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東の空に太陽が昇り始める。長かった夜がようやく明ける。
場所はどこかの街道沿い。そこにいるのは二人の影。イヴとリリスの二人だ。
「ここまで来ればさすがに追ってかないでしょう」
「多分ね。それにしてもホント、あなたにはあきれるはイヴ」
「えぇー。私だけじゃなくてリリスちゃんだって同罪だと思うんだけど」
リリスの割と本気であきれている声に、それは心外だとばかりに抗議の声を上げるイヴ。しかしイヴの行った暴挙を考えればリリスの発言も全然間違っていないのだが。
「それにしてもさすがの私も少し疲れましたよ」
「それはそうでしょうね。一晩中私を抱えながら走ってるんだから、イヴは」
そう、イヴとリリス、二人はカインによる追走をどうにか振り切ったのである。
その要因は大きく分けて二つ。一つ目の要因が、そもそもカインが魔力切れ寸前であったということ。そのためどうしてもカインはイヴの追走をごく短時間の間しか行えなかったのである。しかしそれは無理からぬこと。なにせカインたちは一戦、それも途中参加での一戦しか行っていないイヴと違い、昨晩研究所において何度も何度も戦闘を繰り返し、研究所の破壊活動を行っていたのである。それにカインは吸血鬼たちの最高戦力。そのため彼の担当区分は比較的重要なものが主となり、消費魔力もどうしても多くなる。つまり魔力が少なくなって当然である。
「まあそれは私がやりたかったことですし。それにリリスちゃんも最後は望んだことでしたし」
「べ、別に……」
まぶしい笑顔を見せてくるイヴに、頬を赤く染めつつそっぽを向くリリス。
何だか自分の方が年下になってしまったような感覚を覚えイヴの言葉を素直に肯定できないリリスである。
しかし素直にこそなれないものの、自分が望んだからという点に関してリリスはちゃんと認めてもいた。なにせこのリリスの気持ちこそ二人がカインの追走から逃れられた第二の理由であるからである。
カインがイヴをとらえようと腕を伸ばした時である。イヴは逃げるために必死に前だけを向いていた。そのためイヴ自身に迫りくるカインの腕をどうにかすることはできなかった。このままではイヴはカインにつかまり気を失い、リリスも本人の意思に関わらず吸血鬼たちのもとに戻されるという場面がほんの数瞬先の未来として容易に想像ができた。しかしそこでイヴに変わり変わり動いた者がいた。リリスである。迫りくる手を認識したと同時にほとんど無意識にその手をはねのけていた。その時その場の三者は三様に驚いた。イヴはうれしそうに、カインは驚愕の面持ちで、そしてリリスはただただ呆然と驚いた。そのすぐ後にカインは最後の加速に使った魔力の影響で魔力切れをおこし、とうとうイヴとリリスはカインを振り切った。
「正直に言ってねイヴ、なんで自分があんなことしちゃったのかわからないの。カインたちについて行った方が間違いなくいいって頭ではわかってるのに」
あんなこととはもちろんカインの手を拒んだことだ。
「まあ確かにそうかもしれませんね。でもいいじゃないですか。カインさんを拒んで私と一緒に自由を生きる。それが今のリリスちゃんの答えってことで。それにもしかしたらこれから先やっぱりどうしてもカインさんの元に戻りたいって思うときも来るかもしれないですよ。そうなったらそのときにあらためてカインさんたちのところに行きましょう。大丈夫です、考える時間はいくらでもあります。何せ私たちは、これから永遠を生きていくんですから」
「……はぁ。何だかイヴと立場が逆転しちゃったな。まあそうね、これからいくらでも考えればいいだけの話だしね」
「そうですよリリスちゃん」
そうして二人は晴れやかな顔をする。イヴは楽しそうに、リリスはちょっと苦笑交じり。
「さて、じゃあさしあたってとりあえず何か新しい服でも探しに動きましょうか。ずっと研究所の服を着てるのもあれだしね」
「はい!」
とりあえずの目標も決まったところで二人は前を見すえる。そうして二人は歩き出していった。
次が第1章最終話です。




