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短編集 悪役令嬢シリーズ

断罪イベント中ですが、皇太子が私の限界オタクなので話が進みません

作者: カナハ
掲載日:2026/10/22



「クラリス・ルドワール公爵令嬢! 貴様との婚約を、本日をもって破棄する!」

 

 華やかな王宮の夜会。シャンデリアの光が降り注ぐダンスフロアの中央で、我が国の第一皇太子であるエドワード殿下が、私を指さして堂々と宣言した。

 彼の傍らには、いかにも「ひ弱なヒロイン」といった風情で怯える、男爵令嬢の姿がある。

 周囲の貴族たちが「ああ、ついに……」と息を呑む中、私は心の中で、盛大なガッツポーズをキメていた。



(――よし、きたァァァ!!! 待ってました婚約破棄! これで私は予定通り悪役令嬢として国外追放(という名の辺境隠居生活)になり、前世からの悲願だった『乙女ゲームの推しカプを遠くから見守るだけの壁』になれるわ!!)

 

 私の名前はクラリス。実は、前世でプレイしていた乙女ゲーム『恋する王宮のラプソディ』の世界に転生した、いわゆる転生悪役令嬢だ。

 前世はしがない限界オタク女子。このゲームの主人公(男爵令嬢)と攻略対象たちの恋愛が尊すぎて、転生してからは「シナリオ通りに悪役をこなして、早く退場して壁になりたい」という一心で、嫌がらせ(のフリをしたお節介)を頑張ってきたのだ。


「クラリス! 貴様がヒロインを階段から突き落とそうとし、教科書を破り、数々の嫌がらせを行った証拠は、すべて揃っているのだぞ!」

 

 エドワード殿下が、鋭い美貌をさらに険しくして叫ぶ。

私は「はい、ここで不敵に笑うのが悪役令嬢ね」と、完璧な高笑いを披露しようとした。

 

 

 ――その、瞬間だった。



『(うわあああああああああ!!! 生クラリス様だ! 本物の、動くクラリス様が目の前にいるゥゥゥ!!!)』


「……えっ?」

 

 あまりにもうるさい『声』が、私の脳内に直接響き渡った。

それは、私の固有魔法である『精神感応(テレパシー)』が、目の前のエドワード殿下の「心の声」を強制受信した音だった。


『(待って、今日のドレス、ゲームのイベントスチル第三章の『夜会の傲慢』のやつじゃん……! 細かい刺繍の再現度エグい、作画崩壊ゼロ! 美しすぎて目から汁が出る、ありがとう世界、ありがとう神様、今日の断罪イベントは俺にとってのドームライブ最前列だわ!!!)』

 

……は?

ドームライブ? 作画?

 

 私は、目の前でキリッと凛々しい顔をして私を睨みつけている皇太子殿下を、二度見した。


『(ああ親衛隊長やってて良かった……! 今、クラリス様が俺のことをゴミを見るような目で見てくれた……! ご褒美です!! 生の冷たい視線ファンサ、助かる!! 前世でクラリス様ルートを百周して、彼女の幸せのために全財産を課金した俺への最高のご褒美だ……!)』

 


待って。情報量が多い。

この男、まさか――私(クラリス)のガチ勢の、同類のオタク転生者か!?



「……エドワード殿下。お言葉ですが、私はそのような罪に身に覚えがありませんわ。」

 

 私は内心の動揺を隠し、悪役令嬢としてのマニュアル通りのセリフを吐いた。扇で口元を隠し、ツンと顎を上げる。

 すると、エドワード殿下はぐっと拳を握り締め、さらに声を荒らげた。


「言い逃れはさせん! 貴様を今すぐ国外追放処分とし、二度とこの国の地を踏むことを許さん!」

 

言葉は、冷酷そのもの。

だが、彼の脳内実況は、完全にパニックを起こしていた。


『(嘘です行かないでえええええ!! 国外追放なんて絶対にさせるか!! 悪役令嬢の国外追放ルートは、隣国のクソ野郎に騙されるバッドエンドに直結するんだよ! 俺がそんなことさせるわけないだろ! 「国外追放」と言いつつ、俺のプライベート領地の最高級別荘(冷暖房完備・メイド十人付き・オタク部屋有り)への強制移住&永久保護手続きはもう裏で完了してんだよクソが!!!)』

 


……え、別荘? 永久保護?



『(クラリス様、お願いだから「お黙りなさい!」って言って! 頼むから俺を罵倒して! そしたら「くっ、これほど反省の色がないとは、我が直轄地の別荘に一生監禁の刑に処す!」って言えるから! 早く俺にファンサ(罵倒)を頂戴!!)』



何この皇太子、めちゃくちゃ怖いんだけど!!

 

 

 私は冷や汗を流しながら、隣にいるヒロインの男爵令嬢に視線を向けた。彼女は「ひっ」と怯えた振りをしているが、私は知っている。彼女がゲームのシナリオ通りに動いている、ただの無害な女の子であることを。


「……ルル・クーラ男爵令嬢。貴女も、私が貴女を虐めたと仰るの?」


「は、はい……クラリス様はいつも、私に『そんなに夜遅くまで勉強していては、お肌が荒れますわよ!』と、最高級の美容液を投げつけてきたり、『これをお食べなさい!』と、購買の限定焼きそばパンを毎日机に叩きつけてきたりしました……!」


「(ちょ、お前それ今言うなよ! 嫌がらせのフリがお節介だってバレるだろ!)」

 

ヒロインの真っ当な情報開示に私が内心で焦っていると、エドワード殿下の脳内が、さらに別の方向で爆発した。


『(あああああ!! 焼きそばパンイベント!! ゲームの裏設定資料集に載ってた『実は面倒見が良いクラリス様のツンデレ配給イベント』の実写版だァァァ!! 聖女(ヒロイン)、お前そこ代われ! 俺もクラリス様に最高級美容液ぶつけられたいし、焼きそばパン机に叩きつけられたいよチクショウ!!!)』



ダメだこの皇太子、完全に手遅れだ。

話が一切、まともに進まない。



「殿下、もう結構ですわ。」

 

 私はため息をつき、周囲の貴族たちには聞こえないような小声で、エドワード殿下にだけ向けて呟いた。前世の、オタク女子としての「素のトーン」で。


「私、別に抵抗する気はありませんから。大人しく国外追放(辺境の別荘)でも何でも行きます。だから、そんなに心の中で限界オタクトークを大音量で再生するの、やめてもらえます?」


「っ!?!?!?」

 

 エドワード殿下の顔が、一瞬で茹でダコのように真っ赤になった。

彼はカッと目を見開き、私を凝視する。


「き、貴様、今……なんと言った……!?」


「ですから、あなたの心の声、私の『精神感応』スキルで全部筒抜けなんです。前世で私のルート百周したとか、ドームライブ最前列とか、全部聞こえてます。……っていうか、あなた前世で、クラリスの同人誌とかも買ってました?」


「ぶっ!!!!」

 

エドワード殿下は盛大に吹きこぼれ、その場に崩れ落ちた。


「き、聞いたな……!? 俺の尊い妄想(心の声)を、すべて……!?」


「ええ、バリバリに。ついでに言うと、私も転生者で、前世はただの箱推しオタクです。だからあなたが私を『推し』として見てるのもよく分かりました。でも、私はヒロインとあなたの『王道カプ』の壁になりたいので、早く断罪して追放してください。」


「拒否する!!!!」

 

 エドワード殿下が、夜会の床に膝をついたまま叫んだ。周囲の貴族たちが「えっ、皇太子殿下がクラリス公爵令嬢に土下座……!?」とザワつき始める。


「そんな理由で追放させてたまるか! クラリス様、俺はヒロインなんてこれっぽっちも好きじゃない! 俺の全財産と、この国の全予算をかけて、俺はあなたを世界一幸せな悪役令嬢にするって決めて転生したんだ!!」


「いや、公式カプの邪魔しないでくださいよ! 私は二人の薄い本(妄想)を遠くから執筆して暮らしたいんです!」


「薄い本なら俺との結婚生活でいくらでも公式供給してやる!! だから俺と結婚してくれ!!」


「ええい、話がややこしくなるから、一旦落ち着きなさい!!」

 

 私の(素の)キレ気味の怒鳴り声に、エドワード殿下は「ひゃんっ!」と嬉しそうな声を上げて、その場に正座した。


『(うわああああああ!! 生の『落ち着きなさい!』を浴びた!! 最高!! 脳に直接効く良質な栄養素だこれ!!!)』


(……もう好きにしろ、この重症オタク)

 

私は天を仰いだ。

どうやら私の「のんびり壁ライフ」の計画は、この限界オタク皇太子の暴走によって、初手から完全に狂わされてしまったようだった。

 



◇◇◇

 



 一ヶ月後。

私はなぜか、国外追放される代わりに、皇太子妃としての「終身雇用(婚姻)」の契約書を前にしていた。

 目の前には、すっかり『氷の皇太子』の仮面を脱ぎ捨てて、嬉しそうに犬のように尾を振っている(ように見える)エドワード殿下が座っている。


「クラリス様。これが我が皇族が誇る、最高水準の『推し活(福利厚生)』の条件です。公務は週休三日、あなたの創作活動(薄い本執筆)のための専用アトリエ完備。さらに、隣国からの輸入オタクグッズの関税を全額免除します!」


「……関税免除は、ちょっと魅力的ね。」

 

 提示された書類を見ながら、私は不敵に微笑んだ。

まあ、公式カプの壁にはなれなかったけれど、目の前の男(一国の最高権力者)が、私のためだけにここまでの『神対応』をしてくれるのなら、悪役令嬢としての第二の人生も、そう悪くはない。


「分かりました、エドワード。あなたのその熱意(信仰心)に免じて、私が一生、あなたの隣で『最高の推し』として君臨して差し上げますわ。」


「ありがとうございます!!! 一生崇め奉ります!!!」


「それにしても、私も貴方と同じ転生者なのよ?いくらクラリス推しでも、中身がただのオタク女子なら話は違うでしょ。」

 

「中身がただのオタク女子……?」


エドワードはきょとんとした顔で、私を見つめた。


(そうよ! 気づきなさいエドワード! 貴方が崇拝しているのは、この美少女『クラリス』の皮をかぶった、前世で推しの祭壇を作って狂喜乱舞していただけの、ただの限界オタクよ!)


 心の中で叫びながら、私は彼の幻滅した、あるいは困惑した表情を待った。これで彼も少しは冷静になり、私を神聖視するのをやめるだろう。そう思った。

しかし、エドワードの瞳に宿ったのは、戸惑いではなかった。


――さらなる、狂信的なまでの「理解」の光だった。


「……なるほど。そういうことでしたか!」


エドワードは深く頷き、胸に手を当てて、感動に震える声で言いました。


「同じ『転生者』ということは、クラリス様は前世という名の『遥か高次元の世界』から、この世界へと降臨された御方……! しかも『オタク女子』……すなわち、【何かを全霊で愛し、尊び、生涯を捧げて貢ぐ、究極の愛の探求者】ということですね!?」


「えっ、あ、いや、ただの布教活動とか、ガチャに課金してただけで――」


「素晴らしい……! やはり私の目に狂いはなかった! 己の欲望に忠実な凡百の人間とは格が違う。愛の尊さを知る高潔な魂をお持ちだからこそ、クラリス様はこれほどまでに美しく、慈愛に満ち溢れていらっしゃるのだ!!」


エドワードはガタッと椅子を蹴立てて立ち上がると、私の前に跪き、その手をとって熱い視線を向けてきた。


「中身が何であろうと関係ありません! 私は、前世から愛の深さを極め、今世でその美貌を開花させたクラリス様という『概念』そのものを推しているのです! むしろ、推し活のプロであるクラリス様に『最高の推し』として君臨していただけるなど、オタク(信者)としてこれ以上の誉れはありません!!」


(だめだこの信者、何を言ってもポジティブに脳内変換されちゃう……!!)


 私の必死の告白は、エドワードの圧倒的な「限界オタク全肯定フィルター」によって、より強固な信仰心へと昇華されてしまったのだった。


「概念を推すって何よ!!? 哲学的な領域に足踏み入れてんじゃないわよ!!あと『究極の愛の探求者』とか聞こえはいいけど、実態は深夜に推しの尊さで床を転げ回って、天井を見つめながら『無理、尊い、しんどい』しか言えなくなってた哀れな生き物だからね!!?

美化のフィルターが分厚すぎて、もはや私の姿がモザイクがかって見えてんじゃないの!!?」


 心の中のツッコミのワイプが、今にもエドワードの顔面を直撃しそうな勢いで荒れ狂う。

しかし、現実の私はといえば、公爵令嬢クラリスの完璧な美貌のせいで、ただ妖艶に微笑んでいるようにしか見えないらしい。

本当にこの顔面のポテンシャルが無駄に高すぎて泣けてくる。


「くっ……。エドワード、あなた本当に、私の言っている意味が分かって……」


「分かっておりますとも、クラリス様!」


エドワードは、私の手を握る力をさらにギュッと強めた。

その瞳は、まるで世界を救う聖女を見つめる騎士のそれだ。完全にキマっている。


「前世でそれほどまでに『何か』を熱狂的に愛していたということは、その『愛する対象』が、今世ではこの私になったということ……! すなわち、これは運命! 運命のディスティニーです!!」


(頭痛が痛いみたいな構文使うな!!! あと勝手に自分を推しの対象にスライドさせるんじゃないわよ!!!

私の前世の最推しはね、身長185センチ・黒髪・不愛想だけど実は一途なクーデレ魔王様なの!!!

あなたみたいに、金髪キラキラ王子様フェイスで、中身が『全肯定・距離感バグ・限界ファン一歩手前』の大型犬属性じゃないのよ!!! 属性が! 大渋滞を!! 起こしてるのよ!!!)


「さあ、クラリス様! あなたのその『オタク』としての深い知識と、私への慈愛に満ちたそのお姿……! 一生、全力で『推させて』いただきます!!」


「……あ、あら、そう……。そこまで言うなら、勝手にしなさい……」


(ダメだ、もう言葉が通じない!!! 誰か日本語の通じる通訳を呼んで!!!っていうか、このままだとこいつ、私の生写真とか勝手に複製して『クラリス様親衛隊』とか作りかねないんだけど!!? 誰か、この暴走する信者にブレーキの踏み方を教えてちょうだいーーーっ!!!)


 私の限界突破した心の叫びは、エドワードの「キャーーー! クラリス様にツンデレられたーーー!!」という大歓喜の脳内サイレンにかき消され、全く届く気配がないのだった。


「ああ、なんて素晴らしいファンサービス……! 供給が多すぎて脳の処理が追いつきません! ですがクラリス様、先ほど『親衛隊』とおっしゃいましたね?」


「はえっ!? い、今、声に出てた!?」


 思わず口を両手で塞いだが、時すでに遅し。エドワードはキラキラした金髪を揺らし、その完璧な王子様フェイスに、これ以上ないほどの邪気のない笑顔を浮かべた。


「ご安心ください、クラリス様! その件でしたら、すでに我が近衛騎士団の精鋭たちを厳選し、非公式ファンクラブ『クラリス様を物陰から温かく見守り隊』を結成済みです! 会報誌の発行に向けて、宮廷画家にクラリス様の『不意打ちの笑顔』を遠距離からスケッチさせておりますので!」


「すでに実動してたーーー!? っていうか、やってることが完全に合法のストーカーじゃないのよ!! 国権をそんなことに使うな!!!」

 

私の全力の怒声に、エドワードはうっとりと頬を染める。


「くっ、罵倒系のファンサまで……。本当にクラリス様は前世から何も変わっていませんね。あの頃も、画面の向こうの魔王に向かって『尊すぎて無理、一回殴らせて』とスマホを握りしめて咽び泣いていらっしゃいましたし。」


「………………は?」

 

今、この金髪キラキラ限界大型犬王子は、何と言った?

画面の向こうの魔王? スマホ? 尊すぎて無理?


「ちょっと待ちなさい。あなた、今、なんつった?」


「ですから、前世のクラリス様のお姿ですよ! ああ、名乗るのが遅れました。クラリス様、いえ――前世のフォロワー数3桁の限界オタク、クラ様! 私です! あなたの相互フォロワーであり、毎度あなたの狂った限界妄想ツイートに『いいね』と『リツイート』を送り続けていた、あの【エド】です!!」


「お前があの、アイコンが初期設定のままの、私のツイートすべてに秒でファボ(いいね)飛ばしてきてた、ちょっと怖かった鍵垢の『エド』ーーー!!?!?」

 

 頭の中で、前世の記憶のピースがガチガチと音を立てて噛み合っていく。

 そうだ、私が前世で死ぬ間際までやっていたSNS。そこで私のマイナーな呟きや、最推しである「黒髪クーデレ魔王様」への愛の叫び(という名の奇声)を、狂ったように全肯定してくれていた謎のアカウント。それが、目の前のこの王子の中身だというのか。


「そう、あの頃の私は、不慮の事故でベッドの上から動けぬ身でした。そんな私の唯一の光が、あなたの紡ぐ『推しへの狂気的な愛の言葉』だったのです! 毎日、あなたのツイートを見るたびに生を実感していました! ですが、あなたはある日突然、呟きを遺して消えてしまった……。私は絶望し、後を追うように病没したのですが……まさか、転生先であなたの婚約者になれるなんて!!」


「おい待て、理由が重い!!! 執着のスタンプラリーが前世から始まってるんじゃないわよ!!!」

 

エドワードは私の両手を再び包み込み、その瞳に狂信的な光を宿らせた。


「私はあの頃、あなたの『推し(魔王)』になりたかった。しかし、私は今現在、金髪で、性格も明るく、どうしてもあなたの『公式解釈』には当てはまらなかった……! ならば、あなたの『最推し』の座そのものを、私という存在で上書きさせていただく所存です!!」


「オタクの執念で世界線の歪みを突破しようとするなーーーーー!!!」


 こうして、転生悪役令嬢と限界オタク皇太子による、異例の「推しとファンの新婚生活」という名の、新しいシナリオが幕を開けたのだった。


(おわり)



お読みいただきありがとうございました。

この度、日間ランキング入りしてご好評いただいてありがとうございます♪

今後の評価次第では、連載化を前向きに検討中です!

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