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物語を読みたいなら、自分で作ればいいじゃないですか 〜理系院生、美人先輩と現代の魔法――人工知能で神作を生み出す〜  作者: エティルク・ラ・ハオン/Etilk.Ra.Haon
第1部:チュートリアル物語

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第11話:フェーズ3 モード2、メソッド・アクター、感情の嘔吐

 文体は決まった。これでいつでも書き出せる。

 ……はずなのに、キーボードの上に置いた僕の指は、ピクリとも動かなかった。

 

 頭の中には「葬儀の雨」や「祖父の死」という情景がちゃんとある。でも、それをどういう言葉で始めればいいのか。いざ「ゼロから文章を生み出す」となると、とてつもない重力が指先にのしかかるのだ。

 

「やっぱり、最初の一文って一番重いよね」


 僕の硬直を見透かしたように、結衣先輩が言った。

 

「大丈夫。初稿ゼロドラフトの叩き台もAIに任せればいいんだよ。マニュアルの『モード2:メソッド・アクター(一人称視点の初稿執筆役)』を開いて」

 

 言われるがままにプロンプトを起動し、さっき作った第一章のマイクロプロットを読み込ませる。

 すると、画面にスルスルと文章が紡ぎ出されていった。

 

『止まない雨の音を聞きながら、僕はただぼんやりと、黒い棺を見つめていた――』

 

「おお……!」

 

 す、すごい。完全に小説になってる。さっき指定した「等身大な青年のトーン」が完璧に守られていて、控えめに言って感動だ。

 でも、読み進めていくうちに、少しだけ引っかかる部分があった。

 

「……先輩。これ、文章は綺麗なんですけど、僕の解釈と少し違います。エルムは最初から泣いてるんじゃなくて、神父の言葉を聞いて、祖父が三つの墓石を磨いていた孤独な背中を思い出し、そこで初めて嗚咽する展開にしたいんです」


「いいね、作者のこだわりだ。じゃあ、それをそのままAIにぶつけて直してもらおう」

 

 僕はAIにフィードバックを投げる。

 すぐに再出力された原稿は、僕の解釈にピタリと合致していた。よし、これならいける。僕は満足して、最後に自分の手で少しだけ微修正を加え、第一章の初稿を完成させた。

 

 作業が一段落したところで、ふとマニュアルの次のページが気になった。

 

「先輩。この『モード2’:カメラ・ディレクター』って何ですか? 三人称視点用……? スタイル・チューナーで文体は整えてるんだから、プロンプトをわざわざ分ける必要ってあります?」

 

「それはね、AIに複数の要素を盛り込むと混乱しちゃうからだよ」


 結衣先輩は人差し指を立てて解説モードに入る。

 

「それに、一人称と三人称では描写のルールが根本的に違うの。一人称は『僕』の五感でしか世界を語れない制限された視点。対して三人称は、カメラのように客観的な視点。それを同じプロンプトで処理させようとすると、AIの出力がブレやすくなるんだよね」

 

 なるほど。AIの性質と小説の構造、両方を計算し尽くしたマニュアルなのか。

 改めて、このマニュアルの完成度の高さに舌を巻く。

 

 僕はホクホク顔で、自分が手を入れたばかりの完成原稿を読み返した。

 

「…………あれ?」

 

 二度、三度と読み直す。

 さっきまでの高揚感が、スーッと潮が引くように消えていくのを感じた。

 

『おじいちゃんが一人で三つの墓を磨いていたことを思い出した。おじいちゃんもずっと寂しくて辛かったんだと気づいて、すごく悲しかった。僕は涙が止まらなくて、大声で泣いた』

 

 ……痛い。

 AIが書いた端正で透明感のある文章の中で、僕が手直しで書き加えた「悲しかった」「辛かった」という直接的な感情表現の部分だけが、まるでクレヨンで殴り書きした落書きのように、ひどく稚拙に浮き上がっている。

 

 どうすれば、プロの作家みたいに、この感情を自然に文章に溶け込ませることができるんだ……。

 

 あまりの落差に愕然として肩を落とす僕を見て、結衣先輩が少しだけ視線を伏せた。

 

「……分かるよ。自分の手が入った部分だけが安っぽく見えちゃう絶望感」


「先輩……」


「実はね、私もデビューした後、自分の感情をどう文章に表現すればいいのか分からなくなって、苦しんだ時期があるの。このマニュアルは、そんな『書けなくなった私自身』を救うために作ったものでもあるんだ」

 

「えっ……先輩、デビュー、してるんですか?」

 

 思わず身を乗り出した。プロの作家だったなんて初耳だ。

 けれど、彼女の横顔に浮かんでいたのは、華やかなプロの余裕ではなく、暗闇でもがいていたような切実な「痛み」だった。

 

(先輩も、今の僕みたいに自分の文章に絶望して、苦しんでいた時期があったのか……?)

 

 そう思った瞬間、自分の拙さを恥じて落ち込んでいる暇なんてない、という思いが腹の底から湧き上がってきた。

 僕はギュッとマウスを握りしめ、先輩を真っ直ぐに見つめ返す。

 

「……先輩。先輩のその痛みを越えるために、僕のこの稚拙な文章をどう磨けばいいか、教えてください」

 

 ただの読者としての甘えは、もうない。

 僕の真っ直ぐな言葉に、結衣先輩は少し驚いたように目を丸くし、それから、今までで一番柔らかい微笑みを浮かべた。

 

「……分かった。じゃあ、最高の『魔法』をかけようか」

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