挿話 双剣に込められた想い
『盗賊ノアと魔神バルバトスの物語』の挿話です。
「八章 破天荒! ファルの少女ミャオ」
までの内容が含まれている挿話となりますので、
先にそちらの方まで進んでから読まれることをお勧めします。
闇の中を駆け抜ける。木々の間を飛び跳ね、敵を追い続ける。
我らファルにとって、夜の闇は障害には成り得ない…。むしろ、身を隠す帳となって我らを守ってくれる。闇は私の最大の戦友だ。
「アルダーク! 上の小うるさいハエどもをなんとかせい!」
「…承知」
数匹のリザードマンを相手どって、下で大斧を振り回しているオルガノッソが叫ぶ。
それを狙う為に旋回しているハピーども。人面を持つ怪鳥に向かって私は飛んだ。
「ピィー!?」
ハピーどもが、空を舞う私の姿を見つけて驚く。
それはそうだろう。上空は自分たちの専売特許だと思っているような輩だ。ファルが空を飛ぶとは思いもしないことだろう。
「…遅い」
私は逆手に構えた双剣を閃かせる!
翼の根を斬りつけ、ハピーの頭を踏み台に飛び上がり、次から次へと始末していく。
「…フフン。準備できたよ。さ、死にたくなければ離れたほうがいいよ」
ビシュエルの声がした。
私は地面に着地すると、オルガノッソと顔を見合わせて頷き合い、一目散にその場を離脱する。
「『鬼子畏れる久遠の業火。煉獄より来たりたもう憤怒の炎王。灼熱の濁流と為す息吹が逆巻き荒れ狂う。穢れし此方の大地を、汝が災厄の爆炎にて塵芥と化させ給え…エクスプロード!!!』」
木々もろとも、ビシュエルの放った魔法が全てを灼熱に呑み込んだ。魔物共は一瞬にして蒸発して消え、私たちは間一髪その魔法を避ける。
「…あれ。生きていたんだ」
クスクスと笑いながら、ビシュエルが片眉を上げて言う。オルガノッソは腕を組んでブフーッと大きく鼻息を吹き出した。
「俺様たちも焼き殺すつもりか!? 少しは加減せい。もしくは、味方を巻き込まぬよう制限をかけんか!」
「フフン。制限なんてかけたら美しくないじゃないか。私は常に最大に美しい芸術的な魔法を使う。君たちが巻き込まれないよう気を付ければいいだけのことさ」
事も無げと言わんばかりに、メガネをカチャリと上げて言うメリンの男。
軽薄で自己中心的なのはいつものことで、私もオルガノッソも呆れた顔をする。
だがビシュエルの実力はずば抜けている。我々にとっては貴重な戦力だ。だから、オルガノッソもそれ以上のことは言えない。今必要なのは魔物と戦える力だ。性格に難があっても、目をつぶらねばならない。
「…もういい。とりあえず、ここの魔物はあらかた掃討した。ミルミ城に報告に戻るぞ」
私は怒り心頭といった顔つきのオルガノッソにそう言う。
「…ウム。そうだな」
オルガノッソの目はまだビシュエルを見ていたが、首を横に振って歩き出した。それを見て、ビシュエルはフンと肩をすくめる。
まったく。実に折り合いの悪いパーティだ…。
狂気の魔神バルバトスがこの世界に突如として現れ、全ての人々を恐怖へと陥れてからおよそ半年…。
魔神は多くの魔物を従え、ランドレークのみならず、メリンの領土をも荒し、すでに村3つと町2つが落とされている。
いずれも手練れの魔法使いがいたにも関わらず、抵抗も虚しく破れたと聞く。
そして、メリンの要であるミルミ城まで危機が及ぶと考えたメリン王は、レムジンに救援を要請したのだった。
私、アルダークとオルガノッソも、ファルから優秀な戦士として派遣されたわけだ。
そして、メリンの側では宮廷魔術士の中で最大の実力者であったビシュエルが仲間となった。
ファルとメリンの種族間は良好であったが、このビシュエルという男は特に協調性に欠けていた。顕示欲が強く、実に自己本位なのだ。
戦士と魔法使いが共闘する場合は連携が何よりも重要だ。またファルにはファルの戦い方というものがあるのだが、この男は“自分がいかに完璧に魔法を使って敵を倒す”かしか考えていない。
そのため、戦いになると私とオルガノッソが敵の注意を引き、その間に強大な魔法を詠唱したビシュエルが止めを刺す…そういう単調な戦法を余儀なくされていた。
補助魔法の類をまったく使わないビシュエルと連携するにはそれ以外の選択肢がなかったのだ。
メリン王の従者に報告を終えた私たちは、いつものように城下町にある宿場に来ていた。
それは建国と同じぐらいからある老舗だ。2階部分が宿となっており、1階は料理屋となっている。
メリンたちが好む昔ながらのメルシー料理を味わえ、メルシーの乳を原料に作った乳酒や、ルロンの実を濾して作った果実酒なども目玉だ。
旅人だけではなく、地元の人たちもそんな料理を目当てにやって来るので、夕方となればそこそこ席が埋っている。
「はーい。お待ちどうさまー!」
私たちのテーブルに、メルシーの香草焼きがドンと置かれる。
そして、私の目の前にはルロン酒。
オルガノッソには乳酒が大ジョッキで。
ビシュエルはニンジンのジュースがワイングラスに入って出される。
「…飲み物は頼んでなかったはずだが」
私が問うと、料理を持ってきてくれたこの宿の看板娘、シーラがウインクしてみせた。
「いいから気にしないで」
優しく耳元に声をかけられる。それだけで戦いでささくれだっていた私の心が癒やされる気がした。
美人ぞろいのメリンだが、シーラはその中でも格別に美しかった。そしてただ美しいだけでなく、誰にでも笑いかける親しみやすさが彼女の何よりもの魅力を引き立たせている。
「私からのサービスだから♪」
オルガノッソは「おお」と嬉しそうに頷き、ビシュエルはそれを見て肩をすくめる仕草をした。
「…本当にいいのか?」
シーラは白く長い耳をピクピクと動かして笑った。つややかなピンクの髪からは、とても甘く柔らかい匂いがして私の鼻をくすぐる。
「いいの。皆さん、このメリンのために必死に戦ってくれているんだから。少しはサービスしないとね」
「おーい! シーラ!! 8番テーブルさん、オーダー待ちだぞ!」
「あ。はーい! 行きまーす!」
軽く舌を出してシーラは行ってしまう。私は名残惜しさを感じつつ、口に酒を流し込んだ。
「良い娘だのぉ! アルダークよ」
酒を一気のみして、ブハーッと息を吐いたオルガノッソがそう言う。私は相づちだけ打つ。
吐き出された息はかなり臭いがキツイので、ビシュエルは不機嫌そうに鼻を袖で覆った。メルシーの乳はメリンの嗅覚ではあまり感じないそうだが、潔癖性のヤツの鼻はそれすら感じとれるほど鋭敏らしい。
「告白はせんのか?」
大きな1枚肉を頬ばりながら、オルガノッソはそんなことを続けた。私は思わずその顔をジロッとにらんでしまう。
「やれやれ。俺様らはいつ死ぬとも限らん身の上だ。後悔せんうちにしといたほうがいいぞ」
「フフン。私は死なないけれどね」
ビシュエルが唇の端をつり上げた。
「…別に、私は」
そう言いながら、私はシーラの動きを目で追っていた。別の席で世間話をしながら笑っているシーラ。そんな姿を見ているだけで満たされた気持ちになる。
「…彼女はメリンだ」
私がそう言って酒をもう一口あおるのに、ビシュエルはハンカチで口をぬぐいながら目を細める。
「メリンとファルの異種婚に反対する者は少数だと思うけれどねぇ。エテ公のような下等種が相手なら話は別だけれども」
面白い見せ物だと言わんばかりに笑うビシュエルに、私は苦々しいものを感じる。
「…ま、せめて想いだけでも届けておいたほうが良い」
「からかうな」とオルガノッソはビシュエルに向かって手を払う。
「…ああ」
私は気のない返事をして、席を立つ。
私はシーラに惚れていた…。
最初、このメリンに立ち入ってまず出迎えてくれたのがこのシーラだった。会った瞬間に身体に電流が走ったような気がした。いわゆる一目惚れというやつなんだろう。
いくらファルとメリンが友好関係にあるとはいえ、私は戦士だ。武装したファルを見れば、誰もが恐怖や不安に顔をこわばらせるものだ。
だが、シーラだけは違った。心の底からの笑顔で、「遠くから、私たちのためにありがとうございます」と言ってくれたのだ。それは数年に及ぶ戦士としての生活の中で初めての経験だった。
これが惚れた動機なのだと言えば単純なのかもしれないが…それでも、私の心は奪われてしまった。
私がこのメリンを心から守ろうと思う理由。それはシーラのためにと言っても過言ではない。
だが、私はファル。彼女はメリン。種族の差が、私に迷いを生じさせていた。
ビシュエルの言った通り、ファルとメリンの交際や婚姻が禁止されていることはない。種族間は良好であるし、時にはその両者が一緒になることもある。
だが、難点が1つあった。ファルとメリンの間では子を作ることが極めて難しいのだ。
私はそれで構わぬと考えたとして、シーラはどうであろうか。母性本能の強い女性が多いのがメリンの特徴だ。子を成し、育てることこそ生き甲斐に感じている女は多い。
シーラに直接尋ねたことはないにしても、女としての幸せとして、やがて子を生み育てたいと考えているのではないだろうか。それを思ったとき、彼女に対する自分の想いが足かせとなるのではないかという不安がよぎるのだ。
彼女と両思いになれたとして、そのことで彼女を不幸にさせるのは私にとって不本意なことだ…。
いつもの如く、私は空を駆け、地をぬうように走る。双剣が閃くと同時にメルシーの首が飛ぶ!
「『連なる霜。我が言霊に従い、立ち塞がる凍てつきし飛礫となれ…ブリザード!!』」
印を結びながら魔法石を砕き、群れるスケルトンマンどもを一瞬にして氷漬けにさせる。
「…フフン。相変わらずの奇術だね」
魔法の神髄を得ているビシュエルからすれば、私の戦法は邪道に見えることだろう。そんな小馬鹿にした声に、私はわずかに目を細める。
「どんな方法であろうと、敵を仕止められるならば良いわい。アルダークは魔法石だけに頼っているわけではないしな」
オルガノッソが魔神の使いの頭を握りつぶして言った。ビシュエルはわざとらしく首をすくめてみせる。
「…ここら辺の敵もあらかた倒したが。魔神バルバトスが近いのか、それなりに手強くなってきている」
「ううむ。確かに一筋縄ではいかん魔物ばかりだ」
そういうオルガノッソの身体もかなりの傷を負っている。今まではほとんどダメージを受けることが無く倒せていたはずだ。明らかに敵が強くなっているのだと解る。
「…魔神が近いならば、それなりに準備しなければ。そろそろ町に戻ろう」
私の提案に、ビシュエルが眉を寄せる。
「もう? 私の魔法力はまだまだあるよ」
「魔法だけで戦をしておるわけではあるまい。回復魔法を使える者がいるわけでもない。薬草などは補充せねばな」
オルガノッソがそう言うのに、ビシュエルは心の底から嫌そうな顔をする。“怪我をする前に、私の魔法で倒せばいいじゃん”と言いたそうな顔だった。だが、それを言わないのは、自身もある程度は怪我をしているからだろう。いくら魔法が強くとも、ビシュエルの防御力は我々よりは劣るのだ。
「…ん? フフッ。戻るのはいいけれどさ、どうやらその前にまだ客人がいるようだよ」
目ざとくビシュエルが何かを見つけて言う。私は目を細め、ビシュエルの視線の先を追った。
私たちが倒したスケルトンマンの先、森の奥に何者かの姿が見える。
「…む? あれは、デス・コマンダー。こやつらのボスか!」
それはスケルトンマンより大きく、羽根飾りのついた兜に頑丈な鎧。スケルトンマンの上官にあたるデス・コマンダーに間違いなかった。
かなりの強敵だ…私とオルガノッソに緊張が走る。
「…馬鹿だね。よく見なよ」
ビシュエルがフンと鼻を鳴らす。
どういうことかと、私がさらに目をこらすと、デス・コマンダーの様子がおかしいことに気づく。戦意がまったく感じられない。
ジッと見ていると、デス・コマンダーがバラバラと崩れ落ちた。頭部だけが中空にあり、顎の部分がバカッと外れる。その姿は、我々を嘲笑っているかのようだ。
「…なんだ?」
デス・コマンダーの後ろに…誰かがいる。
その者が進み出てきた。デス・コマンダーの頭蓋骨が中空にあったのは、その者が片手に頭部をつかんでいたからに他ならない。
どうやら、そいつがデス・コマンダーをすでに倒してしまったらしい。
「…エテ公?」
ビシュエルが鼻を押さえ、一歩退く。辺りを漂う死臭に誤魔化されて感知できなかったらしい。
浅黒い肌、オールバックにした黒髪。こんな危険な場所で鎧も身に着けずに、木綿の服を着ているだけだ。
私たちのような三角耳や、メリンの長耳も持たない。頭部の脇に小さな円形の耳がついている…明らかにデム族の特徴だ。
デムはミルミやレムジンにいないため、ほとんど目にしたことはない。だが、我々とは違う異様な姿は一目でわかる。
「…ほう。デムがなぜこんなところにおるのか?」
オルガノッソが警戒を解いて腕組みする。相手がデムならば、特別に気を付けることもないと安心しきった様子だ。能力で劣るデムが、我々に危害を加えられるはずがないとの自信がそこにはあった。
しかし、私は目の前に立つ男の眼光から、何かただならぬものを感じていた。私が知る戦士で…こうまで強い眼光を宿した者は見たことがない。
「……協力がしたい」
デムの男は低い声でそう言った。聞きちがいかと、私はオルガノッソと顔を見合わせてしまう。
「…ミルミ城の危機に、デムは未だ返答をしていない」
私がそう言うと、デムの男は眉根にシワを寄せた。
これは事実だ。我々ファルは全面的に協力することをすぐに申し出たが、なぜかデムからは全くの返答がない。臆病風に吹かれた…それが、ファルとメリンの統一見解だ。
「私はジャスト国の命で来ているわけではない。私は私個人で協力がしたい」
デムの言葉に、オルガノッソが腹を抱えて笑い出す。
「グハハハ! 貴様ごとき、エテ公に何ができる!? 協力したいだと? 貴様ごときがひとりで何ができる!?」
ブゥーンと斧を振り回して威嚇する! その強大な斧からすれば、その目の前の男が何とも非力に見えてしかたがない。
ファルとデムは大した体格差でもないが、オルガノッソはおなじファルでも規格外だ。
「…待て。オルガノッソ。あのデス・コマンダーを倒したのがコイツだったとしたら?」
私がそう言うと、オルガノッソはフンと鼻を鳴らす。
「ありえんな。俺様たちの注意をひくため、そこらへんに落ちていた死体を使ったのだろう」
そうか。やはりオルガノッソはそう考えるか…。
しかし、スケルトンマンならいざ知らず、デス・コマンダーがその辺に倒れているとは私にはとても思えなかった。
「試してもらえれば早いだろう」
デムは下に転がるデス・コマンダーを見てポツリと言う。
「面白い! 2人とも手を出すでないぞ! これは俺様の獲物だ!!」
斧を構えたオルガノッソ。こうなっては止める術はない。挑発してきたのはあちら側だ。
「……やれやれ結果は見えてるのに時間のムダだよね」
私とビシュエルは後ろに下がる。別にデム1匹…死んだところで、誰が困るわけでもない。
「後悔し、ひざまづいて謝るなら今なら許してやらんでもないぞ!」
「…無用」
その言葉にオルガノッソは額に青筋を立てる。
「ならば全力でひねり潰すッ!」
オルガノッソは怒号しながら突進した! たいして、デムの男は後ろ手にしたまま微動だにしない。どのような武器を隠し持っているかは知らないが、オルガノッソの1撃を食い止められる手だてはないように思えた。
「どりゃああああ!!!」
轟音を響かせながら、オルガノッソが斧を振り下ろす! 確実に捉えていた。このまま男の頭どころか、身体は半分にと裂かれることだろう。
ビシュエルじゃないが、時間の無駄としか思えないあえない決着だと私は思った。
だが、そうはならなかったのである。
「…ぐぬゥ!? そ、そんな馬鹿な!?」
私もビシュエルも驚きに目を見開く。何事か。オルガノッソが振り下ろした斧は途中でピタリと止まって動かなくなっている。
よく見ると、男が人差し指だけで斧の刃先を止めているのだった。最初、オルガノッソが力を抜いているのかと疑ったが、パンパンに膨れた上腕に、赤く蒸気した顔からして渾身の力を込めているのは間違いないだろう。どんな相手にも手を抜けないのがオルガノッソという男だ。
「…お終いか?」
デムの男は涼しげな顔でそう尋ねる。オルガノッソが怒りの形相になった。
バッと斧を引き、自身も後方に飛び跳ねて距離を置く。
…これはやるつもりだな。
「これでもくらえ!! あ! 『石つぶてぇぇぇーい!』」
地面を斧で抉るようにし、地面を相手に叩きつける大技だ。これをくらえば、デザート・スコーピオンですら大ダメージを受けるだろう。デムに耐えられるはずもない。
「…お終いか?」
飛んでいく地面をいつの間にかかわし、デムの男がオルガノッソの目の前に立つ。
瞬時のことであったので、いきなり目の前に現れた男にオルガノッソは腰を抜かして尻もちをつく。
「な、なんだ…貴様。魔術士か?」
「暗殺者オ・パイ。メリンのように魔法は使えぬ」
オ・パイ…そう名乗った男は、ビシュエルを見やる。見られたビシュエルはすくみあがった。露骨に嫌悪を現す。
「けがらわしい! 『道なき者の道標。次元を越え、瞬く間に我を何処へと移せ…テレポート!!』」
ビシュエルがいきなり魔法を使う。私は何かする余裕もなく、光の渦へと吸い込まれてしまった……。
次に気づいたのは、ミルミ城下町だった。いつもの宿場の前だ。
ビシュエルは珍しく髪を乱し、ハァハァと荒い息をついている。
「いきなりテレポートを使うヤツがいるか!? オルガノッソはどうする?」
私がビシュエルにつかみかかると、パンと私の手をはたいた。ビシュエルは私の顔をにらみつけ、そして少し離れた所を指差す。
「…ちゃんと連れてきている! あんなエテ公と関わるのはご免だからね!」
そこには状況が飲み込めていないオルガノッソがいた。ヤツが斧を身構えていたせいで、周囲の人々からどよめきと悲鳴があがった。
どうやら、ちゃんと考えてテレポートしたようだった。こういう所では抜かりはない。
しかし、あのオ・パイという男…いったい何者だろうか。暗殺者といっていたが、そういう職業の戦士をみたことはなかった。ただファルの戦士オルガノッソを凌駕するだけの力の持ち主であることは間違いない。
「……次に会ったら。私が倒す」
私は無意識のうちに双剣の柄を握りしめていた。強い相手を前に、戦士としての優劣を白黒決めたいと思うのは性からだろう。
オ・パイとの2度目の出会いは、それほど時を待たずして訪れた。
私たちが宿場でいつものようにシーラのもてなしを受けていると、辺りが騒がしくなったのに気づく。いや、いつも騒がしいのだが…そういう騒がしさではなく、不穏のざわめきが起こったのだ。
それが入口の方からだと知って、私たちの視線は自然とそちらに向く。
「…デムだ」
「…なんでエテ公がこんなところに」
その言葉に、私たちは顔を見合わす。
予想通り、それは粗末なフードをかぶったオ・パイだった。辺りをにらみつけるようにして中に入って来た。そして、カウンターにドカッと座った。周囲にいたメリンたちは嫌そうに自分の酒をもってそそくさとその場を離れる。
「…なんでもいい。食事を」
オ・パイがそう言う。しかし、カウンターでコップをふいているマスターは返事もしない。
「聞こえないのか? 食事がしたいんだが…」
「…デムに食わせるモンなんてねぇよ」
マスターはオ・パイの方も見ずに言う。いままで不愉快そうな顔をしていたビシュエルが小さく笑った。
オ・パイの額に青筋が立つ。立ち上がって、拳を握りしめた時だった…。
「待って! オ・パイ!」
それはシーラだった。さっきまで厨房に料理を取りに行っていたのだ。持っていた料理を放り投げ、オ・パイの側に駆け寄る。
「言ったじゃない! 不用意に外に出ちゃダメだって!」
「なぜだ? 俺はデムだが、この国のために…魔物を倒している。食事ぐらい自由にさせてくれてもいいではないか」
オ・パイはマスターをにらみ付けながら言う。それでも、マスターは素知らぬ顔だ。面倒ごとはご免ということだろう。
「いいから! 言うとおりにして…。食事は私が用意してあげるから! もう帰って!」
シーラはオ・パイの背を押して店から追い出す。オ・パイは不服そうにしていたが、これ以上はシーラに迷惑がかかると思ってか素直に店を出て行った。
「…シーラ。なんであんなのと仲良くしてるのかは知らないが。あのエテ公がまた来たら、キミはクビだからね」
「…はい。すみませんでした」
マスターが冷たく言うのに、シーラは頭を下げたまま厨房へと戻っていった……。
「…アルダーク。血がでておるぞ」
オルガノッソに言われ、私は無意識のうちに拳を握りしめていたのだと気づいた。それも爪が食い込み、手の平から血が流れるほどだ。
「フン。あのエテ公を飼ってでもいるのかね。迷惑な話だよ…。あの女と一緒に処刑しちゃえばいいのに」
ビシュエルの軽口に、私はカッと頭に血が昇る。即座に、剣をビシュエルの喉元に当てた。
「…黙れ! 次に何かを言ったら殺す」
ビシュエルはメガネ越しに、喉元に当てられている剣と私の顔を交互に見た。そして「フフン」といつものように笑ったが、それ以上のことは何も言わなかった……。
深夜。シーラはゴミを持って裏路地に出てきた。
「…これで今日のお仕事はおーわり、と。キャ!?」
ゴミ捨て場の側で立っていた私に気づき、シーラが驚いて小さな悲鳴をあげた。
「…な、なんだ。アルダークさんだったの。もう驚かせないでよ」
しかし、私だと気づくと安心したようにシーラは微笑む。
「こんなところでどうしたの? まだお休みになられないの?」
「…ああ。少し、話いいだろうか?」
私の問いに、シーラは少し困ったようにした。それでもコクリと頷く。
「…あのオ・パイというデムだ」
「あ! あの人は…その、悪い人じゃないの!!」
まだ何も言っていないのに、かばうように必死になるシーラ。胸になんだかブスリと刺さるものを私は感じた。
「以前に、私たちの前に現れたことがある。…仲間になりたいと」
ドス黒い負の感情を努めて消し、私はそう言う。
シーラは少しだけ安心した顔をした。どうやら私がオ・パイをどうにかするつもりではないと判断したようだった。それがなんだか余計に腹立たしい。
「…そう、だったの。あの人は、3ヶ月ほど前に街の入口で倒れていて。私が家に連れ帰って世話をしてるの」
なんてことだ…。シーラの家にいるのか。思わず舌打ちをしてしまい、シーラが怯えた様に肩を震わせる。
しかし、私は無表情を保ち続けていた。覆面のおかげで、そんなわずかな表情までは読みとれないだろう。
「なんだか、あの人は同種族とも仲良くしているようじゃないみたいで…。独りぼっちみたいなの。
でも、腕っ節は立つわ。ファルの戦士さんほどじゃないかもだけれど。アルダークさん、あの人を仲間にしてあげて!」
シーラの提案に、私は目を丸くする。何を言っているんだ?
「デムだぞ?」
「でも、魔神バルバトスが迫っている今…どんな戦力でも貴重でしょう?!」
シーラの言葉は正論だった。現にメリン王は、どんな立場の人でも、それこそ犯罪者でも戦力になるものは投入するつもりでいる。おそらく、デムという種族の違いぐらいは捨て置くだろう。それだけ、今のミルミ城には兵力が必要なのだ。
「…お願い。そうでないと、あの人はいつまでも独りで戦い続けてしまう。
このところ、いつも傷だらけで帰ってくるの。このままだときっといつか死んでしまうわ。
だけど、もし仲間がいれば。アルダークさんたちのような強い戦士さんたちと共にいられれば…」
シーラには、オ・パイの実力はよく解っていないらしい。下手をすれば、私やビシュエルと匹敵…いや、上回っているかもしれない力の持ち主なのだ。
それでも私たちに協力を求めてきたということは、オ・パイ1人では手を焼く魔物が近くに来ているからかも知れない。
「……仲間と相談してみる」
背を向け、私はそう答えてしまった。
なぜなのか…シーラの目があまりにも悲しそうだったからか?
そして背中越しに、ホッとした表情でいるシーラがなぜかとても歯がゆく感じた。
いつものシーラの輝くような笑顔。それがオ・パイのためだと知っていたので、私にはもう一度シーラの方を向く気持ちにはなれなかった……。
薄暗い森の中。私は双剣を手放し、仰向けに空を眺めていた。
全身を走る痛みのせいで、身動きすらとれなくなっている。
オルガノッソが無言のままやって来ると、私を起こすのを手伝ってくれる。
「…すまぬ。加減できなかった」
目の前に立つオ・パイがペコリと頭を下げる。こちらは殺すつもりで戦ったのに、なんとも毒気を抜かれる気分だ。
そう。私はオ・パイと戦い、手も足もでずに…敗れたのだ。
「…しかし、約束は約束だ」
オ・パイが私とオルガノッソ、そしてビシュエルを見て言う。ビシュエルはフンと鼻を鳴らした。
「私は賛成していないからね! でも、私の一存だけじゃダメなんだろ。仲間にいれるなら勝手にすればいい。けど、私には近づくな!」
人差し指を立てて言うビシュエルに、オ・パイはコクリと頷く。
ビシュエルは何事かブツブツとまだ言っていたが、今回はテレポートを使って離脱とはならなかった。やはり先に王に許可をもらっていたのが幸いしたようだ。
もし、オ・パイがオルガノッソや私をも上回る腕前だったら仲間に引き込みたいと話したところ、猫の手も借りたいメリン王は快諾したのだ。
王がオ・パイのことを戦力と見なしたことで、ビシュエルも簡単にはワガママを通せなくなる。
それに意地と張って逆らえば、国家反逆者の汚名を着せられることになるのだから、プライドが高いヤツからすれば耐えられないことだろう。
「グハハハ! 俺様やアルダーク…ファルを上回る戦力か。恐れ入ったわい。
馬鹿にして悪かったな。俺様はオルガノッソだ。よろしく頼む」
オルガノッソが笑って手を差し出す。自分が強いと認めた者には潔い男だ。
オ・パイは頷くとその握手に応えた。
「…アルダークといったか。ひとつ聞きたい」
オ・パイが私に向かって尋ねる。
私はジッとオ・パイの顔を見やった。オ・パイは視線をそらすことなく続ける。
「なぜ、私を仲間にいれてくれる気になった?」
「…私が負けたからだ」
私が素っ気なく答えると、オ・パイはわずかに目を細める。
「そうではない。…デムだからといって仲間に入れるつもりがないなら、最初からこんなことをする必要もないだろう」
当然な質問だと思ったが、私は答えに窮する。
私が答えないでいると、オ・パイはますます訝しげな顔をした。
「…シーラが信じたからだ」
「シーラ?」
私は迷った挙げ句、本当の事を伝えた。
オ・パイは少し驚いたようだったが、「そうか」と言ってそれ以上のことを聞くことはなかった……。
オ・パイは戦いの天才であった。
個人的な能力が高いことも言うまでもないが、戦況をよく読み、総合的な判断力がずば抜けていた。
我々3人が各々好き勝手に戦っていた時よりもはるかに効率が良くなったのを感じる。
「フフン。いいね。見せ場がもらえるのは嬉しいものだよ!」
「…止めには興味がない。倒せれば別に問題はない」
ビシュエルがご満悦に魔法を詠唱する。
あれだけデムを毛嫌いしていたビシュエルだったが、オ・パイが思った以上に自分の考えた通りに動くので気に入ったようだった。
現金なものだが、ビシュエルは自分を引き立ててくれる戦いをするオ・パイを認めたようだった。
オ・パイからすれば、ビシュエルの魔法を効率よく使わせているだけに過ぎないのだろうが…。
「おう! オ・パイ。すまんな! 助かる!!」
オルガノッソが苦戦しているのを見るや、すぐに駆けつける。
かゆいところに手が届くと言えばいいのだろうか、我々がサポートして欲しい位置にオ・パイはいてくれる。
「…リーダーは、オ・パイが適切かもな」
空の敵を狩りながら、私はそう呟く。
いつの間にか、下の敵を倒し終えたオ・パイも空を舞っていた。
デムで私の跳躍についてこれるとは驚きだが、今では当たり前の光景だ。オ・パイの身体能力はファルを完全に圧倒していた。
「何を言っている。俺はアルダークがリーダーだと思っているぞ。高い機動力、鋭い観察力…どれも正確無比だ」
それは世辞だ…。そう思いつつ、私とオ・パイは協力してガーゴイルを打ち砕く。
アッという間に、散り散りに消えていく魔物ども…。
2人して、同時に着地する。健闘をたたえあうのは、わずかに視線を交わした時に心の中だけでだ。
なぜだろう。言葉は多くは交わしていないが、こうも戦場を一緒に駆けめぐると、そして互いに背中を預けると…信頼が芽生えてくる。
口にこそ出さないが、今や私はオ・パイの完全に信用していた。それは向こうもだろう。私たちは仲間だ。
「…関係ないことを聞いてもいいか?」
「なんだ?」
戦場では無駄口を叩かない私だ。戦いとは関係ないことを口走ったとあって、オ・パイは意外そうにした。
幸いというべきか、オルガノッソとビシュエルはまだ少し離れたところにいて合流するまで間がある…。
「…シーラのことをどう考えている?」
私の問いに、オ・パイは眉を寄せる。
何かを問いただしたそうだったが、質問しているのは私だ。そういう目をしていると、オ・パイはわずかに下を向いて小さく頷いた。
「…不思議な女性だと思う。デムである私を…なんの偏見もなく受け入れてくれた。戦いしか知らない私だ。それを彼女の笑顔が潤してくれる」
私はわずかに目を細める。そうか、オ・パイも…また、彼女の笑顔に惹かれたというのか。
私はオ・パイがそう答える瞬間、表情が少し緩んだのを見逃さなかった。なぜだろう。今まで苛立たしく思えていたことが、オ・パイと私が同じ気持ちだと知れたことでさほど怒りを感じなくなっていた。
「アルダーク。なぜ、シーラのことを?」
「…彼女が、お前のことを好いているからだ」
オ・パイが驚く。今まででオ・パイが表情を変えてまで驚いたのを初めて見た。
人のことを言えたわけじゃないが、なんとも鈍い男だ。シーラの態度を見ていればすぐに解ることだろうに…。
「…私の双剣、片方は我が友シーラのために。もう片方は…我が友オ・パイのために。誓わせてもらってもいいか?」
私は双剣を突き出してオ・パイに問う。
「どういうことだ?」
「…剣士は、大事な守る者のために剣に誓う」
「シーラならば解る。だが、俺を相手に…か? アルダーク?」
私は目をつむる。
シーラの笑顔の先に、オ・パイがいる。
そして、これからの戦いは、きっとリーダーであるオ・パイを守るために私は戦わなければならない。それは私自身のケジメだ。悔いはない…。
「私はファルの戦士アルダーク。ファルを、メリンを…そして、シーラを。すべてを守るために、オ・パイ。お前にこそ私の全てを託したい」
私の言葉の意味を深く心に刻みつけるよう、充分に間を置いてからオ・パイは頷く。
「おそらく、現メリンで最強の戦力はお前だろう。魔神バルバトスを討つのにお前がの力が必要ならば、私は喜んで剣となり盾となり、命を差し出す。それがこの誓いだ」
剣を置き、ひざまづく私を見て、オ・パイも覚悟を決めたようだった。
「…そうか。解った。よろしく頼む。俺も…惜しみなく全力を尽くそう。そのために師から与えられたのがこの暗殺拳だからな」
夕暮れの街角。街の雑貨屋で酒を買い、宿への帰り道を歩いていると、ふと視界に人の姿が目に入った。
路地裏で人目のつかぬようにし、軽く口づけを交わす2人…。それが誰かと知って、私は目を背ける。
「…ファルの戦士さん」
急に呼びかけられ、私は少し驚く。
どうやら道の往来で立ち止まってしまったようだ。気づくと、目の前にメリンの少女がいた。まだ10代前半だろう。ソバカスが幼さを感じさせる。
ニコッと笑いかけてくるが、私はジッとその表情を見るだけだ。
「お花をあげますね」
唐突に、少女は白い小さな花を差し出した。
花屋で買ったような立派なものではない。そこらにある野原で摘んだ花だった。なぜ私にこんなものを…そう思いつつも、つい私はそれを受け取ってしまっていた。
「いつも、私たちのためにありがとうございます!」
一瞬、そう言った少女の顔がシーラと重なる。
私は目だけ微笑ませると、それに気づいた少女も嬉しそうに笑う。
「…そうだ。私は戦い続ける。守る者がいる限り。命のある限り」
☆☆☆
それから20年後。崩壊したミルミ城、王の間…
深く暗い森のような緑をしたドラゴンが、王間の奥高いところで座していました。目の前には封印された魔神バルバトスが膝を立てた状態で佇んでいます。
「…我は四天王アルダーク。私はシーラを守る。我が友オ・パイを守る。それが誓いだ」
鎌首をもたげ、アルダークは咆吼します。ビリビリと、辺りの魔物たちが怯え身をすくませました。
「私は四天王アルダーク! このミルミ城を守護する者!!!!!」
翼を大きく広げ、再び咆吼するアルダーク。その目の前で、魔神バルバトスが満足そうに笑ったように見えたのでありました…………。
──完──