第15話:EXモード、魂の現像とエンドマーク
マニュアルの最後のページ。
そこには『EXモード:ビジュアル・コンセプトアーティスト』と記されていた。
「文章で完璧な骨肉を作った。あとはそこに『顔』を与えて、魂を定着させるの」
結衣先輩の言葉に促され、プロンプトを起動する。
僕たちの最新の企画書を読み込んだAIは、すぐさま『幻想的な水彩画風』というアートスタイルを提案してきた。さらに、奇妙な制約を自ら提示してくる。
『【制約事項】:人物を描写する際、顔に「目」は描かない(faceless)こと』
「……目を描かない?」
僕は首を傾げた。キャラクターのイラストなのに、目を描かないなんてあり得るのか。
けれど、少し考えてハッとした。言葉を発しない死者。沈黙の魔法。そのテーマと「目がない」という空白の表情が、恐ろしいほど奇妙に符合しているのだ。
「……分かりました。それでいきましょう」
僕は同意し、視覚化したいシーンを指定する。もちろん、第一章のクライマックス。あの薄暗い書斎で、エルムが祖父の幻影と対面する場面だ。
数秒後、最初の一枚が生成された。
「うーん……綺麗なんですけど、少し絵本っぽすぎるというか。それに、エルムが幼すぎます」
僕は一切の妥協を許さず、首を横に振った。完成したばかりの第一章の本文テキストを丸ごとAIに読み込ませる。
『もっと大人びた、泥のような痛みを抱えた青年の雰囲気で。重い影と、冷たい月明かりをお願いします』
作者としての解釈を真っ向からぶつけ、再生成のエンターキーを叩く。
ロードのアイコンがくるくると回り――やがて、一枚の絵が暗い画面にふわりと浮かび上がった。
「あっ……」
息が、完全に止まった。
月明かりと埃が舞う、古びた書斎。淡い光の粒子で構成された、透き通るような祖父の背中。そして、床に膝をつき、縋るように彼を見上げる青年の姿。
指定通り、彼らの顔に「目」は描かれていない。
けれど。
目が合っていないはずなのに、痛切なほどの視線を感じる。
触れられないはずなのに、その絵から確かな体温と、張り裂けそうなほどの万感の思いが伝わってくる。
ドクン、と。胸の奥で何かが強く弾けた。
エルムが、オーウェンが、そこにいる。
僕の内面から生まれ、AIという鏡を通して研磨し、育て上げた彼らが。文字通りの意味で、そこに「生きて」いた。
素人の自分が小説を書くなんて恥ずかしいとか、誰かに読まれるのが怖いとか、そんなちっぽけな自意識は、完全に消え去っていた。
この、魂を持った美しい世界を、僕の手で最後まで作り上げ、誰かに届けなければならない。
――キーン、コーン、カーン、コーン。
ふと、窓の外からお昼休みのチャイムが鳴り響いた。
遠くで学生たちのざわめきが聞こえ始める。それは、僕と結衣先輩だけの静寂だった「魔法の時間」の終わりを告げる音だった。
僕は一つ息を吐き、姿勢を正す。
そしてただ静かに、確かな誇りを持って、キーボードを叩いた。
文章の末尾に、【第1章・了】と打ち込む。
ターンッ!
画面に輝くその三文字を見つめながら、僕は静かに夢想する。
(……あの推し作者も、こんな風に、産みの苦しみと歓喜をたった一人で味わってきたのかな)
ブラウザの更新ボタンを連打して、ただ口を開けて待っているだけの僕は、もうどこにもいない。
僕は情報の海を漂う屍から、一つの世界を背負う「創作者」へと、完全に生まれ変わっていた。
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【研究室の共有ディスプレイに表示されたイメージ図】




