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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第6章「パン屋①」

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カリーナは気づかない

 昼の光が、通りをまっすぐに照らしている。


 ひだまり商店街は、すっかり日中の顔になっていた。


 人の流れは途切れない。


 店先には、にぎやかなやりとりが生まれている。


 声。


 笑い。


 足音。


 それらが重なりながら、町のリズムをつくっている。


 ひだまり雑貨店の中にも、その流れがやわらかく届いていた。


 カリーナは、カウンターの前で小さな箱を整えている。


 動きは軽やかで、どこか弾むよう。


 鼻歌が、明るく空気に広がる。


 モチオは、作業台の前にいる。


 手を動かしている。


 整えて、触れて、少し引く。


 その流れは変わらない。


 でも――


 意識は、さっきまでの外の景色をまだ持っている。


 パン屋。


 揃いすぎた棚。


 止まらない人の流れ。


 そのすべてが、頭の中で静かにつながっている。


 モチオは、ふと顔を上げる。


 通りのほうを見る。


 パン屋が見える。


 人が通る。


 やはり、止まらない。


 その様子を、モチオは静かに見つめる。


 そのとき――


 カリーナが、ふとモチオの視線に気づく。


「どうしたの?」


 軽い声。


 モチオは、少しだけ間を置く。


 それから、通りのほうを示す。


「……あそこ」


 短く言う。


 カリーナは、同じ方向を見る。


 パン屋。


「パン屋さん?」


 モチオは、小さくうなずく。


「……人、少ないです」


 カリーナは、少しだけ目を細める。


 通りを見る。


 パン屋の前を見る。


 人が通る。


 確かに、立ち止まる人は少ない。


 でも――


 カリーナは、すぐに肩をすくめる。


「時間じゃない?」


 軽く言う。


「お昼前だし、みんなまだお腹すいてないとか」


 自然な説明。


 モチオは、その言葉を受け取る。


 間違いではない。


 でも――


 それだけではない気がする。


 モチオは、少しだけ考える。


「……でも」


 言葉が続く。


 揃いすぎていること。


 止まらない流れ。


 その関係。


 でも――


 うまく言えない。


 カリーナは、モチオを見る。


「でも?」


 楽しそうに促す。


 モチオは、ほんの少しだけ視線を落とす。


 言葉を探す。


 でも、まだ形にならない。


「……なんでもないです」


 小さく言う。


 カリーナは、一瞬だけ不思議そうな顔をする。


 でも、すぐに笑う。


「そっか」


 それだけ。


 深く追わない。


 そのまま、また箱を整え始める。


 鼻歌も、すぐに戻る。


 軽やかで、変わらないリズム。


 モチオは、その様子を見る。


 カリーナは、いつも通りだ。


 特に気にしていない。


 違和感も、感じていない。


 それが、自然だった。


 モチオは、もう一度通りを見る。


 パン屋。


 同じ光景。


 人が通る。


 止まらない。


 モチオは、その違いを改めて感じる。


(……見えているものが違う)


 同じ場所にいる。


 同じものを見ている。


 でも、受け取っているものが違う。


 モチオは、その感覚をそのまま受け入れる。


 どちらが正しい、ではない。


 ただ、違う。


 それだけ。


 モチオは、ゆっくりと息を吐く。


 そして、考える。


 伝えるかどうか。


 さっきの気づき。


 揃いすぎている棚。


 その影響。


 でも――


 モチオは、小さく首を振る。


 まだ、いい。


 今は、まだ言わない。


 言葉にするには、少し早い。


 もう少し、確かめたい。


 モチオは、作業台に視線を戻す。


 手を動かす。


 整えて、触れて、少し引く。


 その流れに戻る。


 でも、意識の奥では、考え続けている。


 どうすればいいのか。


 何ができるのか。


 カリーナの鼻歌が、やわらかく響く。


 その音が、空気を軽くする。


 モチオは、その中にいる。


 安心する。


 この場所は、変わらない。


 でも――


 その外で、小さなズレが起きている。


 モチオは、それを知っている。


 そのことが、少しだけ重みを持つ。


 でも、不安ではない。


 むしろ、静かな準備のような感覚。


 モチオは、ふと顔を上げる。


 もう一度、パン屋を見る。


 変わらない光景。


 でも、さっきよりも、少しだけはっきり見える。


 モチオは、ほんの少しだけうなずく。


 小さく。


(……もう少し)


 そう思う。


 もう少し見て。


 もう少し確かめて。


 それから、動く。


 モチオは、また手を動かす。


 いつもの作業。


 いつもの流れ。


 その中で、ひとつだけ違うものがある。


 “気づいている”ということ。


 それは、まだ小さい。


 でも、確かにそこにある。


 店の中は、変わらず穏やかだった。


 カリーナの鼻歌。


 やわらかな光。


 整えられた空気。


 そのすべてが、やさしく続いている。


 そして――


 その外で、小さな問題が、

 まだ誰にも知られないまま、静かに広がっていた。

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