それにこのまま何日でも見続けていられる自信もある。でもそれじゃあダメ。いつまでも同じ場所に立ち止ってるわけにもいかない。だって今私たちは歩き続けないといけない立場だから。いつあの研究者たちの仲間やカインを筆頭にした吸血鬼たちが追い付いてくるかわからないもの。少なくともこの件が決着するまで、こんないかにも私が立ち寄りそうなところにはいられない。だったら今は見てるだけで十分。動くなら早い方がいい」
そう言ったリリスちゃんの瞳を改めて見ると、そこには憧憬、歓喜、悲壮といった感情の他に、決意の色が見て取れた。
「はい。そうですね」
だから私は、今はリリスちゃんの言葉にただうなずいた。
「ありがとう、イヴ」
「いえ」
そうして私たちは夕日が照らす中、再び歩き出した。リリスちゃんの故郷を背にして。
「……ろ……きて、……ヴ」
声が聞こえる。
しかし覚醒度が低い状態で聞いたため何を言っているのかいまいち判然としない。
「おーい。そろそろ起きて、イヴ」
今度ははっきりと聞こえた。
イヴの旅の相方であるリリスの声だ。
「あ、やっと起きた」
イヴが目を覚ますと、そこにはもちろんリリスがいた。
「おはようイヴ。よく眠れた?」
リリスの言葉を受け、イヴはまず自分の周りを見る。広々とし清潔感あふれる部屋に、ゆったりとしたソファ、大きな机と椅子、それに到底一人用には見えないベッドが二つ。そこまで見て、ここは今日自分たちが泊まった宿だと認識する。それと同時に自分が先ほどまで昔の夢を見ていたことも思い至る。次に窓の外を見る。寝る前はまだお昼頃であった。しかし今はというと、すでに空は赤く、これから夜になろうというそんな時間帯であった。
「えっと、はい。なんだか予想以上によく眠れました」
「ならよかった」
リリスはイヴに微笑みながらそう返す。
白い髪に、色素の薄い肌。そしてそれらの要素を真っ赤な夕日が彩る。その光景がとってもきれいで―。
「えっと、どうしたのイヴ?」
イヴは思わずリリスに抱きついていた。
「なんでもないです」
そう、本当に何でもない。ただちょっと、先ほど見た昔の夢に感情が引っ張られてしまっただけだ。
「そ、そう?」
リリスから困惑の色を含んだ声があげられる。まあ、それも無理かないことである。いきなり抱きついてきて何でもないで納得しろという方が無理というものである。しかしリリスは疑問に思いつつもそれ以上のことは自分から聞こうとはしなかった。話したいなら話すだろうし、話したくないなら別にそれでもいいと思ったからだ。
「はい。ただちょっと、昔の夢を見ていただけです」
どうやら今回はイヴにとって話したくないものではなかったらしい。それに今の言葉でリリスは一応の納得もした。
「そう。どんな夢だったか聞いても?」
リリスはイヴに優しい声音でもって夢について聞く。
「そうですね―」
リリスの質問に、イヴは何と答えたものかと少し考える。そうして何と答えるか考えたところで、抱きついていたリリスからいったん離れる。そうして、今度はイヴがにっこり笑うと。
「リリスちゃんがしおらしかった時のことです」
「……は?」
イヴの返答に、リリスはぽかんとした顔になる。
「ふふっ、そういえばその昔、リリスちゃんもしおらしいことがあったなと懐かしんでいたんですよ。今の女王様っぽいリリスちゃんかわいいですけど、あの頃もあの頃でかわいかったなと懐かしんでいたのです」
続けてイヴがいたずらっぽい顔で補足説明らしきものをしてくれた。
残念ながらリリスにはやっぱり意味がわからなかった。
「……やっぱりよくわからないけど、とりあえず二つ言っておくわ。その言い方じゃ、まるで私が普段しおらしくないみたいじゃない。それに女王様っぽいってどういうこと!」
「はははっ」
「ちょっと!何笑ってごまかしてるのよ!説明しなさい!せ・つ・め・い!」
―うん。これでこそ私とリリスちゃんの関係だ。だから、夢に引っ張られるのはもうおしまい。昔よりも今や明日を考えないと。
部屋中にリリスの抗議の声が響き渡っているのを尻目に、イヴはそんなことを思う。
その後しばらくの間、リリスの抗議の声とそれをのらりくらりはぐらかすイヴの声が部屋の中を満たすのだった。




