24 ヘルミータの変異
基地の北西部へと向かったエドガーとガーフが見たのは、異様な光景だった。
わらわら滑走してくる十数機のアニラーゼ部隊。
「あれ? もう帰ってきたのか?」
「何があったのかしらね?」
先を争うようにして基地の敷地内へと入ってくる。何機かは、どこかのパーツが壊れていた。そしてフルアーマー・アニラーゼの姿は見えない。
「勝利の凱旋ってわけじゃなさそうだな」
「何かヤバイ魔獣が出たみたいね。あたし達も逃げるべきかしら?」
「冗談を言ってる場合じゃないだろ……」
エドガーは、そのまま現場までアーカードを走らせようとしたが、思いなおしたかのように止めた。
「どうしたの?」
「いや……」
エドガーは言いよどんだが、後部座席の方を振り返る。
「何よ、急に」
「やっぱおまえはここに残れ。俺一人で十分だ」
ここから先は危険だ。非戦闘員を送り込む理由はない。
だが、ガーフは首を振る。
「いいえ。あたしも一緒に行くわ。あなた一人だと不安だからね」
「……どうなっても知らないからな」
エドガーが言うと、ガーフはそこだけは譲れないとばかりに言う。
「ダメよ! あたしの事はちゃんと守りなさい」
「……だったらついて来なきゃいいのに」
途端、ガーフはむっとしたような顔になる。
「あのね。あたしはあなたが心配だからついていくのよ?」
「はいはい。勝手にしろよ」
エドガーは前を向くと、アーカードを走らせた。
基地の外に出る。車輪をしまって、闇に包まれたぬかるんだ道を走る。
五百メートルも進まないうちに、魔獣が見えてきた。
『キシャァアァァアァァァ!』
奇声を張り上げているのは、巨大なトカゲのような魔獣。口から青い光を放つ煙が上がっている。
その恐ろしい姿を前にしながらも、エドガーは首を傾げる。
「あれ、ヘルミータだよな? ……なんであいつら、負けたんだ?」
ヘルミータは戦列陣形のカモだ。二十機ほどの大部隊で挑んだなら負ける理由がない。そして戦列陣形はローダスの部下達の得意分野のはず。
それがなぜこうなるのか。
エドガーはブレードを抜く。
普通に攻撃に入ろうとして、ガーフがそれを止めた。
「ちょっと待って。あのヘルミータ、少し大きいわよ」
「それがどうした」
言われて見れば、二割か三割ぐらい大きいような気がする。
「体積は寸法の三乗に比例するわ。三割大きいなら体積は二倍になる」
「……二倍か。だったら二倍のダメージを与えてやればすむ話じゃないのか?」
「そうだけど……」
エドガーのあまり深く考えていない発言に、ガーフも戸惑っているようだ。
「でも、二倍よ? どうしてそんな大きくなったの? それになんとなく外見が違うような気もするし……普通じゃないわよ!」
「ヌシか何かだろ」
エドガーは物事を深く考えない。ブレードを構え、ヘルミータの前に立つ。
ヘルミータも、アーカードを視界に入れると歩みを止めた。そして威嚇するように口を開く。
『クワアアアアアアアッ!』
吼える。
ビリビリと震える空気に森が揺れた。
気がつけば、降り続いていた豪雨はやんでいた。
雲間から白い月の光が差し込み、アーカードとヘルミータを照らす。
戦いが、始まる。
『ガァァァァァァッ!』
先に動いたのはヘルミータだった。
足を大またに開いてノシノシと近づいてくる。
エドガーはタイミングを計りながら横へと走る用意をする。
ヘルミータは巨体を持った魔獣、単純な押し合いではレイルヘッドが体重負けしてしまう。
正面衝突は避け、側面に回り込まなければならない。
そしてヘルミータの唯一の武器は、背中の腕から生えるナノエッジカッター。その攻撃は知っている。対処は可能だ。
エドガーは近接戦闘に備える。恐れるものなど何もない。はずだ。
だが、予測していたのよりもワンテンポ早いタイミングで、何かが飛んでくる。
粘液のような塊。
「ん?」
エドガーは良くわからないままも、回避する。
粘液の固まりは地面に着弾。そして燃え上がった。
爆風が泥を吹き飛ばす。
少し離れていたアーカードがよろめくほどの威力だった。
「くっそ。なんで遠距離攻撃なんか使えるんだよ!」
「だから普通じゃないって言ったでしょうが!」
毒づくエドガーと非難するガーフ。
だが、後には引けない。
エドガーはアーカードを走らせる。射撃には、横の動きだ。飛んでくる二撃目の攻撃を避けて、側面へと回り込む。
後ろの方で爆発する粘液弾を振り返りながらガーフが言う。
「ちょっと待って。今の攻撃、どこかで見た」
「どこかってどこだよ!」
エドガーは叫び返すが、言われてみればそんな気もした。
だが、どこかで同じ物を見ていたとしても、対象法がそう変わるとは思えない。
すぐ近くで爆発が起こって、アーカードがよろめく。
「くっそぉ!」
これでは接近の難易度は高い。エドガーは戦術を変える。
粘液弾が途切れた隙を狙って、ブレードを納刀。ブラスターカノンを構える。
「くらえ!」
ブラスターカノンを撃つ。
弾丸は頭部の数十センチ横をかすめて飛んで行き、後ろの胴体に命中、爆発した。
……だが、無傷だ。
「あれっ?」
「嘘でしょ……」
二人は確かに見た。炸裂弾を阻むインパクトレセプティブ・フィールドを。
エドガーは後部座席のガーフに聞く。
「おいガーフ、なんでヘルミータが防御フィールドなんか張ってるんだよ!」
「あたしだって知らないわよ!」
「おまえ選抜戦略士じゃなかったのかよ!」
「そうよ、魔獣博士じゃないからね!」
『グギァァァァァァッ!』
操縦席でのケンカが聞こえたわけでもないだろうが、ヘルミータが吼える。
「ちっ、なら……」
エドガーは舌打ちしつつも次の行動に移った。
アーカードを、先ほどまでとは逆方向に走らせるのだ。
『キガァァァァッ?』
ヘルミータは不思議そうな鳴き声をあげながらも、追ってくる。
を正面に捉え続けようとしているのだ。頭部の防御力が高い事は自覚しているのだろう。
「どうする気よ!」
「正面からの攻撃が通じないなら、裏から回るだけだ!」
ヘルミータは体を旋回させてアーカードを追いかける。
その時には足を動かしている、当たり前だが。
そして、足を動かす事で体を動かせるという事は、足の裏で地面を踏んでいるという事。これも当たり前だ。
なら、その動きを止める方法は二つしかない。
足を破壊するか、地面を破壊するかだ。
エドガーは、ヘルミータが振り下ろした足元に向けて炸裂弾を撃ち込む。
爆発。土が吹き飛んで小さなクレーターが生まれ、爆圧でヘルミータの足がわずかに浮き上がり、滑った。
『ギガルッ?』
こけて下がった頭。
その隙を逃さず、アーカードを前進させる。
ジャンプ、ヘルミータの頭に手をついてさらに高度を稼ぐ。
お互いの防御フィールドが消滅した。だがそれは想定の範囲内。そして、リスクに見合ったメリットがある。
狙ったのは、首筋へのパイルバンカー攻撃だったのだが。
「なっ!?」
エドガーとガーフは、ありえない物を見た。
ヘルミータの腕が生えているはずの場所。
本来なら、自慢のナノエッジカッターを振り回すための長い二本の腕があるのに、それがない。根元から腐り落ちている。
代わりに、そこにあるのは、形容しがたい謎の物体だった。
長さは五メートルあるかないか。触手のような物が何本も生えていて、うねうねと蠢いている。
『クィキガァァァァァッ!』
その生き物は声を上げた。明らかにヘルミータとは別の、独立した生物のようだ。
エドガーは一瞬で目的変更、ヘルミータの首筋にまたがるはずだったのをとりやめて、そこから離脱した。
地面に着地して、距離を取る。
ヘルミータも、慎重にこちらに向き直るが、今はそれどころではない。
「ガーフ、今の見たか?」
「うん。一瞬だったけど、なんかありえない物がいたよね……」
困惑する二人。
それをあざ笑うかのように燃える粘液が飛んでくる。
「くそっ、何がどうなってるんだよ!」
エドガーはアーカードを走らせて攻撃を避け、二百メートルほど距離を取った。
これで、振り出しに戻ってしまった。
だが、一つ得た情報がある。
「わかった。これ、川にいた魔獣の攻撃だ!」
ガーフが言った。
「何?」
「あの魔獣……モーサハビット、だっけ? ヘルミータの背中に生えていたの、きっとモーサハビットの頭よ!」
「意味がわからん。なんでだよ? なんでそんな事が起こりえる?」
「きっと寄生……いえ、共生しているのよ」
「共生? なんだそれ?」
「寄生はわかるでしょう?」
「ああ。虫にキノコが生えたりする奴だろ?」
キノコの変わりに魔獣が生えるなどとは、想像したくもないが。
「要するに、ヘルミータにモーサハビットが寄生してるってのか?」
「そうよ。だけどこれは共生。宿主にもメリットがある」
モーサハビットからすれば、強大な力を持つヘルミータに寄生して養分を吸い取れば、飢える事はない。
一方ヘルミータも、ナノエッジカッターという強みは失ったが、代わりにインパクト・レセプティブ・フィールドを手に入れた。
生まれつき頑丈で体の大きいヘルミータにとっては、機関車に匹敵する無敵の防御力を手に入れたに等しい。遠距離攻撃はまず効かない。近接攻撃を受けた場合でも、ほぼ意味がない。圧し掛かり程度ではつぶれず、体当たりや爆雷で押し出す事も不可能。
魔獣どうしの間でどう評価されるかは不明だが、少なくとも、人間の兵器と戦う限りは最強の存在と言っても過言ではない。
「最悪の組み合わせじゃないか。どうすんだよ」
「あたしに聞かれても……」
「選抜戦略士だろ、なんとかしろよ!」
エドガーが責めると、ガーフは不満げに言う。
「防御フィールドを持った相手への攻略法は二種類しかないわね。フィールドを打ち消す、あるいはフィールドごと叩き潰す」
「今回はどっちがいい?」
「フィールドの打ち消しが可能なのはさっき確認できたけど、こちらのフィールドも消えるわね。ヘルミータ相手にそれは、リスクが大きすぎるわ」
なら、フィールドごと叩き潰す方か。
「だけど、手持ちの武器じゃ火力が足りなくないか?」
「……ブラスターカノンだけで何とかするしかないわね」
火力があまりにも頼りない。
「フィールドを打ち消さなくても、柔らかい場所に炸裂弾を打ち込めば倒せるわ、たぶん」
「たぶんて……」
自信がないのか。いや、無根拠で自信だけあっても困るが。




