21 狂った動機
その鉄塔は基地の中、やや北側に立っている。
無線通信のためのアンテナだ。リアルタイムで他の町との情報のやりとりをするには、このような施設は欠かせない。
高さは百メートルほど。
すでに、エドガー達にも建物の向こうに聳え立つそれが見えていた。
アーカードを走らせながら、エドガーは聞く。
「ここまで来てなんだけど、どうして俺達はアンテナに向かってるんだっけ?」
「そこに例の荷物を運び込んだという情報があるからよ」
ガーフは答える。
根拠はそれだけだ。他に有望な情報は一つもない。
「既に別の場所へ運び出されていたら?」
「その前に間に合わなかったら、おしまいね。ただ、わざわざ面倒な場所に運び込んだからには、そこで使うつもりなんだと思うけど」
「基地の中で撒く気だって言うのか?」
無茶苦茶だ。
そして、アンテナの下にはレイルヘッドが待っていた。
フルアーマー・アニラーゼ。大量の武装と装甲を装備した、ローダスの専用機だ。
見たところ、両肩にはブラスターカノンが装備されていた。
そして左腕につけられているのは全長が五メートル程まで切り詰められているくせに、ブラスターカノンと同じ口径の120ミリという、妙な形の射撃武器だった。
ショートバレルブラスターだ。左右で腕の長さバランスが崩れないように限界まで切り詰められた、特殊な射撃兵器。射程については保証できず、長距離での命中率は悪そうだ。だが、至近距離で撃ち込まれればかなりの威力に違いない。
あくまで、近接武器を使うような距離での戦闘を優位に進めるための装備だ。
そして、横の地面には、一辺が四メートルほどの四角い箱が置かれていた。あれが問題の散布装置だろう。
『おや、来てしまいましたか』
通信機ごしに聞こえてくるローダスの声は落ち着いていた。説得して見る価値はありそうだ。
「一人か……?」
エドガーは辺りを見回しながら聞く。
伏兵を警戒しているのだが、それらしい物は見当たらない。センサーにも映らない。
『まさか、あなた方がこんなに速くここまで来るとは思っていなかったのでね……。過小評価していた事は謝っておきましょう』
「一応。俺達が止めにくる事は予測していたのか」
エドガーが聞くと、ローダスはふふふ、と笑った。
『当然でしょう。こんなやり方で、あなた達の理解を得られるとは思っていない。しかし、時間を掛けて説明してもムダだろうとは思っていましたのでね』
「だったらそんな事をするのはもうやめろよ。おまえ、自分が何をやっているのかわかっているのか!」
エドガーは叫ぶ。
『わかっていますよ。……あ、一応確認ですが。これが』
ローダスが言って、フルアーマー・アニラーゼが散布装置を指差す。
『魔獣を原料としたガスを散布するための装置だと言うのは、既に知っているのでしょうね?』
「ああ。それを起動すれば、魔獣が集まってくる事もな」
ただでさえギリギリの防衛ラインを敷いているような状態なのに、さらに魔獣を呼び込もうとするとは、自ら滅びの道に踏み込もうとしているとしか思えない。
「何の目的があってこんな事をするんだよ。この町を滅ぼしたいのか?」
『違いますよ。これは、この町を守るためです』
意味がわからない。
エドガーもガーフも何も言えずにいると、ローダスは語り始める。
『私は思うのです。軍隊に最も必要な物。それは練度だと』
「練度?」
何を言っているのやら。
『わかりませんか? つまり、隊員の数は多い方がいい。しかし、役立たずばかりを頭数だけ揃えても、戦争には勝てない。一人ひとりが優秀でなければ意味がないのです』
「そりゃそうだが……」
『いいえ。わかっていない。わかるわけがない!』
ローダスは断言する。
『たった一人でヘルミータと渡り合い、ヴァルクイザスの群れに突っ込めるようなあなたには、わかるわけがないのです』
「いや、あれは……町を守るためにはあれしかなかったと言うか……」
勝算があったのかと聞かれると、つらい。
ガーフが的確な指示を出してくれなければ、どうなっていた事か。
『それでも結果として勝っている。あれは気持ちだけの問題ではない。実力がなければできない事だ』
「半分以上はガーフのおかげだ」
『そうとも言い切れないでしょう。何しろ、同じ選抜戦略士の指示を受けていたイクシオン部隊は、ひどい結果になったではありませんか。あの勝利は、あなたの力ですよ』
「まあ、そうかもしれないが」
褒められて悪い気はしない。こんな状況でなかったなら、素直に喜んだのだが。
『今から思えば、嫉妬もあったのかもしれません。認めましょう。あなたは強い』
ローダスは言った。
だがそれが、今回の件とどう関係あるのか。
『私の部下達が、あなたのような人だったら問題なかったのですがね』
「そうか? おまえ、俺の事嫌がってたじゃないか」
『確かに。あなたのような人が大勢いたら、軍隊としてまとめるのには苦労したでしょう。というか、組織としては破綻してしまう危険の方が多い。だがその時の苦労は、今の私が感じているのとは別の種類の苦労だったはず。こんな物に手を出す必要もなかった』
まるで、ローダスがこの陰謀に加担したのは、自分の部下が弱いのが原因だといわんばかりだ。
どう関係あるのかまるでわからないのだが。
『しかし、現実はそうはいかないのです。あなたのような人間を五十人も集めることはできない。……ここの隊員達は、やる気はある。だが練度が足りない。圧倒的に練度が足りないのです。だから弱い。使えない』
「別にそんな事はないだろ。あいつらだってあいつらなりに……」
『……モーサハビット』
「は?」
ローダスは唐突に魔獣の名前を出す。
『この前、我々が川で戦った魔獣ですよ。あれ、こそこそ覗いていた人がいましたが、あなた達ですよね?』
「ばれてたのか」
「うまく隠れたつもりだったんだけどね……」
『ばれないわけがないでしょう。特定は消去法でしたがね。で。あなた達は、あれを見てどう思いました?』
「どうって……」
わりと苦戦していたように見えた。だが……それは敵が強かっただけの話ではないか。まるで自分の部下がふがいないせいで苦戦したように言うのはよくないだろう。
「確かに、手際は悪かったわね。あたしが言っていい事じゃないと思うけど」
ガーフが答える。
『ああ、ヴァルクイザスの時は迷惑をかけましたね。あの件を理由に、あなたの事を軽んじたりはしていませんよ。私の部下達だったら、全員で出てもあんな感じになった可能性が高いのでね』
ローダスはうんざりしたように言う。
エドガーは首を傾げる。
「そうなのか?」
「……いや、そこまで酷くはないでしょ」
『ダメなんです。練度の低い集団が射撃戦をすると、同士討ちが発生するんですよ。回り込んでくる知能を持った相手の場合は特にね。私の部下達は、そのあたりの訓練成績が伸び悩んでいる隊員が多くてね』
「……なるほど」
基本ソロのエドガーには良くわからないが、言われてみれば、ある程度想像はつく。
『しかも中央のお馬鹿な上層部は、ここを左遷先か何かだと勘違いしていらっしゃる。どうしようもない役立たずばかり送ってくるんですよ。そして何かあると私が悪いという事にする』
「実際におまえが悪いんじゃないのか?」
エドガーが突っ込むと、ローダスは吐き捨てるように言う。
『どうだか。本気で私が悪いと思っているなら、さっさと首を挿げ替えればいいのです』
「……」
『だがそれはしない。本当に何を考えているんでしょうねぇ。余程人材が足りないんですか? それともこの地域なんて、滅んでも構わないと思っているんですか?』
「いや、さすがにそれはないだろ」
エドガーは反論しようとする。しかし、ローダスの語る話は暴論だが、ある意味では正論にも聞こえてくる。何を言い返せばいいのかわからない。
『ララトルさんは最近まで中央にいたのだから、何か知りませんかね?』
「あの、あたしは軍の内情まではちょっと……」
ガーフも困っている。
『ようするに、そういう事なんですよ。結局あいつらは、私が間違っているとは思っていない。だが、自分でも対策を立てられないから、保身に走っているだけなんじゃないかと思いますがね。そうでなければ、代案の一つや二つ、押し付けてくるでしょうか』
「で? 頭の悪い上司に押さえつけられるような軍人生活には嫌気がさして、テロでも起こしてやろうってわけか」
エドガーが言うと、ローダスはそれを否定する。
『違いますよ。私は別にこの仕事を嫌いなわけではない。思い通りには行かなくとも、最善を尽くすだけです。その成果がこれだ!』
再び散布装置を指差す。
「だから、どうしてそれが軍の仕事なんだよ! おまえは明らかに逆の事をしてるんじゃないのか?」
自ら敵を呼び込むなど、正気の行動とは思えない。
『いいえ。計画は完璧です。この前の戦いで壊れたアニラーゼ部隊の修理も終わった。そろそろいい頃合でしょう』
なお更理解できない。魔獣で町を破壊するつもりなら、なぜ防衛部隊の回復を待つのか。
「どういう意味だよ! 矛盾しているぞ。こういうのは、修理が終わる前にやるのが普通じゃないのか?」
エドガーの追求を、ローダスは否定する。
『だから、違うと言っているでしょうが。私はこの町を破壊したいなどとは思っていない。むしろ守りたい。だからこんな事をしているのです』
「意味がわからん」
『簡単な事ですよ。単に敵の存在が必要だったのですよ。一ヶ月の訓練より一日の実戦といいますからね』
「そんな……」
ガーフがうめいた。
「練度を上げる、敵の存在……。要するにあなたは、ただ訓練の標的が欲しいというだけの理由で、そんな危ない物を使おうと言うの?」
『まあ、そういう事になりますね』
ローダスは平然と答える。
エドガーは体が震えるのを感じた。
「狂っている……おまえの考え方、俺には理解できない」
『そうですか? じゃあ、適当にそれっぽい言い訳は、そっちで考えて置いてくださいよ。仕事のストレスでおかしくなったとか、そういう系で構わないので』
ローダスはわけのわからない事を言う。そして。
ポン、と冗談のような音がして、立方体の上面から赤い煙が吹き上がった。
魔獣を引き寄せるガスの散布が開始されたのだ。
「なっ、しまった!」




