ほしくずの中を泳ぎたい
2025年9月3日 初版
2026年6月16日 第二版
プロジェクト《ほしくず》と聞いて、昔の私はどんな計画を想像するだろうか。
きっと「星」から連想して、宇宙に関するものを想像するだろう。宇宙旅行とか、あるいは月への移住計画とか。
だが、実際はそんなに胸躍るものではない。
プロジェクト《ほしくず》とは、自ら命を絶とうとする人へ、最後に美しい体験を与えるために作られた計画なのである。
概要を説明しよう。
最初に、参加者は自殺の申し込みをする。すると《ほしくず》の役員から日取りと自殺場所を告げられ、そこで最期を迎えるのだ。
その自殺場所とは、ロケットの発射場である。
当日、参加者は小型ロケットに乗り込み、宇宙へと打ち上げられる。そして、宇宙の広大な景色を眺め、満足したところでスイッチを押す。すると機内はガスで満たされ、静かに死を迎える。それが、このプロジェクトの仕組みだ。
この計画が始まったのは20xx年だとされている。当時は人口増加が止まらず、人々の鬱屈や自殺が深刻な社会問題となっていたのだ。そこから十年後、日本政府が正式にこの計画を発表した。すると、たちまち報道が始まり、拡散され、世界中に衝撃が走った。自殺を肯定していなかった国が突如としてこんな計画を打ち出したのだ。まさに常識を覆す出来事だった。しかし、あまりに生きづらくなった世界の人々は、それを冷静に受け止め、むしろ日本に計画の推進を求めた。やがてロケットが開発され、一人、二人、十人と打ち上げられる人々が現れ、ついには世界中に普及していった。いまでは《ほしくず》の公式サイトも用意され、人々の間で自殺が肯定的に語られる時代になってしまったのだ。
もっとも、このプロジェクトには問題もある。自殺へのハードルが下がり、簡単に自殺率が上昇してしまったのである。予想より自殺志願者が多いことを嘆いているというのも、滑稽な話だが。しかしメディアが批判的に取り上げることはあっても、中断の気配はない。そして今もなお、日々ロケットが発射されているのだ。
さて。
ここまで語ってきた《ほしくず》だが、私は近頃参加するつもりだ。
言い換えれば、私は自殺志願者なのだ。
[1]
五時半過ぎを知らせる目覚ましが、私を無理やり動かす。私は自殺志願者、望月朱理。二十六歳の会社員だ。
私には夢も特になく、ベンチャー企業に流れで就職し、毎日をただただこなしている。今日も食パンを口にし、支度をして家を出る。足の疲れを抱えたまま、奴隷のように会社へ向かった。
私の会社は八時に始まるが、上司の指示で私はその三十分前から掃除をしている。私以外には誰もいない朝の風景も、三年も見れば何も感じなくなった。
しばらくすると、続々と社員が出社してくる。社訓にある「あいさつ第一」に従い、私は挨拶をしているが、社員も部長も返事をする気配はない。
八時になると、掃除への感謝のひとこともなく、全員がテキパキと働き出す。私はストレスを抱えながら、いつも通り仕事を片付けた。
他の女子社員の内輪話を横耳で挟みつつ、十二時までフル稼働でパソコンに向かった。恒例の上司の意味のない声かけも、もう完璧に受け流せるようになっている。
淡々と仕事をこなし、お昼休憩の時間。だが、この時間も上司の指示で半分以上潰れてしまう。コーヒーを買ってこいだの、資料を刷っておけだの。命令を終えた頃には、休憩は十五分もないことが多い。
午後の仕事も長く、日が暮れても続く。休憩は各自自由に取れるはずだが、押し付けられた仕事を片付けないと、何をされるかわからない。私には逃げ場がないのだ。
結局、帰宅して電車の中の記憶もないまま、靴を脱がずに玄関に座り込む。帰宅できるのは十時を過ぎることが多い。疲労が溜まりに溜まり、何も行動できない。だから、日付が変わる前に人間らしい生活をして寝る、といつも決めている。
そんな辛い日常が続いていた。会社でのいじめに耐え、日々をやり過ごす生活が固定化されてしまっていた。ネットで騒がれるほどのいじめなのか、これはいじめに入るのかもわからない。
ただ、会社へ行くことが辛く感じるのは間違いない。しかし、ここで辞めることもできない。大抵の会社は雇ってくれないし、行くあてもない。
もうしばらくは、こんなことで悩み続けるしかない。
いつも通り自宅で疲れ果てているある日、テレビでこんな記事が流れていた。
「プロジェクト《ほしくず》遂に一人目が出発。」
私は難しそうな計画だと思い聞き流そうとしたのだが、ニュースキャスターの男性が、続けて興味深い発言をした。
「自殺制度の施行が始まったことに、世界各国から注目が集まっています。」
私は耳を疑った。慌ててニュースの内容を追うが、専門家の複雑な話が始まってしまった。巻き戻すこともできないので、私はネットを開いた。
このプロジェクトは近年政府が打ち出した自殺に関する計画であり、役所でもらえる用紙で応募した後五百万円を支払うことで、ロケットが手配されるシステム、らしい。
なんなんだ?この計画は。
眉を顰めると同時に、私はその奇天烈な計画に対する意味のない怒りが生まれそうになった。一体政府は何をやっているんだ、と。けれど疲れている体には感情を発露する体力は残っておらず、そのまま力尽きるようにベッドへ向かった。
しかし、なかなか寝付けない。
何故だろうか。どうにも、さっきの計画への興味が底知れず湧いてくる。
私は不思議なことに気づいた。私は、あの計画を魅力的に思っているのだ。
五百万なんて大金を支払わなければいけないのも、自殺制度を設けたことも、意味不明だ。意味不明なのに、それよりも私は、宇宙に行きたくてしょうがなかった。
地球に居たくない。
ここよりも宇宙がいい。
久しぶりに、自分から湧き出る欲望に、制御できない感覚で襲われた。
「宇宙へ行ってみたい。」
心の底からそう思った。
もちろん、地球でやりたいこともないわけではない。行きたい場所も、着たい服もある。でも、それらを横目で眺めるうちに、日々の体力を消耗し、何もかも通り過ぎてしまう。
ただただ、それが嫌だった。会社や社会のせいでこんなことを思わなければいけないのは、もっと嫌だった。そんな地球に執着して五百万を消費するくらいなら、死んでもいいから、宇宙から地球を見下ろしたい。
ああ、宇宙はどんな景色だろう。地球は、今まで暮らしていた場所は、どれだけちっぽけに見えるのだろう。
漠然とした宇宙への妄想で、全く眠れそうにない。ワクワクが胸に残って止まらない。
決めた。応募しよう。
五百万円が貯まるまでの道のりが長いことはわかっている。まだまだ出社しなくてはいけないのはキツい。それでも、この泥沼から抜け出せるこのプロジェクトに応募しないわけがない。
そう決意した私は、明日に備えて目を閉じた。
それからというもの、あんなに辛いと思っていた日々も、あまり気にならなくなった。以前より仕事を増やして取り組むようになり、上司も口を出さなくなった。
「最近の望月さん、なんか無駄に元気でムカつかない?」
と、周りの同僚が口にしている。が、そんなこと本当にどうでもいい。私はもう、私の幸せを見つけたのだ。周りがしょうもない人間関係に悩む間に、私は宇宙へ行ける。そう思うと、仕事中でもワクワクしてしまう。今の生活は、悪くないと思えてしまう。もちろんお金が貯まったら、この感情は消えてしまう。それでも、今を楽しめているなら、それでいいと思った。
一日中続くワクワクのせいで、家に帰ってもまだ目は覚めている。高揚感が収まらず、眠れそうもない。
そうだ。今のうちに、地球を見上げて、宇宙の景色を心に焼き付けておこう。
そう思って、すぐに家を飛び出す。この時期なら、オリオン座が見えるはずだ。そう思ったが、都会に住んでいるため、星はあまり見えなかった。
少し悔しいが、それでも良かった。
早く宇宙から地球を見下ろしたい。今はただ、それだけのために。
私は空の写真を撮り、足取り軽く家に入り、眠りについた。
そんな楽しい日常が続き、気づけば、五百万円が貯まっていた。
五百万。大金。
……やった。遂に、遂に宇宙に行ける。
でもまずは応募の前に、地球を去る準備をしないといけない。が、今日の私は、久々の休日と五百万円に届いた嬉しさですっかり舞い上がっていた。今の私なら、本当になんでもできそうだと、本気で思った。
さあ、せっかくの休日なんだから、少し時間がかかる準備をしよう。何から手をつけようか、そう思った時、ふと、両親の存在を思い出した。
私の両親は、私が小さい頃から仲が悪く、喧嘩の絶えない家庭で私は育った。両親共に気が強く、毎日毎日、罵詈雑言の流れ弾を浴び続ける日々。結局、私が小学生になる前に二人は離婚してしまった。
それからは母と二人暮らしだったが、状況は幼い頃よりも悪化した。母はだんだん家事を放り出すようになり、外に出会いを求めてフラフラするようになった。
けれどバツイチに良縁はそうそうなく、うまくいかないたびに母は不機嫌になるのを覚えている。私はというと、友達と遊ぶこともなく、母が放り出した家事を片付け続ける毎日。合間になんとか勉強をしていても、同級生との学力差がどんどん開いていくのを感じていた。それでも、母は学費だけはしっかり支払ってくれた。そのおかげで私は、公立高校を出て、国立大学を卒業し、今の会社に就職することができたのだ。
心苦しいが、お金の面だけは今でも感謝している。だがそれ以外、あいつは私の青春を奪った悪魔だ。
そんな両親だが、さすがに娘が死ぬことは伝えておくべきだろう。人を遺すということに、さすがに抵抗があったからだ。
なので今日、約六年振りに電話をかけることにした。離婚した父は電話番号も、居場所も、もうとっくにわからない。なので、かろうじて繋がる母の携帯に発信した。
果たして、出るだろうか。胸がソワソワして、変な汗まで出てくる。
プツ。
通話が繋がった。
「ああもううるさい!二度とここにかけるな!!」
プツン。
通話は、三秒足らずで終了した。
わかった。こいつには、もう二度と電話をしない。
私が馬鹿だった。あいつが娘を大切にするはずなんてなかったんだ。数年振りの会話すら棒に振られた私は、あいつへの嫌悪を再認識させられた。そもそもあの金だって、本気で支援していたわけじゃなく、ただ投げ捨てただけだったのかもしれない。そんなこと、今考えたくはなかった。
あの悪魔のせいで休日が台無しだ。しかも、明日からまた会社。ますます憂鬱になる。
…いや。
もういいじゃないか。私の周りの人間は、きっとみんなこうなんだ。私をこき使う上司も、クソみたいな同僚も、みんな同じだ。だったら仕返しをしてやろう。会社も、人間関係も、地球も。
みんなみんな、捨ててしまおう。
翌日の朝礼前、私は真っ先に上司の元へ向かった。会社を辞めることを伝えるためだ。
その道中に、この会社への恨みがまた、ぶくぶく湧いてきた。今まで散々こき使っていた後輩が、突然いなくなったらどうするのだろう。そもそも、同じ部署以外の人は、私の現状を認識していたのだろうか。それが少し気がかりだった。
上司のデスクに着くや否や、私はあらかじめ用意しておいた辞表を突き出してやった。
「退職させていただきます」
今までの怒りを込めて、端的に告げる。
上司は辞表を睨みながら持ち上げると、一言だけ告げた。
「うん、それはまた今度にね」
そのまま上司は辞表を真ん中から裂き、繰り返し引きちぎった。足元を見れば、昨晩書いた見覚えのある文字列で埋め尽くされていた。そして私を突き返すように、断った理由も告げず、早く朝礼に出席するように命じた。
やっぱりか。昨日の時点で予想はしていたが、いざ体験すると、こんな理不尽なことってないと思える。少し腑に落ちないまま、私は上司に背を向けた。
ふう。
深呼吸で、自分を落ち着かせる。
…まあ、いい。
どうせここにいる理由なんて、もうないのだ。こんなところで拒否されたくらいで、私は折れるつもりはない。
いっそ、もう逃げ出してしまおう。
そう思った頃には、体は動き出していた。
バコッ!ボコッ!バコッ!ボコッ!
走り慣れない私の足音が、カーペット敷きの廊下に響き渡る。私は、誰かに見られていただろうか。私がいなくなったこの場所は、どうなるんだろうか。そんなことはもうどうでもよかった。
私はただ、出口へ向かって突っ走った。
こうして、私と会社の関係は終わった。
逃げるなんて、案外簡単なことだったのだ。ああ、もっと早く逃げていればよかった。
…いや、もうどうでもいい。後悔に意味はない。だって、私はもうすぐ終わるのだから。この地球を去って、宇宙へ行けるのだから。
会社から逃げ出せたおかげで、午後は時間がある。私は、近頃大きな駅の近くに設立されたという役所へすぐさま向かい、応募用紙を貰いに行くことにした。
その役所は、まるで初めからそこに存在していたかのようなごく普通の構えをしており、何ら自殺との関係を感じさせない。しかし足を踏み入れると、正面には役員が姿勢良く佇み、自殺志願者への配慮なのか、嫌にニコニコしながら説明してくれた。丁寧すぎる笑顔は、どこか闇を纏っている。まるで私を手玉に取ったつもりになっているように感じ、思わず背筋が凍る。
若干笑顔に戸惑いつつ、私は説明を聞き終え、案内された《ほしくず》専門ATMにて五百万円を振り込み、帰宅。その後、応募用紙に個人情報を書いて封筒に入れ、駆け足でポストに投函しに行く。
ガコン。
ポストの入れ口の音が聞こえた時、私はすっかり肩の力が抜けてしまった。
ああ、ここまで長かったなあ。
なんとなく私は、回想に浸る。今までのいじめられていた時期、《ほしくず》に出会った後の世界、そして今日という一日。こう思うと、私はなんて目まぐるしい生活を送ってきたのだろう。我ながら笑ってしまう。
むかついたこともあったくせに、今はそれを忘れて笑うことができた。
さあ、もうすぐ宇宙だ。
そう思って空を見上げると、無数の流れ星が見えた。思わず私は、「宇宙も私を祝福している」と錯覚する。
もうすぐ終わる私の人生の、ピークはきっとここだ。そう確信した。
私はようやく、宇宙への切符を手に入れた。
[2]
応募を済ませてからの数日は退屈だった。
会社がどれほど時間を奪っていたのか、私はようやく気づくことができた。
連絡先もすべて消したので、会社のことを考える必要はもうない。しかしいざ時間を与えられても、消耗した体力や精神力はそう回復せず、結局何もできないままでいた。はあ、何をしようか。
そんなとき、メールが届いた。
送り主は《ほしくず》の役員。内容は簡潔だった。
「一週間後のロケットで出発が決まりました」
…私の寿命は、あと一週間。
短い。あまりに短い。
そう思った瞬間、胸がキュッと締め付けられた。
早まる鼓動を無視することはできない。まさか、この私が?死を恐れているのか?いや、違う。これは自分で選んだことだ。
……そう、わかっているはずだ。
必死に自分を落ち着けようとする。
けれど俯瞰してみれば、その姿はとても滑稽だった。だって惨めじゃないか、いざこれから死ぬとなると、急に死を恐ろしく感じてしまうなんて。
「医者に余命を告げられるって、こんな感じなのかな」
誰もいない部屋に向かって、思わず呟く。時計の秒針がやけに大きく響いていた。
それでもやっぱり、早く宇宙に行きたい。そう思えば、寿命一週間が途方もなく長く感じてしまう。おかしな話だ。
しかし、限りある寿命の中で、何もしないのはさすがに落ち着けなかった。なので翌日、私はこのまま家にいても仕方がないと思い、発射予定地へ先に行ってみることにした。昨日のメールに書いてあった、「種子島」である。
種子島…鹿児島か。そうだ、せっかくだから九州を回りながら行こう。そう思い立ち、荷造りを始めた。
徐々に空っぽになっていく部屋を見つめ、不思議な気持ちになる。もう、この部屋に帰ってくることはないのか。また胸が締め付けられる。昨日より、もっと強く。これは、人生の終わりを知らせるアラームなのかもしれない。……できれば、二度と鳴らないでほしい。
家の契約や片付けのことも一瞬頭をよぎったが、すぐに掻き消した。
「もう死ぬんだから、どうでもいい」
そう、思ったからだった。
残った荷物をそのままに、必要なものだけを詰め込む。殺風景になった部屋に、私の抜け殻だけが残っていた。さようなら、私の部屋。
そうして私は、九州へ向かうために歩み出した。
夜に福岡へ着いた私は、適当な宿に泊まって、翌日は街をぶらついてみることにした。観光でもしてみようかと思ったが、福岡の名所などほとんど知らない。携帯の充電を節約しながら太宰府のあたりを歩き、名前も知らない神社をいくつか回ってみる。
そこで気づいた。私は、もともと観光なんて興味がなかったのだ。写真を撮っても、美味しいものを食べても、胸が突き動かされるような感動はない。演出された景色や料理なんか、宇宙の神秘には到底かなわないだろう。それに、食べ物なんて腹を満たせればそれでいい。どうして人は、こんなものをありがたがって土地を渡り歩くのか。
「宇宙を見て回る方が、よっぽど有意義だ」
そう捻くれたことを考えながら、私はダラダラと観光した。
夜には観光にも疲れて、適当な店に入りお腹いっぱい食べることにした。お酒と一緒にフルコースをこれでもかとたいらげる。けれど酔いが回るにつれて味も曖昧になり、腹が満たされるほど虚しさが増していく。もう食べられなさそうだし、そろそろ会計をしよう。そう思って立ち上がった私に、ふとこんな考えが浮かんだ。
「食い逃げ…してみようか」
そもそも、五百万円を支払っている私は、さほど所持金を持っていなかった。支払えない金額ではなかったが、私の常識で考えると、今日の夕食はとても高い。
それに、私はもうすぐ死ぬ。どうせなら今までやったことないような、それこそこんな罪を犯してみたい。きっとこれから罪を犯しても、罰は受けないだろう。というか、私の行く末は死刑みたいなものだし。きっと、一回の料理代くらい、払わなくても世界は揺るがないだろう。
やってしまおうか。
そこまで思った所で、私は少し冷静になった。千鳥足で歩いていた私は、いつの間にかレジと反対の、トイレに向かっていたからである。芳香剤の香りが、私の淀んだ思考を少し浄化したのだと思う、自分の酔った頭の中の考えに寒気が走った。私は、なんてくだらないことを考えているんだ。
もちろん、私はもうすぐいなくなる。でも、だからといってこれからを生きる他人の足を引っ張る理由にはならない。ダメだ、ちゃんと払おう。
私はふらつく足を必死に動かしてレジに向かった。そして素直に会計を済ませ、よろよろと宿へ戻った。
食い逃げしそうだったことは、ばれていないだろうか。
…頭が痛い。胸も苦しい。理由のわからない苛立ちだけが残り、布団に潜り込む。
私は、自分のことを知らなすぎる。体も、心も。どうしてあんなに汚い感情の存在に気づかなかったのだ。
私に残された時間は短い。だからこそ、自分を知るために使おう。そう、私は決心した。
それからというもの、私は部屋から出られなくなった。外に出れば、私の存在そのものが、誰かの邪魔になる気がして仕方ないのだ。人も、花も、鳥も。みんな私を邪魔だと言う。そんな気がするのだ。
ああ、他の自殺志願者は、何を考えながら残りの寿命と向き合ったのだろうか。死と向き合って、何を思ったのだろうか。きっと私みたいに、《ほしくず》の影響で「罰を受けなくていい」と考えた人間はいるだろう。実際ネットで調べてみると、自殺志願者によって犯罪率が急増していると報じられていた。万引きのような小さな罪から、憎んでいた相手を殺してしまった者まで。
……私はどうだろうか。もちろん、法を犯したことはない。けれど、きっと誰かを傷つけてきたはずだ。陰で悪口を言われたり、恨まれていたかもしれない。そう思うと、胸がざわつく。死を前にして振り返ると、私が蒔いた小さな不幸も、確かにあったのかもしれない。やっぱり、死ぬしかない。それまでは、ここに籠もっていよう。
私は灯も点けず、暗闇の中で膝を抱え、泣き続けた。
苦しい。
胸が、また苦しい。
あぁ…そういえば、会社も、家も、私は何も言わずに出てきてしまった。私は既に、会社にも、アパートの管理人にも、迷惑をかけてしまっている。仕返しのつもりはなかったが、私の深層心理がそうしたのかもしれない。ただ、宇宙に行きたかっただけなのに。
「本当に、ごめんなさい。ごめんなさい……」
自然と言葉が溢れてくる。時間の感覚が消えていく中で、私は泣き続けた。その涙は、私が自分で選んできた愚かな人生への、遅すぎる供養のようだった。
私は救いを求めるように、何かに祈るように、ずっとずっと泣き続けた。
窓から朝日が差し込み、私はようやく冷静さを取り戻した。果たして私はどれだけ泣いていたんだろう。
時間を確認するためにスマホを開くと、《ほしくず》の役員の人から連絡が一件来ていた。
望月朱理さん、いかがお過ごしでしょうか。
まもなく、あなたのひとつ前の方がロケットによって宇宙へ旅立ちます。
そして、今日より三日後の予定日のロケットの準備も完了しました。
ぜひ、今のうちに思い残しがないか、やりたいことがないか、確認してみてください。
そして、心の準備などができましたら、なるべく早く種子島の発射ステーションに向かってくれると助かります。
よろしくお願いします。
追記
もしよろしければ、一つ前の方の打ち上げられる様子を見てみませんか?
こちらの方は、明日の十八時ちょうどに打ち上げられる予定です。
きっと、《ほしくず》のことで不安があると思いますが、先に見ておくことで、多少は不安を拭えると思います。
ぜひ、明日の十八時までにお越しください。
長文失礼いたしました。
《ほしくず》役員 ○○○○
と、あった。
そうか、もう三日後か。色々とあったせいで、私は自分の寿命さえ忘れてしまっていた。あと三日、この宿に泊まるわけにもいかないし、そろそろ発射場に向かってしまおう。
人目を憚るように、私は博多駅から新幹線で鹿児島中央駅へ向かった。
道中の私には、もう宇宙に対するワクワクは残っていなかった。今の私は、ただただ泣いた疲れが溜まって、心もぐしゃぐしゃに崩れていた。
本当にどこで間違えてしまったんだろう。そんな内省も、全部無駄だろうと思えてきた。もう、何も考えたくない。
そうして私は、ぼーっと車窓を見つめ続けた。その間、胸はずっと痛み続けていた。
まるで、何者かに強く握りしめられているかのように。
[3]
鹿児島から船で一時間もかからず、私は種子島の発射ステーションに到着した。そして、私は島の様子を見て、唖然とした。
そこはまさに法の外側といった雰囲気の場所だった。港を出ると、《ほしくず》の施設が悠々と建てられていて、元々の島の自然も景観も見事に破壊している。我が物顔で立つ建物の足元には、スプレー缶で無数の落書きがあった。色も描かれ方も様々で、きっとたくさんの自殺志願者によって描かれたのだろう。たくさんの色が混ざり、どす黒くなって、なんだか嫌な感じだ。
ロケットの排煙のせいか、酷い息苦しさも感じる。私の五感に、この島は無数に攻撃を仕掛けてきているのだ。まるで、この島全体で、私を追い出そうとしているようだった。肺に島の空気が流れ込んでくる。やめろ、気持ち悪いと、体が反射的に拒絶反応を起こす。
携帯で地図を開こうとしたが、電波が繋がらない。吐き気を催しながら、どこへ行こうかと思っていると、
「ようこそ」
背後から声がした。振り返ると、位の高そうな男が、張り付けたような笑顔で語りかけてきた。その顔に、以前あった役員と同じ感覚を覚える。なぜこうも不気味なのだろうか。
「ご案内します」
言われるがまま導かれると、質素な待機所が見えてきた。
恐る恐る中に入ると、そこはベッドが置いてあるのみで、とても無機質で、殺風景な場所だった。時計すらないのがなんだかいやらしい。ただ、広めの窓があり、開放感はなんとかある感じだ。
ここであと二日かぁ…。
また少し気持ちが落ち込んでしまったので、さっさとお風呂に入ろう…。
「あの、お風呂って…」
そこまで言った所で、私は案内人の男が消えたことに気がついた。不思議に思い出入り口を開けたが、辺りを見渡せども男はいなかった。
そもそもこの島にお風呂はあるのだろうか。私はギトギトの髪を何とかしたかったが、荒廃した煤だらけの島を歩き回る気分にはなれなかった。
風呂に入れないことに、私の苛立ちは加速した。が、この部屋にはベッドしか無いし、他にすることもない。閉じ込められたのだ。ここまできて、私はここで眠るしか選択肢が残されていなかったのだ。
ベッドの中で考える。どうしてこうも見掛け倒しなプロジェクトなのだろうか。貼り付けられた笑顔に似て、中身はこんなものか。もしかしたら、ロケットに乗る日も雑な対応をされてしまうかも知れない。不安を和らげるために先に島へ呼んだのだろうが、ますますよく分からない。まあそれも、明日の十八時には分かることだ。
不安を未来の自分に丸投げし、私は何とか眠りについた。嫌に静かな、この部屋の空気に包まれながら。
そうして翌日。
今日は私の一つ前の志願者が宇宙に行く日らしい。興味本意で、というよりすることもなかったから来てみたのだが、いざ当日になると、私はドキドキしていた。なんといったって、私より一足早く宇宙に行く人がいるのだ。これは、きっと何か学びがあるだろう。心の余裕というか、何というか。そんなものを、これから死ぬ見ず知らずの人に、私は期待していた。
どこで見るのだろう。もしかして間近?そう思ったが、役員の人は、私を無機質な部屋に閉じ込めたままどこかへ行ってしまった。つまり、「ここで見ろ!」ということだ。
少し残念だが、あまり外の空気も吸いたくないので、我慢して発射時刻を待った。
そうして現在時刻十八時半。
私は、待ちくたびれていた。私の前の志願者が一向にロケットに乗ろうとしない。遠目で見てみると、死ぬのを怖がっているのだろう、おじさんらしき人が、必死に抵抗し続けていた。元々の発射予定時刻が十八時だったので、三十分ほどこの調子だ。
いい加減にしてくれ。時刻が進めば進むほど、砂時計のように苛立ちが蓄積していく。もちろん、こいつが誰だかは知らないが、自分で決めたことぐらいは貫いてほしい。
と、男に向かって誰かが迫ってくる。見ると、多分あれは《ほしくず》の役員だ。スーツに張り付けられた笑顔、間違いない。さすがに説得しないと、と思ったのだろうか。別に役員は大して焦る必要もないのに。
なんて思ったのも束の間、その男に志願者は取り押さえられた。
え?どうしたの、何をするつもりなの?
取り押さえられた男は、相変わらず抵抗を続けていた。すると、続々と役員が出てくる。一人、二人、三人。笑顔を崩さず、じわじわと男に近づいていく。いずれも男の自由を奪おうとしているようだった。
私は、その光景を珍妙なものを見る目で見ていた。まるで、赤ちゃんの世話をしているみたいで、滑稽だ。知らず知らずのうちに、私の口角が持ち上がっていく。
あんな風には死ねないなぁ。
嘲笑う様に、肩を揺らした。
するといきなり、最初の男の手元に、銀色に光るものが見えた。不思議がって、私は目を凝らす。それは、注射器だった。
ブスッ。
そして、男の首に目掛けて刺してしまった。すると、一瞬にして男の抵抗が止まった。
私は、突然の出来事に唖然としてしまった。よく見えなかったが、なんだかヤバい。もしかして、麻酔を刺したのか?人に?あまりに驚きすぎて、呼吸すらままならない。
その後、役員の男らは、動かなくなった男をロケットに運び、無理やり押し込む。そのまま、まるで予定通りの儀式の様に、ロケットは打ち上げられてしまった。
轟音が響いている。私は役員の男達が怖くて、ロケットの様子を見ることができなかった。ただただ、ロケットによって震える大地を足に感じながら、しゃがみ込むことしかできなかった。そして、あの男達はロケットの煙に包まれて、どこかに消えた。
残り時間は、約一日。次は、私の番だ。
私の寿命は、あと約一日。しかし短い寿命の割には、身体は元気な状態なのだろう。それなのに、何もできない。部屋から出られない。震えて動けない。胸も酷く痛む。結局私は、このまま死を待つしかないようだった。
私は、あんなふうになるのか?嫌だ。あんな死に方、絶対に嫌だ。でも、もし抵抗なんてしたら…。
昨日の打ち上げの瞬間の記憶が、フラッシュバックされる。今思い返しても、足がすくんでしまう。ダメだ。立てなくなった。なんとか立とうと試みるが、バランスを崩して床に横たわってしまう。精神的に疲れていたせいか、そのまま眠ってしまった。
気づけば、私は辺り一面真っ白な空間にいた。どこまで行っても暗い地平線を私は走り続ける。背後からは、笑顔の男たちが、注射器を持ちながら追いかけてきていた。
私は必死で逃げたが、遂に崖に追い詰められてしまった。正面には、底の見えない崖。背面には、今すぐにでも麻酔を刺そうとしている役員。もうどうしようもない。終わった。
その場に泣き出しそうになったが、そうしたら役員に捕まってしまう。私は、なんとか役員に麻酔を打たれないように、足を後ろに引こうとする。
が、足は崖の底に突っ込んでいた。
…あ。ああああああああああああああああ。
…あかり様。
…もちづきあかり様。
「はっ?いやあああああ!」
目を覚ますと突然、ニコリと笑っている役員の男が、私の顔を覗き込んでいた。私は、叫び続けながら、部屋の隅に避難する。男はそんな私を見て、表情を変えずに、こう告げた。
「ロケットの準備が整いました。」
そこでようやく、ここが現実だと理解した。
ああそうか、死ぬんだ。そう思うと、ぎゅっと胸が苦しくなる。苦しい、まだ死にたくない。しかし、ここから今すぐ逃げ出したくても、この部屋にはすでに男が三人集まっている。注射器は持っていないけれど、きっと昨日の奴らだ。逃げることは不可能だろう。私は、男の後を追って部屋を出た。
男は真っ直ぐロケットの方向へ向かっていく。道が作られているわけでもないのに、迷わず進んでいく。その姿はやはりロボットの様で、人間味を感じない。そのまま、男は止まることなく進み続けた。まるで、私が後を追っていることに気づいていないみたいだった。
一方私は、まだ心の準備ができていないのか、うまく足を動かせずにいた。後ろからも役員が来ているので嫌でも進まなければいけないのだが、覚悟のない私は、何とかまだここに留まろうとしてしまっていた。胸の痛みも私の歩みを妨げる。全身で死から逃れようとしている。なんて情けないのだ。あんなに素敵だと思っていた宇宙には、これっぽっちも目が向かない。目の前のにある、これから死ぬという感覚を、私はただただ恐れていた。
どれほど歩いたか分からなくなった頃、もうロケットは私の目の前にあった。
死ぬ!殺される!
頭が死の恐怖に支配される。正気を失い、血管が破裂しそうになる。
ダメだ、死ぬ!
ロケットの入り口が開き、座席が見える。私の足は、まだ地球の大地を踏み締めようとする。
「どうぞ」
男はそれだけ言って、手をロケットに向けた。
涙が出そうだ。叫んでしまいそうだ。もう、自分の表情がどうなっているかも分からない。ただただ足を動かさない、これが私の、必死の抵抗だった。
「…?どうぞ?」
「なぜ乗らないのですか?」とでも言いたげな表情で、男は言った。
こいつらには人の心がないのか?いざ死ぬとなると、どうしようもなく怖いことを知らないのか?
私は乗る覚悟が決まらず、ロケットから目を逸らす。すると、昨日の部屋から、丁度同じぐらいの年齢の女が、こちらをのぞいている事に気づいた。
「…たすけて!」
彼女の目を見て、思わず叫んでしまった。藁にもすがる思いだ。しかし、もうこうするしかなかった。が、彼女からの返答はない。
「なんできこえないの!!」
その叫び声も虚しく、彼女はこちらの視線に耐えかねたのか、窓から見えないように隠れてしまった。
唯一の希望を失い、私はもう声も出なかった。力が抜けて、その場に倒れ込む。意識を失くすその前に、役員の顔が見えた気がした。
「…すと、ガスで満たされて、痛みを感じることもなく死ぬことができます。なお…。」
ロケットの説明音声が聞こえる。座席に押し付けられる感覚。私の体は、おとなしくロケットの中に収まっている。正面には丸みを帯びた厚いガラスがあり、その上部にガス噴射スイッチがあった。
ついに何もできなかった。
死ぬ。死ぬのか。
覚悟は決まっていないが、諦めもついた感じがした。胸の痛みもない。
そうして私は、体を起こして、窓を覗く。そこには、白い雲、広い海、遠ざかる緑があった。それは、私が望んでいた景色。地球で想像していた何倍も…綺麗。そんな陳腐な言葉でしか言い表せないことに、ため息が出そうなほど、美しい光景だった。ただ、頭の中で処理できるほどの物なんかじゃない、適した言葉があるような物じゃないことだけは分かった気がしている。
「なんて綺麗なんだ。」
そう呟いた。
そうこうしているうちに、重力がなくなっていく感覚を覚えた。そろそろ、大気圏を突き抜け、宇宙だ。
そうしてロケットは、重力の縛りを抜け、漂い始める。そこは、私の知っている宇宙とは少し違っていた。
丸くて美しい地球。眩しく光る太陽。より一層幻想的な月。ここまでは、私も知ってる、美しい世界である。
だが、その世界にある異物が群れをなしていた。そう、ロケットが大量に漂っていたのだ。
ロケットは、地球に輪を作るように浮かんでいる。まとわりつくように無数にあるせいで、宇宙の神秘が穢されてしまっていたのだ。
せっかくここまで来たのに、こんな終わり方なのか…。空気の読めない残骸たちを前に、少し落胆はしていた。けれど、恐怖の感情はない。それほどまでに、宇宙の漆黒は私の心掴んで離さないでいてくれているのだ。
日本は自転の影響で、地球の輪郭ギリギリの場所に位置していた。改めて、かつて地球で見ていた光景が思い出される。私は、神秘的な死を遂げることができるのだ。
母さん、父さん、上司に同僚、大勢の人が羨むようにこちらを眺めている気がする。そう思うことで、また何倍も満たされていく。人間関係という縛りから、抜け出せてよかった。心の底から思った。
しばらく、こうして地球を見ながら黄昏れよう。誰にも邪魔されず余生を過ごしてやるんだ。そう思った瞬間、自動音声が大音量で鳴り響いた。
「ガス自動噴射装置作動まで、残り百秒。残り百秒。」
は?自動噴射装置??聞き慣れない単語に、脳の処理が少し鈍る。
え?2分もないうちに私は死ぬ?
そう理解した時、全身の毛穴から冷や汗が溢れる。と同時に、胸を針で貫かれたような痛みに襲われた。
「…っうぅぅ」
言葉にならない声が口から溢れる。どうしようもなく痛い。私は悟った。もうこの痛みから逃れられることはないだろうと。
だが、それでも私はまだ生きていたかった。余力を使って、何かできないか辺りを見渡す。そうだ!ガスの発射口を塞いでしまえばいいんだ。
そう思ってロケットの装甲にパイプがないかくまなく探す。が、穴が複数あり、塞ぐことは不可能だった。
「クソッ!」
「残り六十秒。」
自動音声が、煽るように間の抜けた声を船内にこだまさせる。
いや、まだだ。他のロケットを見れば、何か分かるかもしれない。私は再び窓の外を覗く。すると、私の目に死角から何かが飛び込んできた。
白身がかっていて、少し丸みを帯びている。そして、先端になるにつれ尖っていく。間違いない、《ほしくず》のロケットだ。
だが、私の知っているロケットではない。窓は割れていて、装甲はめくれている。そして、中に人はいなかった。
そんなボロボロな機体が私の目に映る。隕石にでもぶつかったのだろうか。もしくは、ロケット同士で…。私は身震いする。見れば、バラバラになった部品が、地球の引力に吸い込まれ、発火していきながら落下していく。目を凝らすと、細かい部品は無数にあり、ロケットの機体の数を優に超えていた。
その悲惨なロケットを見て、私は震えが止まらなくなっていた。もしかして、私もああなってしまうのか?バラバラになって、宇宙を漂うのか?また地球に引き戻されるのか?それとも、このロケットの墓場の中に居続けるのか?
そんなのは嫌だ!
私は座席から立とうとする。が、私が暴れそうと判断されたのか、ベルトの固定が強固で外れない。
「ああもう!」
「残り三十秒。」
ああ、ダメだ。もう時間はない。こんなことなら、説明音声をしっかり聞いておくべきだった。そう後悔する。だがもう、全てが遅過ぎていた。
そもそも、ロケットに乗ってしまった時点で救いなどはない。私は自分で決断してしまったのだ。ここで死ぬと、そう決めてしまったのだ。そんなこと、分かっていたはずなのに。結局私は、死ぬのが怖いただの人に…。
そこまで思って、私は胸の痛みで呼吸がままならなくなってきた。心臓の位置をアピールするかのような、いやらしい痛みであった。
いや、違う。
始めから死ぬのは怖かったんだ。そんな事に気づくまでに、馬鹿みたいに時間をかけてしまった。
自分から目を逸らして、死から目を逸らして。肝心なところで答えを出せない。こんな自分なんか、望んでなかった。でも、全部私が蒔いた種だ。全部、全部、私のせいなの…?
私の問いは、十秒で考えられるほど易しくはなかった。
自分に思い聞かせるように、深く溜息をついた。もっと自分を知れたら、答えが出せたのだろうか。私の大粒の涙が、宙に浮いていた。
最期に、宇宙に答えを尋ねてみる。
「私は…今までずーっと…何がしたかったんだ…?」
「三、二、一。作動」
プシュ———
答えは、返ってこなかった。
「続いてのニュースです。プロジェクト《ほしくず》の総参加者が、十万人にまで昇りました。
その影響により、ロケットの機体や部品が地球の周りを漂い、まるで土星の輪のような状態になっており、ここ日本からでも、輪が見えるようになってしまいました。
その結果陽の光が減少し、植物の成長が遅く、作物などが収穫しにくくなるという問題が発生しました。
この事態に専門家らは———。」
「おいおい、誰だよテレビ付けっぱなしにしたやつ!」
乱暴にそう言って、男がテレビを消す。
「俺じゃないですよ」
小柄な男が答える。
「というか、十万って凄いっすね、先輩」
「まあな、俺らがこの仕事に就いて、なかなかの数の人間を打ち上げたからな」
二人は会話を交わしながら、所々黒いシミがついた作業着に着替えていた。
「先輩、今日って打ち上げの予定ありましたっけ?」
「今日は一人予約があるな」
「面倒ですね」
「いちいちうるせえなあ、そんなに嫌ならメール書くとこに移動しろよ」
「え〜、いやあそこはあそこでキツいらしいですよ」
「ったく、クソうるせーのを追い出せると思ったのに」
そう会話を交わしながら、男達は何やら準備をしている。
「あー、麻酔がなくなってきたな。お前、ちょっと貰ってきてくれ」
「え〜、またですか。そもそも、なんで麻酔なんて使ってるんですか。他の発射場所の人達は持ってなかったっすよ」
「いいんだよ、どうせ死人になるんだから」
「先輩、だんだん本部寄りの考えになってきましたね」
「まあ、結局知らん奴の命なんてそんなもんだろ。んーよしっ、お前は準備できたか」
「大丈夫です」
「よし、これが終わったらどっか飯行くぞ」
そうして男達は、笑顔で参加者を迎える。もう何度繰り返しただろうか。
彼らは別に、この仕事を特別だと思っていないし、この仕事を愛しているわけでもない。だが、彼らはこの仕事に今日も勤める。それが彼らの、「死なない為の生きる術」だからだ。
だから、続けるのだ。そんな日常はもう、彼らにとって普通で、当たり前で。他の役員もそう、みんな。もう答えなんて、出せそうも無くて。そのうち、答えを考えることに飽きて。そうして、いつも通り、打ち上げの準備をするのだ。
ほしくずの中を泳ぎたい 完
あとがき
『ほしくずの中を泳ぎたい』は、私が少し鬱気味だった2024年12月頃に構想を練っていた作品です。私はこの年の夏頃に漫画を読み漁る趣味ができたので、ひたすら色々な作品に触れ続けていました。そんな中私は、趣味に没頭するあまり、しなければならない事に使う時間に縛られて趣味に時間を使えないことに苛立ちを感じ始め、なんとなく前向きに生きていけなかったのでしょう、したい事ができない辛さについて、悩む様になってしまったのです。そして、いつしか私は心にぽっかりと穴が空いて、「死」について考える様になりました。死んだらどうなるのだろう、もしかして今すぐにでも死ぬ事ができるんじゃないか、そんな事をグルグル悩んでいました。しかし、そんな時ふと「こうやって悩んでいるのは死が怖い何よりの証拠ではないか」と思い至りました。だって、すぐ死ぬ事が出来るのに、人生は死ぬまでの暇つぶしだと思えるのに、それでも生にしがみついているのは、死ぬ事を拒んでいるからじゃないか。これが、この作品を作るきっかけになったと思います。これはそんな「死にたいと思いながら生きる」私をテーマに書いた作品だな、と思います。そんな矛盾を抱えた私をなんとか表現してみたくて『ほしくずの中を泳ぎたい』を執筆しました。余談ですが、オチを原案の時から変えているので、思ったより鬱っぽい展開になってしまいました。多くの人に届けば、何よりです。この小説によって、創作に対して興味を持ち始めて、今でも小説を考える日々です。そして漫画に次いだ、新しい私の趣味にもなりました。今では、私の心の穴を少し満たしてくれる、心の支えです。もちろん、私の生死観は変わっていませんが。しかし、もう「死」について悩む事は無くなりました。私はこれからも、創作を続けて生きていこうと思います。




