第2話:現代の魔法と、魂のツギハギ
共有ディスプレイに映し出された文字列を二度見、いや三度見する。
『AI』。その無機質な二文字が、僕の脳内でけたたましい危険信号を鳴らした。
「……先輩、これって」
僕は眉間にシワを寄せ、見事な八の字を作りながら結衣先輩をジト目で睨みつける。
「AIって、あのAIですか? 自動で文章を生成する……」
「そうだよ。このマニュアル通りに進めれば、誰でも簡単に――」
「嫌です。絶対に嫌です!」
食い気味に、しかも全力で首を横に振る。
僕にとって、小説は聖域だ。
それを、過去のデータを切り貼りしただけのツギハギで汚すなんて、小説家への冒涜でしかない。
「いいですか先輩! 小説っていうのは、作者の魂を削って生み出される血の結晶なんです! たとえば僕の推し小説の第三章を思い出してください!」
ついヒートアップして、身振りを交えながら早口でまくしたててしまう。
「主人公のノアが、雨の中でヒロインに傘を差し出すシーン! あそこでノアは『泣いているのか』なんて野暮なことは絶対に聞かないんです! 『雨音がうるさくて、君の声が聞こえない』って……! この一行に込められた不器用な優しさと、言葉と言葉の間に滲む凄まじい熱量! あれは、作者が身を削って捻り出した魂の叫びなんですよ! AIの計算式なんかで、あの神聖な行間が作れるわけないじゃないですか!」
ハァ、ハァと息を切らす。
語りすぎた。でも後悔はない。
「…………っ」
結衣先輩の様子がおかしい。
いつもなら「ふふっ」と大人な余裕で笑い飛ばすはずの彼女が、なぜか言葉を詰まらせている。
それどころか、色白の頬がほんのりと桜色に染まり、スッと気まずそうに視線を泳がせて明後日の方向を向いてしまった。
……ん?
なんだろう、今のリアクション。
僕のあまりのオタク特有の早口に引いてしまったのだろうか。
「こ、コホン」
結衣先輩は小さく咳払いをすると、すぐにいつもの涼しげな表情を取り戻した。
「……颯太くんの熱い想いはよく分かったよ。でもね、誤解しないでほしいな」
先輩はマウスを操作し、PDFの画面をスッとスクロールさせる。
「これはね、AIに『代わりに書かせる』ための道具じゃない。君の頭の中にあるものを『抽出』するための、現代の魔法なんだよ」
「抽出……魔法?」
「そう」
結衣先輩は壁に掛けられた時計を指差した。
時刻は午前八時十分を回ったところ。
「一限が始まるまで、あと五十分。……颯太くんのその偏見が正しいかどうか、実験してみる時間は十分にあるよ」




