12 キルム、襲来
それからしばらくの間は、何事も起こらなかった。
魔獣は襲ってこないし、他の事件も起こらない。
エドガーはアーカードの所に行ってクイッゴと話し合ったり、叔父のアストンに命じられて町の要人に会ったり。
ガーフはガーフで軍の格納庫に行って、何かしているようだった。
強いて言うなら、マイリアの様子がおかしかった。暇さえあれば、どこかに出かけているようだ。ある時は駅に列車を見に行ったかと思えば、ある時はガーフと一緒に軍の格納庫に出入りしている。何か目的があるように思えてならないのだが、エドガーには見当もつかない。
事態が動いたのは三日後だった。
アストンが言うには、この町に列車が来るらしい。乗っているのは中央政府の関係者らしく、丁重にもてなせとの事。
だがアストンの態度がおかしい。落ち着きがないと言うか、不安がっていると言うか。
「おい、何があったんだよ。オッサンがそんな顔しても誰も喜ばないぞ」
「冗談を言っている場合じゃないぞ。エドガー、おまえ、何かまずいことはやってないだろうな」
「何もやってないよ。何でそんな事を聞くんだ」
「今度の客は、中央の監査部隊らしい。それもレイルヘッド部隊の精鋭をつれてくるとか言っているぞ」
「精鋭ねぇ?」
ガーフと一緒に来たイクシオン部隊みたいなのでなければいいのだが。
「で? それが」
「だから、監査部隊って言ってるだろう。誰かが悪い事をしているから、それを摘発するために来たんだ!」
アストンは頭を抱えて叫ぶ。
エドガーには話が良くわからないのだが、どうやらまずい事になっているらしい。
「あんた自身が、なんかしたんじゃないのか?」
エドガーは適当な事を言ってみると、アストンは首を振る。
「とんでもない。……私は何もしていないが、一応調べてみたら、会計をごまかして金を着服していた奴を見つけた。十年も雇っていて信用できる奴だと思っていたのに、なんたることか……」
「絶対今回の件と関係ないと思うけど……金額はいくらだよ」
エドガーが聞くと、アストンは小声で耳打ちしてくる。
「……」
「……へぇ?」
個人単位で見るならかなりの額だった。郊外の小さな家を手に入れられそうなぐらいには。だが、メイガース家全体としてみると微妙な感じだし、中央政府から兵隊を送りつけられるほど大げさな話とも思えない。
「たぶん、それは関係ないんじゃないか?」
「しかしだな。レイルヘッドの精鋭部隊だぞ? そんな物が必要になる相手はレイルヘッドしかないだろう?」
「そりゃ、そうだな」
さもなければ魔獣か。
「列車一両分のレイルヘッドだけで軍を潰したりできるわけがないよな? だとしたら、狙いは、どう考えても……」
「俺のアーカードだって言うのか?」
その部隊はメイガース家を制圧しに来る、その時にエドガーがアーカードを使って反撃するかもしれない、それに対抗できるようレイルヘッドを用意した。
理屈は通る。だが、理由がない。
話は振り出しに戻る。
「それで、何をやったんだよ」
「心当たりが何もないから困っているんだ。最悪、言いがかりをつけられて、領地没収なんて事になったら、兄さんに顔向けできない……」
「おいおい。しっかりしてくれよ」
なかなか面倒な状況だ。
「もちろん万全な準備はしているつもりだ。おまえも、上手くやってくれ。頼んだぞ」
「わかったよ」
そんな会話の後で、食堂に行くと、マイリアとガーフが紅茶を飲んでいた。
何だか、楽しそうに話し合っている。
「なあ、マイリア。今日、お客が来るらしいぞ」
「ええ。知ってますよ」
「そうか」
エドガーもさっき知ったばかりなのに、どこで聞いたのやら。
だが知っているなら話が早い。
「そのお客、何か良くわからない人らしくて、叔父上が心配してるからさ、いつもみたいにおまえがうまくやってくれよ」
というか、もうマイリア一人でいいんじゃないかな、と思い始めていたエドガーだったが、当のマイリアは予想外の事を言う。
「そんな事ないですよお兄様。キルムさんはいい人です」
「あれ? 知り合いなのか?」
「そうですよ。今日来る人はキルムさんって言って、私の文通相手なんですよ」
「はぁ?」
マイリアが、時々誰かに手紙を書いているのは知っていたが……世間は狭いものだ、などと思っていると、ガーフが首を傾げる。
「あれ? マイリアちゃん、キルムと知り合いだったの?」
ガーフが驚いたように言う。
「何だよ。おまえも知ってるのか?」
「あのさ。この前言ったでしょ? ブレード使いの知り合いがいるって。それがキルムなんだけど……」
「へぇ?」
そのキルム何某さんは、マイリアだけでなくガーフの知り合いでもあった?
もちろん、友達の友達、というのは珍しくないが。
「ちょっと待て? そのキルムって奴は、有名人か何かなのか?」
「さあ? 違うと思うけど……。あたしの業界もそんな人が多いわけじゃないから」
「文通相手は、私のほかに三人ぐらいいるらしいですよ」
「……何か変だな」
本当に偶然なのだろうか?
ここまで来ると何者かの作為を感じてしまう。
例えば、この町で何かを調べるために人が送られる事になる。この町に知り合いがいるキルムが適任と判断される。そしてその先払いとしてキルムの友人であるガーフが送り込まれた。
……この順番だと、偶然以外の何かで説明がつく。ただし、それはそれで話が繋がらなくなってしまうのだけれど。イクシオン部隊の存在意義とかが説明がつかない。
「考えすぎかな?」
やっぱり、単なる偶然かもしれない。そうだとしたら運がいい方の偶然だ。
「……あんまり、心配する必要なさそうだな。これは」
一応油断はしないでおくが、とりあえずアストンが心配していたような事は起こらないだろう。
三人は、列車の到着時間にあわせて駅に迎えに行く。
「で、そのキルムってのは、どんな奴なんだ?」
「私も、直接会った事ってないんですよね。手紙を読む限りでは背が高い人みたいなんですけど」
二人はガーフの方を見る。ガーフはエドガーの頭を指差した。
「確かに背は高いわ。あなたよりも」
「いや、まさか……。女の子じゃなかったのか?」
「女の子……私より年上だし、子かどうかは微妙な所かしら」
「まあ、俺はどっちでもいいどな」
大事なのは、キルムがこの町にやって来る目的だ。
それさえ判明すれば、後は二人に適当に相手をさせると言うか、邪魔しないように気を使うと言うか。そんな所だ。
「一体、何が目的なんだろう?」
「さあ? あたしにも見当がつかないけど……キルムは忙しい人だから、遊びとかプライベートってわけじゃでしょう?」
「だよなぁ……」
そして列車が駅に入ってきた。
ポイントのトラブルなどもなくスムーズに行く。
だが、その列車を見つめるエドガーは、あまり喜べない。
列車は八両編成だった。
まず先頭に機関車。そして次の一両はレイルヘッドの輸送車両。続く四両もレイルヘッドの輸送車両だ。
ただし、この四両の方は少し特殊で。一両の貨車に二機のレイルヘッドを押し込めるようになっているタイプだった。レイルヘッドの側の設計も多少の制限を受けてしまうが、やはり輸送効率が高い。
つまりこの列車は九機のレイルヘッドを輸送している事になる。
そして残りは倉庫のような車両と、魔獣の遺骸を回収するための車両。こちらは特別な物ではない。
「多いな……」
レイルヘッド九機で何をするつもりなのか。
まさか、本当に軍を……いや、それはありえないか。
止まった機関車から、一人の女性が降りてくる。
背が高い……エドガーとて背が低い方ではないが、確かに平均的な女性より……もしかしたら男性よりも背が高い。
だが、肩幅が広いわけではない。全体的に細長いイメージだ。
そして胸が大きい。
そんな体の上に、人形のような整った顔が乗っかっている。表情筋をあまり使わなくて退化しているようにも見えた。そんな顔を、風に揺れる長い金髪が美しく彩っている。
「キルム」
ガーフが声を駆けると、その少女は早足で歩いてきた。
そして、ガーフの前に立った。
「ガーフィア・ララトル……」
「キルム? どっ、どうしたの? そんな改まって」
エドガーとマイリアは、どきどきしながら様子を見守る。
キルムは、感情のこもらない声で言う。
「聞きましたよ。あなたの指揮する部隊が大敗を喫したと。反乱、壊走、全滅、処刑!」
「処刑?」
だいたいあっているが、最後になんか変な単語が混じった。何か誤解しているのではないか。
「あのね、キルム。あれは、その場の状況が……」
「私は怒っています」
「えっと、その、ごめんなさい……」
ガーフは謝った。状況を飲み込めていないように見えたし、横で見ているエドガー達もちょっと良くわからない。
「このバカ!」
突然、キルムはガーフを抱きしめた。ガーフの顔がキルムの胸の谷間に埋まる。ジタバタと暴れるガーフ。息ができないらしい。
「あなたがどうなったのか、何も聞こえてこないから。私は心配で心配で心配で、夜も眠れなかったのです」
「眠ってないんですか?」
マイリアが聞くと、キルムは答える。
「本当はちゃんと寝ましたよ。泣きながらね」
そして首を振る。
「まったく。私の所に届いた電信にはガーフィアがどうなったのか、一言も書いてなかったのですよ。おかしいじゃないですか」
「あ、でも……便りがないのは良い便り、って言葉もあるし……」
のんきな事を言い合っているマイリアとキルム。その二人をエドガーは止める。
「……おい、そろそろ放してやれよ。何か知らんが、ガーフが窒息しかかってるぞ」
「あら?」
キルムが腕を離すと、ガーフはよろよろとその場にへたり込んだ。
「げほっ、げほっ……」
ガーフは咳き込んでいる。エドガーは背中を軽く叩いてやった。
「……大丈夫かよ」
「大丈夫。ありがと」
キルムは、その二人の様子を眺めていた。
マイリアが笑顔で言う。
「えっと、キルムさん。私、マイリアです。わかります?」
「ああ。マイリア。私がキルムです。よろしく。あなたは……私が想像していたのより、数倍可愛いですよ」
そう言って、キルムはマイリアの頭を撫でる。
「キルムさんも本当に綺麗ですよ」
そして二人でエドガーの方を見る。
「と言う事は……これが?」
「ええ。これが私のお兄様ですよ」
二人して、エドガーの事をこれ扱いだ。もう勝手にしやがれ、とエドガーは思った。
それより優先すべき事があるのだ。このさい、聞いてしまう。
「なあ。マイリアやガーフと仲がいいなら教えてくれよ。何をしにこの町に来たのか」
エドガーは賭けてみる。正直に話してくれる可能性は低いが。
「俺は正直どうでもいいんだが、いろいろな人が気にしてるみたいで、さ」
半分ぐらい嘘だった。エドガーの知る限り、この件を気にしているのはアストンだけだ。他に誰かいるとしても、横領していたアストンの部下ぐらいだろう。
果たして……。
「えっと? 何の話ですか?」
キルムはとぼけた顔になる。
「いや、何じゃなくてさ。この町に来た目的だよ。何の理由もなく、列車を走らせて来たわけじゃないだろう?」
エドガーは問おうとするが、なぜかマイリアが邪魔をする。
「お兄様。なんでそんな事気にするんですか?」
「ん? いや、俺はただ……」
「つまらない事を聞いたらいけません。キルムさんがこの町に来た目的なんて、わかりきってるじゃないですか」
マイリアは断言した。そしてガーフを指差す。
「それは、ガーフさんに会うためです」
微妙な間。
それ違うんじゃないのか、とエドガーが言いそうになった時。
「……その通りです」
キルムは言った。
「私がこの町に来た目的。それはガーフィアの安否を確認するためです。ただ会うだけでなく、活を入れようと思っていますが」
「ほら。お兄様は人を疑いすぎなんですよ」
本当だろうか? なんだか、マイリアが言った適当な推測に、そのまま乗っかったようにしか見えない。
「じゃあ、このレイルヘッドは? なんで連れてきたんだ?」
エドガーが貨車を指差すと、キルムは平然と答える。
「これは私の部隊だから、私が行く所には文句も言わずについてきますよ」
「……そうか」
要するにキルムの目的は、友達が心配で様子を見に来ただけ、だと?
何か疑わしかった。嘘をつかれているような気がする。
というか、確実に嘘だ。キルムが問題にしているあの戦いから、まだ一週間も経っていない。その結果を聞いた直後に決意しても、普通のやり方では線路使用の予約が取れるわけがない。それとも何か特別な権限を使ったのか。
だが、本人がそう言い張っているなら仕方ない。




