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「なぜです?」
「理由はもうわかっているだろう」
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ」
イヴとカインはお互いに見詰め合う。その視線の交錯は互いに意見を変えることはないという意志の表れ。
「わかりました。どうやらカインさんの意見を変えるのは難しいみたいですね」
「そうだな」
「なら私は意地でも私の意志を通してもらうだけです」
「どうするつもりだ?」
場は緊張に包まれていた。その中で動きがあるのは対話をする二人のみ。吸血鬼の頂点たる真祖と真祖。二人の対話に誰も横から入ることができない。
「初めに言っておきます。これはただの私のわがままです。多分ですけどカインさんの意見の方が正しいのかもしれません。客観的に見たら私の方が間違っているとも思います。……だけど、私はリリスちゃんの意志を無視してまでやるべきものじゃないと思います!他の方がなんと言おうが知ったことじゃありません!私は私の理由でもって私の意志を通そうと思います。そのためなら、私は力ずくでも私の意志を押し通します!」
この瞬間場の空気が変わった。多くの吸血鬼たちが驚きで何もできないでいるが、何人かは次にイヴがどんな行動をしようと取り押さえられるように戦闘時のそれと同様の思考に切り替わった。
「ではみなさん」
しかしそんなことはイヴには関係がない。イヴは自分の感覚に従い魔力を伴ったその言葉を、『王の言葉』を口にする。
「『全員動くな!』」
その瞬間この場におけるほぼすべての吸血鬼の動きが強制的に停止する。さながら王の言葉に兵が従うかのように。
イヴはその光景を見て、先の戦いと同じ結果―戦闘の最終盤において吸血鬼であるリアが動くか動かないか迷っていた際にイヴが魔力を伴った状態で命令したことが半強制的に実行された―を見てイヴは満足する。
そもそもなぜこのようなことが起きるのかと言えば、それは真祖というものの特殊性に起因する。真祖とは説明があったようにリリスの血を受け入れることができる元人間のことを指す。しかしこの説明は少々正確ではない。より正確に言うならリリスの血における万物を殺す因子を全く別の、血を取り込んだ存在を吸血鬼に変える因子に変換できる存在のことを真祖と言う。つまり真祖以外の吸血鬼はすべからく真祖の作った、真祖が支配している吸血鬼因子の一部を持つものでしかないわけである。このような事情によって真祖と他の吸血鬼には王と配下という構造が必然的に出来上がってしまうのである。そしてこれは元となった真祖が違っても関係ない。真祖とは吸血鬼因子を支配するものであるから。
「リリスちゃん行きますよ!」
イヴはそう断るとリリスを横抱きに、いわゆるお姫様抱っこの状態に強制的にし、魔力を限界まで高めてその場を駆けだした。




