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15 獣の戦い方


 上半身は、胸を覆っている布以外は、ほぼ裸。

 確かに涼しいし、汗の問題も解決されるが、女としてどうなのか。

「いったい、この格好の何が問題だと言うのですか?」

 キルムは、その状態を全く恥ずかしいと思っていないようだ。

「いや、それじゃあ戦いづらいんだが」

「私は問題ないと思いますが。防具は捨てましたが、武器は細木刀。体に一発当たったぐらいで大怪我をしたりはしません。それに、私の体は鍛えられていますから」

 キルムは胸を張る。

 たしかに、最初は大きな胸にばかり目が行ってしまうが、良く見るとそれ以外の部分も魅力的ではある。

 脂肪を落としつつ、整った筋肉をつけたしなやかな体は、その背の高さもあいまって、樹齢を重ねた柳のような、シンプルな美しさを持っている。

「いや、俺が言いたいのはそういう問題じゃなくてな」

「あざが残るかも?」

「えっと、そう……そういう事だ」

 エドガーは言うが、キルムは首を振る。

「それなら、なおの事、気にする必要はありません。私の裸の体に傷があったとしても、それを眺めて文句をつけるような男はいませんから」

「そういう話じゃなくて……」

 というか何の話をしているのかわかっているのか。理解した上でふざけているのか。

「私はこの方が戦いやすいと考えたからこうしたまでです。何か問題があると思うなら、理論的に指摘をください」

「……えっと、その。つまりだな。おまえは、胸が大きい」

 エドガーは言う。自分でも、何を言っているのかと。頭がおかしくなりそうだ。

「だから、そんな格好で戦ってると、その、嫌でも目に入ってしまうし……激しく動けば揺れたりするわけだろ。それが、えっと……」

 もう諦めて負けを認めようか、とすら思う。議論ではなく試合の勝敗そのものが負けでもいい気分だ。

 たぶんそれはキルムが許してくれないだろうが。

「私の胸がどうかしました?」

「男と言うのは、そういう物を見せられると、集中できなくなってしまうというか。そういう事なんだよ!」

 どういう事だ。エドガー自身、自分が何を言いたいのか良くわからない。

「お兄様。はしたないですわ。今まで真剣な顔で戦っていたのに、心の中ではそんな事を考えていたなんて」

 責め立てるマイリア。

 無言で自分の胸に手を当てて落ち込んでいるガーフ。

 ここにはエドガーの敵しかいないようだ。


 キルムはその現状を見渡した後、小さく頷いた。

 勝者の余裕だ。

 胸囲の格差社会において、キルムは勝者なのだ。

 そしてエドガーに言う。

「なるほど。つまりあなたは、雑念が生じたために負けた、という言い訳をあらかじめ用意しているのですね?」

「違う、そうじゃない」

「敵があなたの集中を削ぐような工夫を凝らして来たら、何もできずに負けてしまうと? そのような愚か者だと?」

「違うって言ってるだろう。俺は……」

「実戦なら、死んだ後で言い訳しても、何にもなりませんよ?」

「聞けよ!」

 だが、キルムの言う事は事実だ。

 魔獣と戦う時には、相手の雑念なんて意識しないが……妨害の類ならいくらでもする。

 もちろん、魔獣もそういう事をする時がある。世界のどこかには、人の声を模して語りかけてくる奴らもいるらしい。

 キルムは頷く。

「ならば、続けましょう。全力で戦ってみたらどうですか」

「だから、それが無理だって言ってるんだよ。女を相手にしては……」

 エドガーは思いやりから言ったつもりだったが、キルムはむしろ怒り出した。

「確かに私は女ですよ。それがなんですか? 自分で選んだわけではない。ただ生まれつきそうだったというだけの事。それを悪だと言うのですか?」

「違う! 自分で選んだ事じゃなくても、結果がそうなんだ」

 なんとかして、話の方向を修正したいのだが、上手く行かない。

「では聞きますが。殺し合いをしている最中に、私が女だと言う理由で敵が手加減をしてくれる事があるとでも?」

「むむ……」

 確かにそうだ。そんな事はない。むしろ弱いと思われて、積極的に狙われることすらあるかもしれない。

 だからキルムは、相手が男であっても舐められるわけにはいかない? そういう事なのか?

「……なるほどな」

 エドガーは頷く。少しだけ、キルムの気持ちがわかった気がした。

「女だからと言って手加減などしないでください。私はあなたの全力が見たい」

「全力か」

「そうです」

「……わかった。そこまで言うなら、ちょっと待て」

 とうとうエドガーもわかってしまった。キルムの言う事は、どう考えても半裸で戦いたがる痴女の後付け理論と言えばそれまでだが、納得してしまったなら仕方ない。

 エドガーは細木刀を地面に置いた。

 それからエドガーも、布鎧と上着、そして肌着を脱ぐ。胸当ての類はないので、こちらは完全に上半身裸だ。

「何であんたまで脱いでんのよ!」

 ガーフが叫んだ。

「うるさいな、俺だって暑いんだよ。周りが女ばっかりだから遠慮していたが、構わないんだろ」

「ええ。それで本気になれると言うなら」

 二人は、改めて細木刀を構えなおす。


 攻撃は同時だった。

 二人は踏み込みながら細木刀を振る。エドガーは真上から、キルムは左から。

 エドガーの攻撃の方が先にあたると見たか、キルムの細木刀が唸りを伴って振り上げられ、エドガーの細木刀を叩き上げる。

 一瞬、エドガーとキルムの視線が交差した。

 エドガーは細木刀を手元に引き戻すが、キルムの細木刀は、それを追ってくる。

 程木刀同士が絡み合うように固定される。

 エドガーが軽くそれを上に引くと、キルムはつられたように一歩踏み込んで来る。

 だがキルムも操られているばかりではない。前に出る勢いを利用して、エドガーを押す。

 エドガーは横にずれるように動き、キルムも逆の向きに避ける。

 舞踏を踊るように、二人の位置が入れ替わった。

 勢いのまま、距離を取り、エドガーは体勢を低くする。

 キルムの長所は背の高さだが、それは時に欠点にもなりうる。下からの攻撃には弱いはずだ。

 足を狙う。

 だがキルムはその攻撃を、ひょいと避けて、斜め上から突きを入れてきた。

 エドガーは体を捻って交わし、半ば転がるように距離を取る。

 どちらも、お互いの攻撃はある程度読めている。だからこそ、決定打に欠ける。

 キルムはやや体を屈めながら、エドガーの足元を払うように、横薙ぎの攻撃を仕掛けてくる。

 エドガーは跳んでそれを避けて、自分よりも下になったキルムの頭めがけて細木刀を振り下ろす。だがそれも読みの範囲だ。防がれた。

「っ!」

 キルムはしゃがんで細木刀を上に掲げたまま、腰に力を入れる。立ち上がろうとしている。少しずつ上がって行く二人の細木刀。エドガーの力では、押さえ込む事ができない。

「このっ……」

 エドガーとて、これでも体は鍛えているつもりだった。それが女に力で負けた。受け入れがたい事実がエドガーの心に怒りを生み出した。八つ当たりだが。

 エドガーは、即座に攻撃を諦めて後退する。

 だがそれは逃げではなく、次の攻撃の予備動作だ。

 立ち上がる行動を追え、直立状態になった瞬間のキルム。そこに隙が生まれる。

 複雑な技を放つ時間はなかった。

 細木刀を前に構えたままの直進。体当たりだ。

 キルムはとっさに細木刀を盾にするが、衝撃までは受け止められない。

 エドガーはキルムを転ばせようとしただけだったのだが、そこで足が滑った。

「うわっ?」

「えっ?」

 キルムだけでなく、エドガーまで一緒になって倒れてしまう。

「ちょっ、お兄様? キルムさん?」

「だっ、大丈夫? って……」

 マイリアとガーフが叫ぶ。

 我に帰った時には、二人の細木刀は投げ出されて、少し離れた所に転がっていた。

 そしてキルムは仰向けに倒れ、その腰の辺りにエドガーが跨っていた。

「……」

「……」

 奇妙な沈黙が場を支配した。

 たぶん。自分が動かないといけないだろうと思い、エドガーは謝る。

「あっ、えーと……。すまん」

「いえ。戦いですから。あなたの勝ちと言う事でいいでしょう」

 キルムは複雑そうな表情になる。

 今更、半裸に近い自分の格好が恥ずかしくなってきたかのように、片手で胸を隠した。

 そんな仕草が、見ているこちらまで気恥ずかしくさせる。

 エドガーが、キルムの上からどくと同時に、マイリアがやって来て頭を叩いた。

「何やってるんですか!」

「すまん」

「もう、お兄様。少しは手加減と言うか、常識と言うか……」

 マイリアは自分を落ち着かせるために一息ついた。そして言い放つ。

「その行動に、人として問題があると思わないのですか?」

 これはキルムが弁護してくれる。

「いや。マイリア、いいのだ。これは私が言い出した事なのだから……」

「そうだぞ。同意の上だし、これと言った被害も出ていない」

「当人同士が良くても、見ているこっちがよくないんです!」

 マイリアは言い切った。

 確かに、そっちに関しては反論の余地はない。

「だいたい、キルムさんだって、手加減するなとは言ったけれど、理性を失えとは言いませんでしたよね。最後の方とか、戦闘力とは違う物で戦ってましたよね? 何やってるんですかお兄様。相手がキルムさんじゃなければ、訴えられていますよ」

「あ、うん。そうだな。……キルム、すまなかった」

「いえ。気にしていません。むしろ楽しかったですよ。いつかまた、試合をしましょう」

 そう言って、キルムは微笑んだ。


「しかし、二人とも、汗をかいてしまいましたね」

「ああ……いい運動だった」

 キルムがさわやかな顔で言うと、マイリアは提案する。

「せっかくだから。お風呂に入りませんか。皆で一緒に」

「えっ」

 ガーフが慌てて、エドガーとマイリアの顔を交互に見る。

「私は構いませんよ」

 キルムは上着を羽織ながら、平然と答えた。

「あっ、あたしは……」

 ガーフが顔を赤くしながら焦っているとマイリアは微笑む。

「ガーフさんもいっしょに来ますよね?」

「う、うん。行くけど……」

 ちらりとエドガーの方を見る。

 マイリアは笑顔で言う。

「あっ。もちろん、お兄様は来ませんよ。いくら性差別をなくせと言っても、お風呂場での区別ぐらいは必要ですよね」

「そっ、そうよね」

「ああ。確かにそういう考え方も、あるかも知れないな」

 マイリアは当然のように言う。

 ガーフとキルムは、急に態度がギクシャクし始めた。

 一度、エドガーと同じ風呂に入ったガーフがそんな反応なのはともかくとして、なんでキルムまでそうなるのか。

「あの、俺も汗かいてるんだけど……」

 エドガーが口を挟んだ途端、マイリアに睨まれる。

「お兄様。女の楽園に土足で踏み込むなんて、ハレンチですよ」

「……わかってる。おまえらの後でいいよ」

「覗いたらただじゃおきませんからね」


 立ち去ろうとした女三人。

 だが、キルムだけが戻ってきて、エドガーに聞く。

「ガーフと一緒に来た人達の事について何か知っていますか?」

 意味がわからない。イクシオン部隊の操縦者の事だろうか?

「いや? 顔も見てないな……四人中、二人は殉職したらしいけど。残り二人は基地で探せば会えると思うぞ」

「それは後で会いに行くつもりです。……私が知りたいのは、そういう事ではなく……」

 キルムは小声でぶつぶつと何か言っていたが、ごまかすように微笑む。

「では、また」

 そして、マイリアとガーフの後を追って、小走りに去っていった。

「やっぱり、何か調べに来たんじゃないか」

 まるで、キルムはガーフを疑っているようだ。

 例えば、ガーフが何か陰謀を企てて、イクシオン部隊の操縦者達を殺しているとか?

 それはそれでおかしい気がする。だったら何なのか。

「やっぱり俺にはわからないな」

 エドガーは思考を放棄した。

 もしエドガーに関係ある事なら、後で誰かが教えてくれるだろう。その誰かが味方である事を祈るばかりだ。


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