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07 説得力


 周辺警戒やヴァルクイザスの片付けは後からやってきた軍人達に任せて、エドガーとガーフは先に帰る事にした。

 ガーフは後部座席に座ったまま、先ほどの戦いが終わった時から何も喋らない。

 エドガーはちょっと心配になって声をかける。

「なあ、おまえ、もしかして実戦は初めてだったのか?」

 長い息を吐くような間。

「三回目よ……」

 ガーフは答える。

「そうか」

「最初の二回は、弱い相手で、私が殆ど何もしなくても終わったけど」

「……それって、実質、始めてみたいなもんじゃねーの?」

「そうね……。そうかもしれない」

 つかれきったような声。誰でも最初はそうなる。エドガーだって、初めて魔獣と向きあった時は人から言われた通りにするだけだった。

 そんな事を思い出していると、ガーフが呟く。

「演習とは、違うのね。演習では、負けていても部下が逃げたりしない」

「……そりゃぁ、そうだろう」

 演習中は事故でも起こさない限り人は死なない。そこから逃げ出すような奴は、そもそも軍人を目指したりしない。

「ずっと、演習だけやっていれればよかったのに」

「いや。ダメだろそれは」

 演習は、実戦のためにやる物だ。遊びではなく、本番に備えた訓練なのだ。

「でも。中央の学校で、教官をやってる人たちは大体そんな感じだけど?」

「……ああ、なるほど」

 納得のだった。

 エドガーが、養成学校の類を信用していないのも、その辺りが理由だ。

「俺は、そんな奴から、何かを学びたいとは思えないけどな」

「……そうね」

 ガーフは静かに認める。

 それは自分が今まで積み上げてきた物の全否定にも繋がるのだが。

「あなたが、こんなに強いとは思ってもなかったわ」

 しみじみと、言うガーフ。

 後ろなので、どんな表情をしているのか見当もつかなかったが。


 森の中の道を抜けて、軍の基地に戻ってきた。

 平らなに固められた地面の所まで来たので、車輪を出して滑走する。

 どうやら、イクシオン3とイクシオン4は先に戻ってきていたようで、整備場の手前に止まっていた。どこで何をやってそんなになったのかと聞きたくなるぐらい泥だらけのボロボロだった。

 それを見て、エドガーは舌打ちする。

「リーダーを置いて先に逃げ帰っちまうなんて、どうしようもない奴らだな」

「いいのよ、別に」

 ガーフは投げやりな口調で言う。

 見捨てられた本人のくせに、殊勝な言い様である。

「よくはないだろ」

「彼らはあたしの部下ではないから」

「それなら、なおさら見捨てたらダメだと思うが……」

 一般人の少女を見捨てるなど、言語道断だ。軍人の風上にも置けない。

「いいのよ。元から彼らには期待なんてしてない」

「……へぇ」

「あたしだって、いつか、自分が信頼できる人間だけを集めた部隊を作って見せる」

「ふーん」

 その《いつか》なんて時が来るとは、とても思えなかった。

 その前に、裏切られるか見捨てられるかして、死んでしまうのではないか。

 無理はしない方がいいと思うが……それはガーフの人生だ。エドガーが口出しするような事ではない。

「なんでもいいけど、マイリアが悲しみそうな結果になるような事はやめろよ。あいつに関わると、なぜか俺のせいにされちまうんだ」

「わかってるわよ」

 ガーフは、ふてくされたような返事をする。


 エドガーは、軍の格納庫の横を通り過ぎて、さらに道を走る。

 目指す場所は、メイガース家の格納庫だ。

 鉄扉は、出てきた時のまま開いていた。

「はっはっは、大活躍だったそうじゃないか!」

 アーカードを作業台に固定して降りると、クイッゴが大笑いで出迎えてくれた。

 エドガーは謙遜する。

「なに、あんなの大した敵じゃなかったさ」

「またまた大口叩きやがる。選抜戦略士が全滅して……ってあれ?」

 クイッゴは、エドガーの後ろにガーフがいる事に気付いたのか気まずそうな顔になる。

「ええと、この度は、大層な事になりまして」

「お恥ずかしながら……助けてもらいました」

 微妙に動かしづらい空気が漂う。

 だがクイッゴは、また笑い出した。

「ぷっ、あっはっはっはっはっは!」

 そしてエドガーの背中をバンバンと叩く。

「大活躍の上に、女の子まで助けてくるとはなぁ。坊ちゃんも油断ならぬ人だ」

「痛い、やめろ! ってか、油断ってなんだよ! おまえは何を狙ってるんだ!」

「はっはっは」

 良くわからないテンションで一通り騒いだ後で。

 エドガーは話を戻す。

「あのさ。ちょっと相談と言うか頼みがあるんだけど」

「なんじゃい?」

「さっき、左腕でブレード使っちゃったから、関節の所チェックしておいてくれないか?」

 関節のベアリングにはいくつかの種類があって、今アーカードの左腕は、射撃に特化したパーツを使っている。

 射撃と近接格闘では、関節の磨り減る部分が違うとかで、いろいろあるらしい。

「……おまえってやつは。そんな事続けてるといつか死ぬぞ?」

「やらなきゃ今日死んでたんだよ。本当、頼むからな?」

「仕事はするが……ふうむ。いっそ左腕も、その手の行動に対応している部品に置き換えるべきかのぅ? しかし、ガトリングを降ろすわけにはいかんし……いっそ関節の構造を新しい物に作り変えるか……」


 その事でエドガーとクイッゴが話し合っていると、格納庫の前に車が止まった。基地の連絡部隊が使っている物のようだ。

 運転手が大声を上げる。

「エドガー・メイガースさん。ここにいますか?」

「俺だ! 何か用か?」

 エドガーが手を振ると、運転手は走ってきて、エドガーの前で敬礼。

「ローダス司令があなたに会いたいと申しています」

「はぁ? 何で俺に……ああ、そういう事か」

 エドガーは用件を聞くまでもなく納得する。

 クイッゴがエドガーの顔を覗き込む。

「おまえ、何かやったのか?」

「何もしてない。が……強いて言うなら、出撃した事それ事態に怒ってるんじゃないか? 半年ぐらい前にもあっただろ?」

 出かける前からわかっていた事だ。


 ◇


 エドガーは手早く服を着替えてから、連絡部隊の車に乗り込んだ。

 なぜかガーフもついてきた。ガーフの着替えはここに置いていないので、マントのような物を羽織っただけだ。そこまでしてついてくる理由があるとは思えなかったが。

 ここにいるか、軍の方の格納庫に戻れと言ったのだが、従う様子はなかった。エドガーは気にしない事にした。


 車は基地の司令室に向かって走る。

「基地司令って、どんな人なの?」

 唐突に聞かれる。

「おまえは会った事ないのか?」

「昨日、挨拶で一度だけ。でもよくわからない、普通の人だった」

「そうか……」

 説明が難しい。

「人柄とかはどうでもいいの。なんか、あんたと基地司令の間で確執があるみたいな話だったから気になるんだけど?」

「それこそ知るかよ。たぶん、あの人は、貴族とか嫌いなんだろ。おまえと同じようにな」

「え? あたしは別に……」

 ガーフは口の中でもごもごと何か言っていたが、エドガーは先を続ける。

「あいつは、選抜戦略士の第五資格を持っている、って話だ」

「そうなの? 」

「……っていうか、第五資格って何だよ?」

 エドガーが聞くと、ガーフが説明してくれる。

「選抜戦略士には、五段階の資格があるのよ。第五資格から第一資格まで。数字が小さい方が難しい試験をパスした事になるわ」

「おまえは?」

「第二段階よ」

「最後まで行ってないのかよ」

「……そこまで行った人は、この十年で数人しかいないわ。認められる条件に、実戦での功績が必要だから、あたしはまだ取れない」

「そういうもんか?」

「言っておくけどね、あたしぐらいの歳で第二資格を取れるのだって、年に数人なのよ」

「へぇ……」

 エドガーは生返事。

 誇らしげに胸を張って言うガーフの姿が、ぴっちりしたパイロットスーツもあいまって、コメントしづらい状態だったとか、そういうわけではない、決して。


 車は司令部の建物にたどり着いた。

 赤いレンガを積んで作られた、直方体のような建物だ。

 二人は、車から降りて中に入る。

 案内人に、長い廊下をグルグルと連れまわされて、最上階の部屋にたどり着いた。


 部屋に入ると、革張りの椅子に座って、大きな机の向こうから、こちらに視線を投げかけてくる男がいる。骸骨に軍服を着せたかのような男だ。

 これがバージル・ローダス。この基地の司令官だった。

「ああ、来ましたか。遅かったですねぇ」

 ローダスは、嫌味たっぷりに言う。

「いきなり呼びつけたのはそっちだろう? 用件はなんだ?」

 エドガーが臆さず言うとローダスはふっふっふ、と笑う。

「いきなり現れて、規律を破ったのはあなたではないですか。軍の担当範囲には手出ししないで欲しいと、何度も言っているはずなんですがね」

「俺はただ見学に行っただけだ。邪魔する気はなかった。そしたらあいつらが負けて逃げ出す所だったのを見たんだ。加勢するのは当然だろ?」

「それが、助けになるどころか、長期的にはマイナスに働いているとしても?」

「何だと?」

 エドガーは意味がわからず顔をしかめた。

「規律の問題なのですよ、これは」

 ローダスは、ふふっ、と笑い、両腕を広げる。

「考えても見なさい。……あいつは前も助けに来てくれた。だから今度も助けに来てくれるに違いない。……兵士達がそんな誤った期待を抱いてしまっては困る。それで助けに来てくれるなら兵士達はそもそも必要ないし、何かの事情なりで来てくれないなら、助けを求めながら死んで行く事になる。ダメなのです。それではダメなのですよ」

「……」

 ローダスが言わんとしている事は、エドガーにも理解できなくはない。敵に勝った後も、勝利の喜びを感じる一方で、これで自分がいなかったらどうなっていたのか、等と不安になった事もある。

「兵士が死んでもいいのか? 防衛ラインが崩れて、町が襲われても構わないのか?」

「それは必要な犠牲です」

「士気や練度を高めるためなら、人が死んでも構わないと言いたいのか?」

「ある意味ではその通りでしょう? 士気や練度が低いままでは、遅かれ早かれ死ぬ事になる。もし町が大量の魔獣に襲われたら? 対応できないでしょう? そうなる前に力の底上げが必要なのです」

「うぬぬ……」

 話の理論は破綻していないが、全く納得がいかない。

 たぶん、これは選択なのだ。今の犠牲を減らすか、未来の犠牲を減らすか。

 エドガーは常に前者を選び続ける。ローダスは後者を支持している。

「私のでは、一度やられてから反撃する所までで一セットになるのです。ところがあなたは、困った事をする。見物だのと言って出てきては、。これでは、軍が負けたという記憶しか残らない。我々の苦労を踏みにじって、おいしい所だけ盗んでいるのですよ」

「……」

 穿った見方をされているが、ある意味事実だ。

「しかも、ブレードを武器に近接戦闘ですか? 何を考えているんですか?」

 確かに、射撃兵器が充実しつつある昨今、ブレードは時代遅れの武器と言われている。既にそんな物を使いたがらない者は多い。

「貴族様のおもちゃで我々の仕事場をかき乱されるのは、もう、うんざりなのです。ブレードだか何だか知らないが、かっこいい棒切れを振り回して遊びたいならそれに相応しい場所があるでしょう? 軍隊は遊び場ではない。わかりますね?」

「……」

「ちょっと待ってください!」

 声を上げたのはガーフだった。

「エドガーのブレードは戦力と認めるには十分な効果を上げています。おもちゃという発言は不当評価ではありませんか?」

 ローダスは、おまえもいたのか? と言いたげにガーフを見つめる。

「おや? そうですか?」

「私は実際に、それが戦う所をこの目で見ました。ブレードを使いこなしているからこそ。一人であの数のヴァルクイザスと渡り合えたのだと思います」

「おい、ガーフ、やめろって」

 エドガーはガーフを止めようとする。このままでは墓穴を掘るのが目に見えている。

 だが、ガーフは続ける。

「射撃が優位と捉える考え方には私も賛成です。が、完全に近接戦闘を捨ててしまうというのは正しくないように感じました。ブレードに対する再評価をするべきです」

 ローダスは、つまらなそうに手を組んでいたが、やがて呟く。

「……負けたくせに。選抜戦略士が指揮を取って、負けたくせに」

「うっ」

 それを言われると、反論できないのがガーフの痛い所だ。

「二人とも、二度とこのような失態はないようにしてもらいたい。いいですね?」

「「……はい」」


「ごめん、援護射撃のつもりだったんだけど」

「いや。あれでも嬉しかったよ……ありがとう」

 疲れた表情で司令部の建物を出た二人は、先ほどの車に乗った。

 まず軍の格納庫の方に行く。そこに、ガーフの服が置いてあるのだ。ガーフもいつもの服に着替えさせてから、メイガース家の格納庫へと戻る。

「どうも、あたし達ってここでは歓迎されてない空気ね」

「そりゃぁな……いろいろあるから」

「いろいろって何よ」

「だから、いろいろだよ。……向こうとしちゃ、軍人でもない俺がレイルヘッド使ってるのが気に入らないんだろ」

「だったらあんたが軍人になれば解決するんじゃないの?」

「アーカードはメイガース家の資産だ。手放す気はない」

 そんな事を話している間に格納庫に到着する。

 格納庫の横には、メイガース家の車が来ていた。

「迎えに来てるみたいね?」

「呼んでもいないのにか? 手際がよすぎるんだが……」

 車を降りて格納庫の中に入ると、理由はわかった。燕尾服を着た男と、淡い色のドレスを着た少女がいたのだ。

 叔父のアストンと義妹のマイリアだった。

「また、いろいろやらかしたそうだな」

 アストンは不機嫌そうに言う。

 こちらも、電話か何かでさんざん嫌味を言われたのだろう。

「嘆かわしい。天国の兄さんが聞いたら何という事やら」

「うるさいな。わかってるよ」

「ちゃんと聞きなさい。おまえが何かやって、やんちゃだとか言ってごまかせる年齢じゃないんだ。もっと家の行く末や周囲の関係を考えてだな……」

「ちょっと! 叔父様。そんな言い方はないと思いますよ」

 助け舟を出してきたのはマイリアだった。

「そうかね?」

「私、お兄様がした事は正しいと思います。だって、お兄様がいなかったら人がたくさん死んでいましたよ。違いますか?」

「それは……うむ、そうとも言えるがな、しかし……」

 アストンは、歯切れ悪くもごもごと答える。

「むしろ。正しかったからこそ、面倒な事になっているのかも知れないと思うんだなぁ」

「どういう事ですか?」

「考えても見ろ。こんな事をされては、警備隊のメンツは丸つぶれだろう」

「そのメンツって人の命よりも大事なんですか?」

「……うむ、それは、なんと言うか」

 アストンはしばらく悩んでいたが、諦めた。

「わかった。エドガー。今回の件については、少し出過ぎた面もあったかもしれない。だが、基本的にはよくやった、と言っておこう」

「あ、ああ」

 エドガーも、どう反応したらいいのか良くわからず戸惑う。

「そうです。それでいいのです」

 マイリアは満足そうに頷く。

 将来、こいつに家を乗っ取られるんじゃないかと、エドガーは密かに心配になってきた。


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