11 地下の浴場
エドガーとガーフは屋敷の地下室に向かう。
暗い通路。
「ここはなに? シャワーでもあるの?」
「ちょっと違うな」
廊下にあるいくつかの扉の一つを開ける。
そこの壁にカマドの様な物があった。隣には薪がつんである。
「なにこれ? ボイラー?」
「まあ、そんな所かな」
「何を暖めてるのよ?」
壁の少し高い所に蓋のような物がある。
エドガーは踏み台を置いてその蓋を開けた。そこは覗き窓のようになっていて、向こう側の部屋と繋がっている。
ガーフもエドガーにくっ付くようにして踏み台に登ってきた。
隣の部屋にある物。それは石で作られた四角い箱。そこに水が溜められている。
こっちと向こうでは床の高さが違っていて、向こうからだと窓の位置は、手を伸ばせば水面に届くぐらいの高さだった。
「これは、もしかして、風呂なの?」
ガーフが驚いたように言う。
「知ってるのか?」
「そりゃあ知ってるわよ。向こうにも公衆浴場みたいなのはあったし。でも、個人の家にあるのは始めて見たわ」
「こっちは田舎だからな」
エドガーはそう言い、カマドに薪を放り込んで、火をつける。
炎が燃え上がり、直ぐに部屋の温度が上がった。十分ぐらい経った頃にエドガーは覗き窓を開けて、浴槽に手を突っ込む。
「だいたいちょうど言い温度だな。先に入っていいぞ」
エドガーが言うと、ガーフは疑わしそうに見つめてくる。
「……」
「なんだよ?」
「覗く気でしょう?」
「は?」
良く意味がわからない。
「この窓から、中の様子を確認できるようになってるのね? それで、あたしのお風呂を覗く気でしょう?」
「それは被害妄想だ」
正直に言えば、そういう考えが全くなかったと言うと嘘になる。
だが、実行に移すわけには行かない。
ガーフから得た信用の方が価値が高いし、男としての矜持もある。
だが、それをガーフに納得できるように説明できる気がしなかった。
「じゃあ勝手にしろよ。俺は一人で入ってくるから」
エドガーはそう言ってボイラー室を出るが、ガーフはその後をついてくる。
「待ちなさい。あたしだって、お風呂には入りたいわよ」
「じゃあどうするんだ?」
「覗きを防止するための方法は一つしかないわ。あなたとあたしが、同時にお風呂に入ればいいのよ」
「おい、その理屈はおかしいだろ! 俺と一緒に入ったら覗くとか覗かないとか、そういう状況を超えるだろ。おまえバカなのか?」
「あんたが目の前にいれば、今、どこを見ているのかが、あたしの方からもわかるからね」
「俺を見張る気か」
「そういう事」
「……うーん?」
エドガーの側からは断る理由はないのだが、迂闊に承諾してしまうと、後で困ったことになりそうな気がした。マイリアに即バレするとか。
「なあ、やっぱりやめにしないか」
「だったら、勝手にすれば? あたしが一人で入るから」
「ちょっと待て。俺だって汗かいてるんだから」
「なら、一緒に入るって事でいいわね?」
「おう、望む所だ」
エドガーはそう言ってしまってから、首を傾げる。
「あれ? 何か途中からおかしくなかったか?」
「そうかしら? そんな事より、案内してよ。あたし、早く汗を流したいんだから」
ガーフはそ知らぬ顔で言ってのける。
「お、おう」
二人は階段を上がって一階に行く。
脱衣所はそれほど広くない。
ガーフはもの珍しそうに辺りを見回す。
「あたし、どこで服を脱げばいいわけ?」
エドガーは、棚に入っているバスタオルを取り出しながら、壁際にまとめられているカーテンを指差す。
「そこの後ろでいいだろ? あと、このバスタオルを体に巻いとけよ」
「タオル濡らしちゃっていいの?」
「俺は気にしないし、まだ何枚も置いてあるから」
「なら、そうさせてもらうわ」
ガーフはカーテンを引いて、バスタオルを持ってその向こうに消える。
ごそごそと衣擦れの音。見えないが、想像はしてしまう。
エドガーは、やっぱりこれまずいんじゃないかと思い出したが、今更言い出すのも格好がつかない。
「はぁ」
覚悟を決めてしまう事にして、服を脱ぎ捨て、腰にタオルを巻く。
「もういいか?」
「ん? ちょっとまって」
少し慌てるような気配の後に、ガーフはカーテンの向こうから出てきた。
「……ん?」
なんだか、ガーフの様子がいつもと違って見える。普段の服装と比べても、肌の露出率はあまり変わっていないはずなのだが。
強いて言うなら、下着を脱いでいるぐらいだが、もちろんタオルに隠れているから見えない。エドガーがそれを意識してしまって違う風に見えているのか。
あるいは、少し寒そうに足をすり合わせている様子が原因か。
「どうしたの?」
ガーフに言われて、エドガーは咳払いする。
「なんでもない。ほら、扉は向こうだぞ」
エドガーが指差すと、ガーフはそちらに行く。
その後ろ姿を見てようやく気付いた。
「あっ」
「何よ?」
「髪、下ろしたのか」
「そりゃあ、お風呂に入るんだから。当たり前でしょう」
ガーフは、急に何を言ってんの? と振り返る。
「ん。ああ……いや。なんでもない」
浴室の扉を開けると、湯気が漂ってくる。
「ふーん。けっこういい感じね」
ガーフは満足げに頷く。
エドガーは端の方にあった椅子を足で蹴ってガーフの方におしやる。
「ん? これに座ればいいの?」
ガーフが座った所で、エドガーは洗面器にお湯を汲んで、
「そりゃっ」
ガーフの背中にぶちまけた。
「熱っ……ちょっと! 急に何するのよ!」
ガーフは恥ずかしそうに、いそいそとタオルを直す。
「ごめん、悪気はなかった」
「子どもみたいな事しないで欲しいわね。……スポンジか何かある?」
ガーフにスポンジと石鹸を渡す。
エドガーとガーフは、それぞれ反対側の壁際で、壁の方を向きながら自分の体を洗う。
「そういえばさ、俺も聞きたい事があったんだ」
「何よ?」
「んー、なんて言ったらいいのか」
「早く言いなさいよ。歯切れが悪いわね」
「いや、やっぱりいい。大した話じゃないんだ……」
エドガーが打ち切ろうとすると、ざばあ、とお湯を流す音。
「話なら、いくらでも聞くわよ。夜は長いからね」
お湯に浸かる。
浴槽は、二人で入ってもギリギリでお互いの体に触らないぐらいの広さがあった。
体の芯から温まってくる。
「それで、聞きたい事って何よ」
「……大した事じゃないんだが。俺に対する態度の問題だ」
「態度? あたし、そんなに態度……悪かったかも? うーん? ごめん、悪かったわね」
ガーフは、意外にもあっさり認める。
「いや、俺も気にしてないよ。ただ、俺の事が嫌いなのかと思って言い出しづらかった」
「そんなわけないでしょ!」
そこだけは慌てて否定してから、ガーフは目を逸らす。
「ただ、なんて言うか……初対面があれだったし、今更になって態度を変えるのもおかしいかと思って……」
「そう言えばそうだったな」
「あとね、あんたは戦闘員なんだから。戦いの最中に指示を出す時、一々敬語なんか使ってられないでしょうに」
「それも、そうだな……」
エドガーは納得しかけたが、むしろガーフが話を続ける。
「それとも何? 明日からは敬語で堅苦しく話しかけて欲しいって言うの?」
「いや。俺はそういう事を言いたいのではなくて……」
ガーフはあごの下に手をあてる。
「あらエドガー様、ご機嫌はいかがですか? 今日の天気は気のめいりそうな雷雨ですわよ? 穴の開いた傘と穴の開いたコート、どちらをお使いになります?」
「レベルの低いケンカを売るのはやめろ! あと、それでマイリアの真似のつもりだったなら全然似てないからな!」
「うるさいわね。あたしは、あんな可愛いキャラにはなれないわよ」
ばしゃりとお湯を掛けてくる。
「だからそういうのやめろって」
「ほらほら」
「わぷっ……おまえ、このぉっ」
「うひゃぁ」
結局、レベルの低いケンカを買ってしまった。
狭い浴槽の中でひとしきり騒いだ後で、エドガーとガーフは浴槽の端に身を寄せ合うようにして、湯に使っていた。
二人の背後には、覗き窓があるのだが、なぜかこのあたりが一番快適らしいと気付いたのだ。
ガーフは、天井を見上げて呟く。
「ここに来てから、いろいろ考え方が変わった気がするわ」
「例えば?」
「貴族って、もっと一般人を見下していると思ってたんだけど、何かかしら?」
「そんな事はないぞ。まあ、時々、おかしい奴もいるかも知れないが」
何人か、ダメな方に吹っ切れている知り合いもいるので、断言できないエドガーだった。
「大体の人は、あなたみたいな考え方をしてるってわけ?」
「そりゃそうだ。考えても見ろよ。自分の手足を粗末に扱うやつがいるか?」
とたん、ガーフは嫌そうな顔になる。
「手足? あんた達は領民を自分の手足だと思っているわけ?」
「語弊はあるけど、大体そうだが?」
「……やめなさいよ。冗談でもそういう事を言うのは。なんか人を粗末に扱ってるみたいで嫌だわ」
「意味がわからないぞ。手足って、自分の体の一部だろ? まさかおまえは、自分の手足を意味もなく傷つけたり、怪我をしても治療もせずに放っておくのか?」
「それは……」
ガーフは自分の両手を見つめる。
「それもそうか。手足……。自分の体の一部か」
ガーフは、つい、と腕を前に伸ばす。
美しい曲線を描く二の腕を見て、エドガーは頬を赤らめた。ガーフも直ぐに気づく。
「あんた、何赤くなってんの?」
「なってない」
「いいえ。何か良からぬ事を考えている顔だわ。そういう人は何人も見てきたからわかる」
ガーフは、すすすと離れていく。からかうようなニュアンスだったが、それはそれで嫌だ。
「おい、ちょっと待てって……おまえが想像しているような」
「先に上がらせてもらうわ、あなたに襲われないうちにね」
そう言って、ガーフは立ち上がる。だが、ガーフの体を覆っていたバスタオルは湯を吸って重くなって、浴槽の中に残った。
「あ……」
当然、立ち上がったガーフの体を覆うものは何もない。
逆光で影になっているものの、今まで服や布で隠れて見えなかった体の凹凸が、完全に見えてしまう。
「……」
「……」
ガーフの体についた湯が玉になって流れた。
止まっていた時が動き出す。
「おおう……」
エドガーはよくわからない声を上げた。
火のように真っ赤になった顔を両手で覆ってそっぽを向く。
「あっ、あ……」
ガーフはもはや言葉も出てこないような状態で、全身を抱きしめながらお湯の中に鼻まで潜った。
じゃばじゃばと水音。
「も、もういいわよ……」
エドガーが顔を戻した時には、ガーフは体にバスタオルを巻きなおしていた。
「……」
「何よ。何か言いなさいよ」
半分泣きそうな顔で、ガーフが言う。エドガーは苦笑した。
「そんな顔するなよ。大した物じゃないだろう」
「余計にひどいわよ!」
「じゃあ、なんて言えばいいんだ」
「自分で考えなさいよ!」
エドガーはガーフの裸に相応しい言葉を考え、体育座りのように足を組みなおした。
と、ガーフは近づいて来る。エドガーは警戒しながら、問う。
「なんだよ……」
「ふーん? あたしの体を見て大した物じゃないって言うわりには……隠すんだ……」
ガーフは、怪しい視線を投げかけてくる。
「ど、どこ見て言ってるんだ?」
「男って、興奮すると体の反応として出るのよね。してないって言うなら、隠さず見せてみなさいよ……ほら!」
ガーフはエドガーの膝を掴んで引っ張る。
「おい! やめろぉ!」
五分間に渡る不毛な争いの後で、ようやく二人は風呂から上がった。
「あー、いい汗かいたな」
「そうね……」
脱衣所に戻って、棚から濡れていないバスタオルとガウンを二人分、取り出す。
「体拭いたらこれに着替えろよ」
「んー? ああ、汗だらけの服を着たら、体を洗った意味がないからか」
ガウンを受け取ったガーフはカーテンを閉じる。
「あと、濡らしたほうのバスタオル、こっちにくれ」
「変な事に使わないでよ」
「……絞るだけだ」
カーテンの隙間が細く開いて、そこから腕が伸びてきた。エドガーはバスタオルだけ受け取ると、浴室に戻って絞る。バチャバチャと出てくる水。このまま脱衣所に置いていたら、あたり一面水浸しになっていただろう。
脱衣場に戻って自分の体を拭いてから、ガウンを羽織った。
使ったタオルは洗濯用のカゴに入れてから、カーテンの方を見る。
こちらの音が消えたのに気付いたか、向こうからも反応がある。
「もう着替え終わった?」
「ん? ああ。そっちは?」
「終わった、今は髪を乾かしてる所」
言いながら、ガーフがカーテンを開けて出てくる。頭にバスタオルを巻きつけてターバンのようにしていた。
渡したガウンは、サイズが少し小さいかったのか、膝の辺りまでしか布がない。さっきのバスタオルよりはマシだが、それでも下着を着けていない状態で歩き回る事を思うと、ひやひやするだ。
そんなエドガーの心に気付くわけもなく、ガーフに聞かれる。
「これからどうする?」
「俺は部屋に戻る……もしよかったら、おまえも来るか?」
「そうね。ご一緒させてもらうわ」
お互いに、着ていた物を持って廊下を歩き、とりあえず厨房に顔を出してから、階段を上って三階にあるエドガーの部屋に入る。
エドガーの部屋には、これと言った物はない。
書き物机。テーブルと椅子。多少の収納とベッド。それだけだ。
ガーフは、書き物机の上に積んである資料を眺める。
「ほとんどレイルヘッド関連ね」
「まあな」
「……なかなかの物だわ」
部屋の扉がノックされて、メイド(ただし老婆)が入ってきた。手にはお盆を持っていて、そこには紅茶の入ったポッドと二つのカップが乗せられている。
さっき、厨房に寄った時に頼んでおいたのだ。メイドはそれをテーブルに置く。
「では、私もそろそろ休ませてもらいますので」
「ああ」
メイドが下がってから、エドガーはカップに紅茶を注いだ。
エドガーとガーフは、椅子に座って紅茶を飲む。
カップから上がる湯気、夜風にガタガタと揺れる窓。
穏やかな時間だった。
エドガーがガーフの顔を見ると、ガーフは何よ、と見返してくる。
「なあ」
「……うん」
「おまえはさ、さっき俺がレイルヘッドに乗る理由を聞いてきたよな」
「そうね」
「だったら、おまえの方も話すべきなんじゃないか? おまえはどうして選抜戦略士なんかになったんだ?」
ガーフは、無言で紅茶を一口飲んだ。それからカップを置く。
「大した理由じゃないわ。……これは、お金のためよ」
「本当か?」
「本当よ。……あたしは、あなたと違って遊んで暮らしてるってわけには行かないからね。資格とか、いろいろ必要なのよ」
「俺だって別に遊んで暮らしてるわけじゃないが……」
「そうね。貴族には、貴族のやるべき事があるんでしょうね。同じように、あたしにもあたしのやるべき事がある。それだけよ」
ガーフは言い切る。だが、その通りだろうか?
「いや。でも金のためって言うのは、嘘だろ」
「嘘じゃないわよ。生きていくにはお金が必要でしょう」
「いや、そうだけどさ……なんていうかな。生活費さえ稼げればいいのなら、もっと楽で簡単な仕事だってあるだろ?」
「……」
「だけどおまえは、いろいろ勉強して、あえて狭き門をくぐった。そうするだけの理由が、あるんじゃないのか? 俺が知りたいのは、それなんだ」
エドガーの言葉にガーフは、お互いの距離を確かめるような視線を送ってくる。
「あたしの話、そんなに聞きたいわけ?」
「まあな。さっきは俺だって恥ずかしい話をさせられたんだから、おまえも同じぐらいそうしないと不公平だろ」
すると、ガーフは顔を赤らめて己の体を抱きしめる。
「恥ずかしい思いだったら……あなた、さっきあたしの裸を……」
「ストップ! それはおまえの不注意が招いた事故だ。ノーカウント」
「ちっ……」
ガーフは露骨に舌打ちした後、頷く。
「何も言わないって約束する」
「秘密を守れってか? 口なら硬いぞ」
「それもあるけど。余計な感想を言ったりしないし、二度と話題にもしないで欲しいって事」
二人の間で視線のやりとり。エドガーは頷く。
「……わかった」
ガーフは窓の外に目を向ける。
「じゃあ話すけど。そうね。あたしの場合は、あなたと同じ……。いいえ、その逆ね」
「逆って?」
「あなたは、ヒーローになりたいからレイルヘッドに乗ったと言ったわね? でもあたしは違う。その逆。……悪人になりたかった」
よく意味がわからない。
「悪人? どうしてだ?」
「少し長くなるけど。あたしの家族は、ごく普通の平民だったわ。父は、首都の片隅でパン屋を営んでいた。贅沢が出来るほど豊かではないけれど、食べる物に困るほど貧しくもなく。普通の暮らしをしていたの」
「へぇ」
「私には年の離れた姉がいたのよ。とても綺麗な人だった。けれど、それが災いの始まりだった」
「災い?」
「そんな珍しい話じゃないわ。姉がパン屋の前に立っていたら、そこをある貴族の男が通りかかったの。そして姉に一目ぼれした。その男は、姉に向かって、自分の家で召使いとして雇われないかと誘ってきたのよ」
「……」
召使い、と言うと、単に働くだけにも聞こえるが、一目ぼれというならば、要するに……性的な仕事をさせるつもりがあったという事だろう。
「けれど、姉には結婚を約束した相手がいた。だからその提案を断った。あ、ちなみにその貴族の方は十年以上前に結婚していて、奥さんもまだ元気よ」
「わかったから。それでどうなったんだよ」
「貴族は大層、機嫌を損ねたみたいね。そのあと、不自然な不幸が続いて、父のパン屋はは潰れ、後には大きな額の借金が残ったわ」
「家族はどうなった?」
「死んではいないと思いたいけれど……どうなったかは、わからないわ」
「それは……」
エドガーは同情の言葉を口にしようとしたが飲み込んだ。それはするなと最初に言われたのだった。
「それで、あたしはその貴族の目から逃れるために、遠くの親戚を転々としたあと、あの学校に入ったのよ。……選抜戦略士。これは戦場で命令を出せる。場合によっては、貴族よりも発言権が大きくなる」
「平民が貴族より偉くなれる、数少ない手段、というわけか」
「そういう事。平たく言えば、復讐のため……もし運があうなら、あの貴族を『判断ミス』で戦死させたい……なんてね」
ガーフは、くすりと笑う。どこまで冗談なのかわからない。
「おまえは、貴族はみんな、悪人だと思うか?」
「知らないわ。でも……少なくとも、あなた達は、いい人みたいね。……あなたと会えて、本当によかったと思っているわ」
そう言うと、ガーフはカップに残った紅茶を飲み干した。
そして椅子を立つ。
「あれ? 帰っちゃうのか?」
エドガーが聞くと、ガーフは当たり前のように頷く。
「だってこの部屋で寝るわけにはいかないでしょう?」
「そうか。俺は気にしないぞ」
「あっそう? それならお言葉に甘えて……って、待ちなさいよ!」
遅れて意味を理解したのか。ガーフの顔が今日一番の赤に染まる。
「あ、あんた……まさか。そんなつもりであたしを……」
「いや。待て。ちょっと待て! 流れ的にはおまえの方が言い出しかねなかった空気だろ! 俺一人のせいにするなよ!」
慌てて弁解するエドガー。
ガーフは両手で顔をかくしたまま、ため息をついた。
「あのね。あなた、調子に乗りすぎよ」
「あ、ああ。ごめん、悪気はなかった」
そしてガーフは出て行く。扉の所で振り返った。
「おやすみ、また明日ね」
「ああ。おやすみ」




