第8話:フェーズ2 モード2、マイクロプロット、見透かされたフェティシズム
「さあ、全体像は見えたね。次はマニュアルの次のステップ、この骨格を具体的なシーンに分割していくよ」
結衣先輩の言葉に、僕は強く頷いた。
マニュアルをスクロールし、『モード2:マイクロ・オーガナイザー(章・話の分割屋)』のプロンプトをコピーする。
マクロプロットを具体的なシーン単位に分割し、解像度を上げていく作業だ。
取り掛かるのは、劇中劇の『第2章』。喧嘩別れした息子を亡くした母親に対し、エルムが魔法を使うシーン。
僕は思い描く情景をキーボードに叩きつけていく。
『魔法で現れた息子の幻影を見て、母親はその場に泣き崩れます。「ごめんなさい」とひたすら謝る彼女を、エルムは少し離れた場所から、ただ静かに見守ります』
ターンッ。
これでよし。見習いとはいえ魔法使いらしく、死の重みを理解しているからこその「静かな傍観者」という立ち位置。クールでかっこいいじゃないか。
だが、数秒後に返ってきたAIのレスポンスは、僕の安易な描写を鋭く切り裂いた。
『エルムは、本当に単なる傍観者でいられるでしょうか?』
「え……?」
『母親の深い後悔に触れた時、エルム自身も共感し、涙を流してしまう展開はいかがでしょうか。そしてその直後、自室に戻ったエルムが、耐えきれずに自分自身のために祖父の魔法を使ってしまう――他者を救っているようで、実は彼自身が一番救い(依存)を求めているという感情のリンクを描くことで、彼の痛切な矛盾がより際立ちます』
――ドクンッ。
心臓が、大きく跳ねた。
マウスを握る手に、じわりと嫌な汗が滲む。
他者を救うフリをして、本当は自分が一番救われたい。
誰よりも死の重みを語りながら、誰よりも死者に縋り付いている。
なんだよ、それ。
めちゃくちゃ……めちゃくちゃ、エモいじゃないか。
僕は息を呑んだ。
傍観者でいるクールな主人公なんて、ただの表面的なカッコつけだ。僕が心の奥底で本当に求めていたのは、強がっている青年の泥臭くて痛切な「矛盾」のほうだった。
自分でも言語化できていなかった、ドロドロとしたフェティシズム。
それを、このAIは僕のたった数行の入力から完璧に見透かし、最高の文脈で提示してきた。
背筋を、ゾクゾクとするような知的な官能が駆け上がる。
このAI、僕の脳内を直接覗き込んでいるのか……?
「……っ、採用。絶対に採用です、これ!」
僕は乾いた唇を舐め、夢中でキーボードを叩き始めた。
エルムの涙。暗い自室。すがるように写真立てを握る震える手。
次々と溢れ出してくる情景を、取り憑かれたように画面にぶつけていく。
カタカタカタカタカタ……ッ!
自分の打鍵音が、こんなにも熱を帯びて聞こえるのは初めてだった。
ふと、視線を感じて顔を上げる。
モニターの横で、結衣先輩が僕を見ていた。
いつもの、からかうような、余裕たっぷりの美人な先輩の顔じゃない。
まばたきすら忘れ、僕の打ち込む文字を一つ一つ吟味するような――鋭く、深く、射抜くような「プロ」の顔。
その真剣な眼差しに、僕は一瞬だけタイピングの手を止めそうになったけれど。
すぐにまた、自分の中の物語の世界へと没入していった。




