第12話:フェーズ3 モード3、アンチ・エモーション、行間の魔法
「じゃあ、マニュアルの次のページ、『モード3:コ・ライター(共作・潤色役)』を開いて」
結衣先輩の指示に従い、新しいプロンプトをコピーする。
そこには、これまでになく厳しい制約事項が記されていた。
『【アンチ・エモーション・ルール】:悲しい、辛いといった直接的な感情単語は原則として削ぎ落とし、キャラクターの仕草や情景描写によって読者に感情を推測させる「行間」を生み出してください』
「……感情を伝えたいのに、感情を書いちゃダメなんですか?」
僕は首を傾げた。さっき僕が書いた初稿の唯一のウリは、まさにその「感情の熱量」だったはずなのに。
「そうだよ」
先輩は、いたずらっぽくウインクをした。
「颯太くんの推し小説を思い出してみて。主人公のノアが、雨の中でヒロインに傘を差し出す名シーン。あそこでノアは『僕は悲しい』とか『君が可哀想だ』なんて、一言でも言ってた?」
「あ……っ」
雷に打たれたように、僕の脳裏にあの神聖なページが蘇る。
ノアはただ、『雨音がうるさくて、君の声が聞こえない』とだけ言ったのだ。
「感情は、作者が読者に『説明』するものじゃないの。読者自身が、描写の隙間……つまり『行間』から発見して、初めて心を揺さぶられるものなんだよ」
……なんてこった。
僕は完全に打ちのめされた。僕が「神の行間」だと崇めていたものの正体は、才能という魔法なんかじゃなく、この計算し尽くされた『削ぎ落としの美学』だったのか。
僕は震える指で、さっきの初稿をAIに入力し、ターンッ!と勢いよくエンターキーを叩いた。
どんな神がかった文章が出てくるのかと息を呑んで待つ。
しかし、AIは即座に完成品を出してはこなかった。
代わりに、画面にはこんな問いかけが表示された。
『原稿の熱量は素晴らしいです。潤色するにあたり、このシーンで強調したいのは【A案:祖父を失った悲しみの深さ】ですか、それとも【B案:何もできなかった後悔の強さ】ですか?』
「えっ……いきなり書いてくれるわけじゃないんだ」
「コ・ライター(共作者)だからね。作者の本当の意図を汲み取るために、まずは『すり合わせ』をしてくれるの」
A案か、B案か。
僕は画面を見つめ、自分の中の「エルム」という少年の魂に問いかけた。
……いや、どちらも少し違う。
僕はキーボードに両手を乗せ、自分の中の解釈をぶつけるようにタイピングを始めた。
『あなたの案から、自分の思い描く情景が整理できました。別案――C案でお願いします。エルムは「自分は死をちゃんと重く受け止めている」と本気で思い込んでいます。その上での、魔法への無自覚な依存の描写にしたいです』
打ち込んだ瞬間、視界がクリアになるのを感じた。
すごい。AIを「鏡」にして壁打ちすることで、自分が本当に描きたかったテーマが、ハッキリと輪郭を持って浮かび上がってくる。
「いいね。作者としての解釈が、バッチリ定まったね」
結衣先輩が、隣で嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、いよいよAIの『現像』を見てみようか」




