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動きやすい服に着替えた後、すぐにお母さんに連れられ家を出た。お母さんについていきながら周りの様子をうかがうと、自分たちと同じようにどこかに向かっている人たちが何人も見られた。
「お母さん、私たちって今どこに向かってるの?それに今何が起こってるの?」
移動しながら先ほどからずっと疑問に思っていたことを口にする。「逃げるわよ」という不穏な言葉とともに始まったこの逃避行。さらにはこの逃避行が自分たちだけではなく、どうやら村全体で行われているという事実。この事実の前に何かよくないこと、それも想定外のことが起こったということは想像に難くない。そしてその想像は否が応でもイヴの不安を加速させていく。
「ちょっと待ってね、順番に教えるから―」
そうお母さんが移動しながら私に向かって言ったちょうどそのとき
―ドーン―
そんな鈍い音が私たちの後方から聞こえてきた。
思わず振り返ってみるが目に見える範囲では特に何も変化はない。どうやら自分たちからそれなりに離れたところで音が発生したらしい。
「もう村の中まで入ってきたのか」
思わずといった感じでお母さんがそんな言葉を口にする。
「本当に何があったのお母さん。もしかして魔物が想像以上に強かったの?」
とりあえず今自分が思いつく一番ありそうなこと可能性をお母さんにぶつける。
「それは今から話すわ。とりあえず今は移動のスピードを上げましょう」
そう私に言ったお母さんは移動の速度を上げる。私はお母さんから離れないように自分も移動速度を上げつつお母さんについていく。
速度を上げて少ししてからお母さんが今どうなっているかを話してくれた。
「まずどこに向かってるかだけど、さっき後ろの方からドーンって音が聞こえたわよねイヴ?」
「う、うん。それは聞こえたけど」
「向かっている先は単純にあの音がしたところからできる限り離れるように進んでるわ」
「ええと。もしかして目的地があるわけじゃないの?」
今のお母さんの言葉から「もしかして」と思ったことを尋ねる。
それに対してお母さんは
「今はできるだけあそこから速く、遠くに逃げることが優先よ。それにある程度ランダムに逃げた方があいつらをまけるかもしれないし」
と答えた。
どうやら予想通り目的地なしの状態で歩いていたらしい。
そこまで考えたところでお母さんが先ほど言った言葉をもう一度思い返す。
―ある程度ランダムに逃げた方があいつらをまけるかもしれないし。
そう「あいつら(・・・・)」である。
「お母さんさっきあいつらって言ったけど、もしかして一体だけじゃないの?」
イヴは自分のたてた予想をお母さんに聞いてみる。
「イヴの思ってる通りだよ。あいつらは複数で……お母さんも人から聞いた情報だから実際に見たわけじゃないけど、少なくとも10以上の数はいるらしいよ」
「え、そんな。お父さんたちは大丈夫なの?」
10なんて数を聞いてイヴは大いにあわてた。1体だけでも魔物というものはかなり危険な存在だというのにそれが10以上。ただの村の戦力ではどうあってもただではすまないだろうし、実際この逃避行というより避難がまさにその通りであると物語っている。
「それは……、ごめんねイヴ。そこまではお母さんにもわからない」
「……」
私は頭の中が真っ白になって立ち止まってしまう。
「イヴ?」
そうお母さんの声が聞こえたと同時に私は今来た道を戻ろうとする。しかしそれはすんでのところでお母さんに拘束され止められる。
「離してよ、お母さん」
私は必死にお母さんの拘束を解こうとする。
「バカなことはやめなさい!」
「バカなことじゃないよ!」
「イヴ一人が行ってもどうにもならないわよ。それに今お母さんとイヴがこうして逃げれてるのもお父さんたちがあいつらを食い止めてくれてるからよ」
「でも、でも……」
お母さんに言われたことは頭では分かっているし理解もしている。事実私はただの12歳の女の子に過ぎない。何かしらの武器を扱ったこともなければ神聖術などの特殊技能が使えるわけでもない。しかし、頭でわかっても心が納得しない。
「納得しなくてもいいわイヴ。お母さんもこんな理不尽納得してないから。でもね納得はしないけど今も私たちを守ろうとしてくれている人たちの思いも無視したくないの」
そう、自分の思いをお母さんはイヴに伝えた。
そしてイヴは
「うん、わかった……」
逃げることに決めた。
イヴは今が立ち止まっていていい時じゃないと理解している。そしてお父さんも心配であるがお母さんのことも無視することはできなかった。そしてイヴは自分の意思で逃げることを選択した。納得などは一切せずに。
避難を再開させたイヴは先ほどのお母さんの話を聞いて新たに一つの浮かんでいた。
「でもいきなり魔物が十体以上って何があったんだろう?」
それは思わず口をついて出たといったものであった。別に誰かに聞かせようとした言葉ではなかったがそれに対してお母さんはイヴの予想していなかった言葉を返す。
「魔物じゃないわ」
「え?」
「魔物じゃないの、今村を襲っているのは」
「それはどういう……」
「今村を襲っているのは人間よ。それも盗賊なんかとは明らかに違ったね」
そんな思いもしなかった言葉がイヴの耳に届く。