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メモリー・リコンストラクター 〜後悔修復の世界で〜  作者: 空腹原夢路


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【第2話】はじめての修復

光が収まると、そこは別の時代だった。


見覚えのある商店街。アスファルトの道に、古びたシャッターが並んでいる。電柱には色褪せたイベントのポスターが貼られていて、どこかの家からテレビの音が漏れてきた。


平成の、懐かしい風景。


そして、目の前に立つ小さな店。


「まるや」


看板を見上げて、俺は立ち尽くした。


駄菓子屋。俺が小学生の頃、毎日のように通った場所。お小遣いで駄菓子を買い、店先のベンチで食べるのが日課だった。


スーパーボールや小さい玩具が壁に吊るされ、棚には色とりどりの駄菓子が陳列されている。入口付近の冷蔵ケースの中には、懐かしいアイスが並んでいた。


もう何年も前に閉店していたはずだ。確かおばあちゃんが亡くなって、店を継ぐ人がいなくて。


それが今、目の前にある。あの頃のまま、少しも変わらない姿で。


「懐かしい……」


無意識に足が動いた。引き戸を開けようとして、ふと自分の手が目に入る。


小さい。


俺の手が、子供の手になっていた。


「え……?」


慌てて体を見下ろす。半ズボン、白いTシャツ、ランドセルを背負っている。身長も低い。


小学生だ。俺が、小学生になっている。


だけど、意識は今のままだ。大人の俺が、子供の体に入っている。


自分の喉から声が勝手に発せられた。


「えっと……これと、これください」


聞き覚えのある声。幼くて、頼りない声。


当時の俺だ。


小学三年生の頃の、俺。


「あら、元気くん。今日は何がいいの?」


カウンターの向こうには、優しげなおばあちゃんがいた。白髪で丸眼鏡、少し腰が曲がっている。


「うまい棒と、ガムと……このグミも」


小さな俺が、ガラスケースを指差す。おばあちゃんは「はいはい」と微笑みながら、商品を袋に入れていく。


「ぜんぶで70円ね」


小さな俺が、百円玉を差し出す。


「はい、おつり30円ね」


おばあちゃんが小銭を数えて、渡そうとする。

そういえば、当時は駄菓子屋のほとんどが内税で端数とかなかったなと思いながら、俺は見ていた。おばあちゃんの手元を。


40円。


明らかに、10円多い。


小さな俺も気づいている。一瞬、手が止まったのがわかった。だけど、何も言わない。黙ってお釣りを受け取って、「ありがとうございます」と小さく言って、俺の意思とは反して店を出ようとする。


(そうだ、これだ)


これはあの時の記憶だ。


10円多くもらったことに気づいていながら、返さなかった。心のどこかで「ラッキー」と思いながら帰って、でもあとになってずっと胸に引っかかっていた。おばあちゃんはその数年後に亡くなった。謝る機会は、永遠に失われた。


それが、俺が覚えている最初の「後悔」だった。


視界の端に、ホログラムが浮かんだ。


《ステージ:駄菓子屋のお釣り》

《目標:過去の自分を導き、後悔を解消してください》

《方法:あなたの声は、過去の自分の「心の声」として届きます》


心の声。


小さな俺は、今まさに店を出ようとしている。あと数秒で、チャンスは失われる。


「待て」


小さな俺の足が、止まった。


「……え?」


きょろきょろと周りを見回す。


「お釣り、もう一回確認しろ」


小さな俺は、手のひらの小銭をじっと見つめ始めた。


だけど、小さな俺は動かない。


わかる。あの頃の気持ちが、痛いほどわかる。


「別にいいじゃん」


小さな俺が、心の中で呟いた瞬間だった。


店の奥の暗がりから、何かが滲み出てきた。


子犬ほどの大きさの、黒いもの。形はぼんやりとしていて、顔らしきものがあるようなないような。ドロドロとした輪郭が、ゆらゆらと揺れている。


それは、小さな俺の足元に向かって、じわりと近づき始めた。


【後悔のかけら】


視界の端に、その名前が表示された。


《これはプレイヤーの「後悔」が実体化したものです》


名前の下に説明の様なものが表示された。


そして、影が、声を発した。


俺の声だった。幼い、俺自身の声。


『10円ぽっちおばちゃんは気づかないよ』


小さな俺の足が、その場に縫い付けられたように止まる。


『ラッキー!この10円でまたお菓子を買おっと』


影が、じわじわと小さな俺を包もうとする。


「やめろ」


俺は、影に向き直った。


自分の後悔が形になったもの。あの時、心の中で本当にそう思っていた言葉。


「俺が、片付ける」


手のひらに、光が集まった。


「こんな小さいことで、何年も引きずってきた。でも、それだけ大事なことだったってことだ」


光が、影に触れた。


影は小さな呻き声をあげて、ゆっくりと粒子になって、散っていった。


影が消えると同時に、小さな俺の体から、縫い付けられたような緊張が抜けていくのがわかった。


手のひらの小銭を、もう一度見つめている。


「返さなきゃ」


小さな声で、だけどはっきりと。


小さな俺が、ゆっくりとカウンターに向き直った。


「あの……おばあちゃん」


「ん? どうしたの、元気くん」


「お釣り……10円、多いです」


おばあちゃんが、目を丸くした。そして、差し出された10円玉を見て、にっこりと笑った。


「あらあら、ほんとだねぇ。ありがとう、元気くん。正直な子だねぇ」


その笑顔を見た瞬間、胸の奥が温かくなった。


こんな簡単なことだったんだ。たった一言。それだけで、こんなに晴れやかな気持ちになれるなんて。


おばあちゃんが、小さな俺の頭を撫でた。


「あ、そうだ。これ、おまけにあげるね」


レジの下から、10円の飴玉を取り出して、小さな俺の手に握らせる。


「え、いいの?」


「いいのいいの。正直な子には、ご褒美がなくちゃね」


おばあちゃんが笑う。小さな俺も、嬉しそうに笑った。


その笑顔を見て、俺の目から自然と涙が溢れた。


「……ありがとう、おばあちゃん」


声が届いているかどうかはわからない。でも、言わずにはいられなかった。


ふたりの姿が、光に包まれていく。やがて、景色全体が白く輝き始めた。


《記憶修復完了》

《修復率+5%》

《報酬:BP50、RP30を獲得しました》


視界が白に染まっていく中、俺は右手を見た。


さっき影に触れた時の光が、まだかすかに残っていた。


(こんな小さい後悔でも、向き合えばすっきりするもんだな)


胸の奥の、ずっと引っかかっていた何かが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。


再び視界が揺れ、気がつくとメモリーシティの広場に戻っていた。


空は夕暮れ色に染まり、時計塔の針は少しだけ進んでいた。


遠くで、あの規則的な音がまだ聞こえる。


ピ、ピ、ピ……。


(この音、なんなんだろう)


さっきからずっと聞こえている。規則的な音。考えようとするたびに、何か大切なことを思い出しそうになる。だけど、うまく掴めない。


その時、目の前に眩い光が走った。


「うわっ!」


思わず腕で顔を覆う。光が収まると、そこには何かが浮かんでいた。


「おつかれさま~!初ステージクリア、おめでとーっ☆」


小さな声。高くて、可愛らしくて、やけに明るい声。


小さなマスコットキャラが、宙に浮いていた。


桃色のボディに、大きな目。頭にはヘッドセットのような耳飾りがついていて、ぴょこぴょこと揺れている。体は丸くて、手足は短い。首にはメモリーカードの様な飾りがぶら下がっていた。


「……めもりん……」


俺は、その名前を知っていた。


十年前、毎日のように画面越しに見ていたキャラクターだ。


「うんうんっ、ちゃんと覚えてくれててうれしいよぉ~!」


めもりんは、くるくると回転しながら俺の周りを飛び回った。


「あたしはこの世界の案内役、めもりんだよ☆プレイヤーさんの記憶修復をお手伝いするのが、あたしのお仕事!」


懐かしい。十年前のめもりんは、もっと機械的だった。決められた台詞を、決められたタイミングで言うだけ。表情パターンも限られていた。


今目の前にいるめもりんは、違う。


「めもりん、おまえ……」


「あ、そうそう!まだプレイヤー名を登録してないんだよ!」


空中にホログラムキーボードが出現した。


《プレイヤー名を入力してください》


俺は少し迷った。


本当の名前を入力しようとして、指が止まる。なぜか、自分の本名が思い出せなかった。


(俺の名前は……なんだっけ)


考えれば考えるほど、思い出せなくなる。まるで、記憶の一部に鍵がかかっているような感じ。本当の自分の名前を思い出したら、何かが終わってしまうような。そんな怖さだけが、鮮明にあった。


「……未来で」


ゲームセンターの名前が思い浮かび、気がつけば、そう入力していた。


「お!いい名前!とーろく完了~っ☆」


《プレイヤー名:未来》

《現在の修復率:5%》

《所持RP:330》

《所持BP:50》


「これで正式にこの世界の住人だね!よろしくね、未来くん!」


「よろしく、めもりん」


名前を呼ばれるのが、なぜか嬉しかった。


「ねぇ、RPとBPって何なんだ?」


めもりんが、ぴょんと跳ねた。


「RPはリグレットポイント。後悔にちゃんと向き合えた時に得られるポイント。BPはブレイブポイント。勇気を持って行動できた時に得られる。それぞれ、この世界でいろんなことに使えるの」


「使えるって、何に?」


「そのうちわかるよ!」


めもりんが、ふとこちらを見た。


「ねぇ、あなた……あたしのこと、覚えてる?」


「ゲームのキャラだろ? 《メモリコ》の……」


「うん、そうだよ。……そうだったはず、だよね」


めもりんは一瞬だけ、どこか寂しそうな顔をした。


十年前のめもりんは、こんな表情を見せることはなかった。ただのゲームキャラにしては、妙にリアルで。俺は言葉に詰まった。


「めもりん……」


「あ、ごめんねっ!変なこと言っちゃった!」


めもりんは、すぐにいつもの明るさを取り戻した。


「さてさて~、次のステージどうする?」


ステージ選択パネルが、再び浮かび上がった。


■駄菓子屋さんでお釣りを多くもらったこと(難易度★)【クリア済み】

■ゲームがやりたくて辞めた中学の部活(難易度★)

■文化祭での告白(難易度★★)

■親友ケンタとの喧嘩(難易度★★)

■クラスでイジメられていたハルカを助けられなかったこと(難易度★★★)

■父との確執(難易度★★★)【解放条件:修復率70%以上】

■?????(難易度???)【解放条件未達成】


「めもりん、聞いていいか」


「なあに?」


「ステージって、どういう順番でクリアしていくのがいいんだ?」


「基本的には、時系列順がおすすめかな。後悔って、連鎖することが多いから。最初の後悔を解決しないと、その後の後悔も解決できないことがあるの」


「時系列順か……」


「全部クリアしないといけないのか?」


「そんなことはないよ!だって、その後悔があったから先に進むことだってあるでしょ?」


「なるほど…」


それなら、ゲームがやりたくて辞めた中学の部活は別にそのままでいいな。

あれは後悔もあったけど、ゲームにのめり込んだきっかけでもあるから。


時系列で言うと、ケンタとの喧嘩は、文化祭の後に起きた。だから、先に文化祭の記憶を修復すべきだ。


あの記憶に、向き合わなければいけない。


ユキのこと。


「……わかった」


俺は、パネルに手を伸ばした。


【文化祭での告白】(難易度★★)


「文化祭から行くの?」


「ああ。ケンタとの喧嘩の原因がそこにあるから。順番通りに向き合う」


「そっか。わかった」


めもりんが静かに頷いた。その目が、少しだけ真剣になった。


「未来くん、このステージは難易度★★だから、さっきよりずっと難しくなるよ。心の準備はできてる?」


「……できてるかどうかはわからない」


正直に答えた。


「だけど、逃げるわけにはいかない」


めもりんが、にっこりと笑った。


「うん。その気持ちがあれば、きっと大丈夫だよ」


光が、俺を包んだ。

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