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10 月夜の星空


 雲もなく、月が綺麗な夜だった。

 ガーフは作業着のような長袖長ズボンの服に着替えて、庭で体操をしていた。

「ふっ、ふっ、ふっ……」

 柔軟、腕立て伏せ、腹筋、スクワット……。

 レイルヘッドに乗るには体力が必要だ。

 戦闘中に動くのはレイルヘッドの力であって本人の筋肉は関係ない。だが、激しい戦闘になればコクピットも振り回される。

 体に掛かる負担はいろいろある。だが動けば動くほど疲労が溜まるのは同じだ。何の訓練も受けていない人が乗ると、気絶したり、酔って吐いてしまう事もある。

「特に、あいつの操縦は乱暴だからね」

 ガーフは、エドガーの操縦を思い出す。やたらとブレードでの攻撃とステップやジャンプを多用した回避に拘るあの戦い方では、コクピットも揺さぶられてしまう。

 付き合わされるガーフの身にもなって欲しい物だ。

 ただでさえ、ふがいないにイクシオン部隊。恐らく彼らには期待できない。このままだと、この町にいる間はエドガーの操縦するアーカードの後部座席に乗り続けることになりそうだ。

 体は鍛えておかねばなるまい。


 少し汗ばむぐらいまで、運動した所で切り上げる事にする。

 寝る前にシャワーでも浴びようかと思う。

 歩いていると、屋敷の角の向こう側から誰かの声が聞こえた気がした。

「誰かいるのかしら?」

 そっと、顔を出して覗いてみる。

 そこではエドガーが刀を振り回していた。上半身裸で。

「なっ?」

 ガーフはあまりの事に、驚いて声を上げてしまう。だが、集中しているのか気付かない。

「とぅっ!」

 右手だけで持った木刀をまっすぐ横に振る。乱れのない直線を描く剣筋。

「せやっ!」

 さらに木刀は振り切られたところで折り返し、体側に引き寄せられる。そこから放たれる一直線の突き。

「やぁっ!」

 そして切り上げ。その剣筋は美しく力強い。

 そんな動作を延々と続けているエドガーの全身は汗だくだった。もしかすると、ガーフが体操を始めるよりも前から続けていたのかもしれない。


 五分ほどしてから、エドガーはようやくガーフの方に気付いた。

「なにやってんだおまえ……」

「いえ、何でも……」

 ついつい見とれていたなどとは口が避けても言えず、ガーフは目を逸らす。

「見物かよ。そんな珍しかったか?」

「ん? ……珍しいって。そりゃ珍しいでしょう。ブレード使いなんて、最近、めったに見ないわよ。レイルヘッドでも、生身でもね」

「そうか……」

 残念そうな顔になるエドガーを見て、ガーフは慌てて付け加える。

「あ、私の友達に一人いたかな……女の子だけど」

「へぇ、わかってる奴もいるもんだな……女?」

「そうよ。私より年上だけど」

 エドガーは複雑な顔をしていたが、る。

「俺とそいつ、どっちが強いと思う?」

「男と女が腕力で張り合うようになったら世紀末よ」

 たぶんその友達の方が強いけどね、と思いながらガーフは言う。

「まあ、中央にもそういう奴がいるなら、まだブレードの未来もあるだろうな」

「……だといいけど」


 エドガーは鍛錬を切り上げる気になったのか、脇においておいた上着を拾い上げて羽織る。

 近くにあった長椅子に腰掛けると、ガーフも隣に座った。

「静かね」

「そうだな」

 さわやかな風が通り過ぎる。

「せっかくだから、昼間の戦いについて意見を聞きたいんだが」

「選抜戦略士としての意見を?」

「ああ。……ローダスの指揮だけど、あれはどう思う?」

 ガーフは少し考えるような間をおいて答える。

「別に。普通だったと思うけど?」

「普通?」

 エドガーには納得しがたい評価だ。

「アニラーゼ部隊にはかなりの被害が出てたみたいだが。あんなもんなのか?」

「確かに被害は大きかったけれど……あれは相手が悪かったのよ」

「相手がね? ……実はそれなんだが、俺、モーサハビットと戦った事ないんだよ」

 エドガーが言うと、ガーフはそこからか、と言いたげな顔になる。

「モーサハビットは厄介な魔獣よ。体が大きいし、脳や心臓のようなわかりやすい弱点もない。インパクト・レセプティブ・フィールドを展開して身を守れるからガトリングも効かない。攻撃もかなり強力。いざとなれば、分裂して攻撃してくる。かなりひどい相手よ」

「……弱点がない、か」

 大型で弱点がない敵は、確かに扱いづらい。倒すためには高火力の武器で全身を破壊していくしかない。

「強いて言うなら、部隊の練度が低かったのが残念ね。あと前に出すぎてた。あたしが指揮を取るなら、もう少し離れて射程外から撃つようにさせるわ。全身が川から出てくる事はまずないんだから、安全な距離を保てるはずよ」

「なんでローダスはそうしなかったんだ?」

「それは本人に聞いてみないと。……あたしが前進を命じるとしたら、隊員の命中率の問題とかかしらね」

「命中率?」

「射撃の腕が悪いなら、近寄った方が当たりやすくなるから。リスクは覚悟でそうする場合もありえるわ。もしそうだとしたら、あれは部下の能力を考慮に入れた上での模範解答かもしれないわね」

「あれで模範解答? 殆ど壊滅状態に陥っているのにか?」

「そう言う物なのよ」

「……そんなにヤバイ魔獣には見えなかったぞ?」

 エドガーの目には、大きいだけの、動きが遅いザコに見えていた。

 するとガーフは疑わしそうに言う。

「あんたなら、もっとスマートに勝てるわけ?」

「そうだな……。まず、あの攻撃は全部避けれるだろ」

「えっ?」

 さすがにガーフもそれには同意できない。

「アニラーゼの機動力では、無理じゃないかしら?」

「ああ、そっち? 俺ならアーカードで出撃するよ? それ以外はありえない」

「……」

「俺からすれば、動きの遅いアニラーゼなんかで出撃するのがそもそもの間違いだ。あれに乗ってたら俺だって避けられないよ。なんであんなの採用してるんだあいつら……」

「戦列陣形を使った戦術に対応させるためには、あれが一番いいのよ。あたしの行ってた学校でも何度も討論したけど、そういう結論に達したわ」

「戦列陣形って何だよ」

「一列に並んで銃器を使用するような陣形の事よ。昼間、ローダスがアニラーゼ部隊にやらせてたみたいにね」

「はっ。そんなもん、戦車でも出しときゃいいんだ。わざわざ人型兵器に乗ってるのに銃を撃つだけなんて、バカみたいじゃないか」

「……それは。確かに、そういう意見もあるわね」

「ホラ見ろ」

「まあいいけど。で? モーサハビットの攻撃は全部避けて? どうするの?」

「接近戦なら、お互いのインパクト・レセプティブ・フィールドで打ち消しあうからな。あとはブレードで切り刻むだけだ」

 エドガーならできるだろうか、とガーフは考え、直ぐに否定する。

「無理ね」

「そうか?」

「あなたは簡単に考えているみたいだけれど、相手は常に川の中から出てこないのよ? 接近戦を仕掛けるなら、自分から川に入らないとならないわね」

「……それは、まあ」

「水の中ではすばやく動けないわよ? 流れに押されるし、川の底には泥が溜まっているだろうし……。あたしならそんな作戦はやらないわね」

「それだよ。深い川の中に入っても、回避が可能かどうか。今度、練習してみた方がいいかな……」

「やめときなさい。整備のクイッゴさんに怒られるわよ」

 エドガーは色々考えてみたが、諸問題を解決できそうになかった。ただ、力づくでごり押しすれば、どうにでもなりそうにも思える。

 それだと、ローダスを笑えないが。

「結局、どっちにしてもモーサハビットはレイルヘッドの天敵って事か」

「そうね。ビーム兵器を実用化できれば、話は変わってくるかもしれないけど」

「そんな物、作れるのか?」

「どこかで研究していると言う話はあるけど、まだ当分先でしょうね」

 二人は黙って空を見上げる。

 月がきれいだった。

 ガーフが思い出したように聞く。

「そう言えば。あんたどうしてレイルヘッドに乗ってるの? しかも、やたらとブレードに拘ってるし」

「アーカードが俺の物だからだ」

 エドガーが簡潔に答えると、ガーフは首を振った。

「そういう事じゃなくて……」

「そこにアーカードがあったから、としか言えないな」

「嘘ね」

 ガーフは即座に否定する。

「昔からあの状態であったってわけじゃないでしょ? あたしの見立てが正しければ、使われているパーツの殆どは最新の物よね? あなたが買わせてるはずよ。維持や整備にかかる費用だって安くはない。既にレイルヘッド一機分以上のお金を使っているはず。理由なくできることじゃないわ」

「それは、大した理由なんかない。……なんでそんな事を聞きたがるんだよ」

「あたしにはわからないからよ」

 ガーフは言う。

「あたしは、レイルヘッドを操縦した事がないから。もし、レイルヘッドに人をそこまで動かす理由があるなら、ぜひ知りたい」

「……」

 エドガーは思う。ガーフは、もっと高層な答えを期待しているのだろうと。使命感とか、ノブレスオブリージュとか。

 だが、そんな物はエドガーにはない。

「ヒーローになりたかった、からだ」

 エドガーはぽつりと言う。

「ヒーロー?」

「つまりさ。魔獣が町を狙ってやってくる。それを倒す。そういうの、カッコいいだろ?」

「まあ、カッコ悪くはないけど」

「俺は、昔からそういうのにあこがれてたんだよ。で。実際、そうできるだけの環境が、俺の周りでは整ってた。だからやってみたら、予想外に上手く行った。それだけだ」

「上手く行ったってどういう事よ?」

「いや……例えばさ、最近もヘルミータを倒して遺骸を改修したんだよ。あれを解体して上手く売却すれば、その金額の三割ぐらいにはなる。そこまでの大物に会う事は滅多にないけど、収支はマイナスとは言いきれないからな」

 そして公共施設や領民も守れる。勝ち続ける実力さえあれば、総合ではプラスの面が大きいはずだ。

「なるほどね。貴族の視点から見ると、そういうもんなんだ」

「あくまで貴族のお遊びだからな。軍の考え方とは違うと思うが」

 エドガーが言うと、ガーフは同意する。

「しかしねぇ。ヒーロー……。男の子って、ああいうのがカッコいいと思うわけ?」

「まあな。……バカみたいだろ?」

「そうね。でも、その夢は十分達成できてると思うけどね」

「ん?」

 ガーフは何か続きを言いかけたところで、大きなくしゃみをした。

「はっくしゅ!」

 エドガーは笑う。

「おいおい」

「……なんか風が寒くなってきたわね」

「夜だしな。中に入るか」

「そうね。あなたも、さっき汗をかいてたし」

「おまえもだろ」

 見ていたわけではないが、エドガーがそう言うと、ガーフは頬を染めた。

「わかる?」

「まあな」


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