第18話:小説生成家の矜持と、エンドマークの先へ
「ゼロから物語を生み出す『小説家』って、本当にすごい生き物なんだよ」
結衣先輩の静かな声が、朝の研究室に響く。
「AIに任せてみて分かったでしょ? ゼロから構成を練って、言葉を紡ぎ出す凄さと、その途方もない大変さが。……だから私は、自分を『小説家』とは名乗らない。あえて名乗るなら、『小説生成家』かな」
「小説生成家……」
「うん。偉大な創作者への最大のリスペクト。そして……だからこそ、他人の著作物を無断で学習させるようなことは絶対にしてはいけない。それは、私たちが一番尊敬している相手の魂を、土足で踏みにじる行為だから」
先輩の言葉は、深く、静かに僕の胸に落ちた。
AIは魔法のツールだ。でも、その根底には人間へのリスペクトと倫理がなければならない。
「……なんか、颯太くんの熱量を見てたら、私も久しぶりに小説を更新したくなっちゃったな」
ふっと、先輩の纏っていた空気が緩み、いつもの柔らかい、からかい上手の笑顔に戻った。
「えっ」
僕は思わず身を乗り出した。
「そういえば、先輩ってどんな小説を書いてるんですか!? 読んでみたいです、URL教えてください!」
僕が無邪気にそうまくしたてると、結衣先輩はくすっと笑って、自分のモニターを僕の方へ向けた。
「もう読んでるよ」
「……へ?」
画面に映し出されていたのは、小説投稿サイトの画面。
でも、読者用の公開ページじゃない。PV数や『執筆する』というボタンが並ぶ、作者専用のダッシュボード(管理画面)だった。
そして、そこに表示されている作品タイトルは――。
僕が毎朝、血眼になって更新をチェックしている、あの推し小説だった。
「えっ……。ええええええええっ!?」
「あはは、驚きすぎ」
「う、嘘でしょ!? 先輩が、あの神作者!? だ、だって、あんな神がかった行間が……っ!」
「だから言ったじゃない。この暗室を使って、自分の魂を削り出したんだって」
結衣先輩は悪戯っぽくウインクをした。
「ちゃんと、あらすじの欄に『生成AIを用いて執筆しています』って書いてあるんだけど……気づかなかったんだね」
「よ、読んでません! 更新された最新話の本文しか目に入ってなかったので!」
限界オタク特有の盲目さを露呈して弁解すると、先輩は「あちゃー」と苦笑いした。
「一番下に書いたのがまずかったかな……。誤解されないように、今日から一番上に書き直しておこっと」
カタカタとキーを叩き、本当にあらすじを修正していく先輩。
僕は口をパクパクさせながら、これまでの先輩の言葉のすべてに「作者本人」としての裏付けがあったことに気づき、頭の中がショートしそうになっていた。
……いや、待てよ。
驚愕の波が引いていくと同時に、僕の中で別の、もっと切実な感情がマグマのように噴出した。
僕はバンッ!と机に両手をつき、先輩に詰め寄る。
「ちょっと待って! じゃあなんで、三十日間も更新してくれなかったんですか!? こっちは毎朝、干からびる思いで待ってたのに!」
僕の猛烈なツッコミに対し、神作者である結衣先輩は、ぺろっと舌を出して笑った。
「あはは、ごめんごめん。ちょっとソシャゲのイベント周回にハマっちゃってさー」
「……は?」
「いやあ、今回のガチャ、推しが全然引けなくて……」
「ふざけんなぁぁぁっ! 僕の三十日間の絶望と感動を返せえええっ!」
――キーン、コーン、カーン、コーン。
僕の叫び声と、結衣先輩の楽しそうな笑い声が、朝の静寂に溶けていく。
一限を知らせるチャイムが鳴り響いても、僕たちの魔法の時間が終わることはなかった。
「ほら颯太くん、文句言ってないで。次は何を書くの?」
「……書きますよ! 先輩より早く、世界中が熱狂する神作を!」
カタカタカタ……ッ、ターン!
カタカタカタカタ……ッ。
朝日が差し込むピカピカの研究室に、二つのタイピング音が、再び心地よく重なり合う。
情報の海を漂うだけだった僕は、こうして最高の相棒と共に、果てしない物語の世界へと船を出した。
【了】




