5
――早朝。
女子高生の平手打ちで起きた。
「こんな目覚めってあるかぁー!?」
多分、あやかし生で一番最悪な目覚めだと思う。
***
「なんで私の部屋にいるんですか!」
「いちゃ悪いか? そりゃ憑いてるからだ」
「そうでした、私、不憫なことに変態にストーカーされているんでした。ごめんなさい、大事なこと忘れていて。自分の部屋に帰って下さい」
「用意されてないもん」
「何故、そこで拗ねるんですか」
「……あやかし生、最悪な目覚めだ」
「私だってあなたの顔なんて見たくないです!」
――京を追い出したところで、学校に行く準備と着替えを始める。
「絶対、その扉開けないで下さいね!」
「大丈夫だ。君の着替えには全く興味が無い。女の裸なら呆れるほど見飽きた」
「……モテ発言ですか? もっと殴られたいんですか?」
「…………」
着替え終わり、自室の扉を開けてみると京の姿は無かった。
何かしたね?
廊下を見渡す限り、ここにはいない。
螺旋状の階段を下り、リビングに行くと彼は――いた。
ソファーでふてぶてしく、くつろいでいた。
……距離を取りたかったのね、ほうほう。私が口うるさいから。
「楪葉さん――」
「――知ってるか? あやかしって、壁、すり抜けられるんだぜ?」
「ヘンタイっ!」
京はクッションで顔面を殴られた。
「理不尽。まだ《《壁をすり抜けて、君の部屋に侵入して君の着替えを見た》》とは言ってないのに……」
「そうですよね。あやかしって壁すり抜けられるし、透けることも可能だし、あなたが私の着替え見ていてもおかしくないですよね。楪葉さんなんて嫌いです」
「見てない」
「そんなこと、もうどちらでもいいです。あなたはさっさと卵焼きでも食べて、退散してください。悪霊退散!」
「塩NO! 塩無理。まじ無理」
私が塩を撒くと本当に嫌そうな顔を彼はした。どうやら、あやかしに塩は効果抜群らしい。
「塩分多めの卵焼きです、どうぞ♡」
「君もこんなふうに笑えたんだな……ぱく。お、美味い」
「どっちですか、塩食べれたんですか?」
「かけられるのは無理。食べるのOK」
「今度から楪葉さんに嫌なコトされたら、塩かけようかな……」
「要らぬ情報を教えてしまった……」
京はショックを受けてしょんぼりしている。なんか、犬みたい。
朝食を食べ終えて、片付けを済ませると学校へ出発する。
「それでは私は学校に行きますね! 楪葉さんには部屋の掃除でもしておいてくれると嬉しいです」
「俺も一緒に行くぞ?」
「はぁ?」
――というわけで、現在進行形で京と二人で通学路を歩いている。
傍から見たら、私はひとりでぶつぶつ喋ってる人に見えてるのだろう。何か心に問題のある人だと間違えられるのだろうか。
私の目線だと成人男性が現代に似つかわしくない、浴衣を着て――って、裾引きずってるし! そして、狐耳と狐尻尾を生やしている。足元もこれまた現代に似つかわしくない下駄をはいている。
こりゃあれだ。コスプレを少し楽しみつつ、花火大会に行こうとしている人の格好だ。
でもいま、十月だし。
「――裾、引きずってますよ?」
「これはこういう格好だ。オシャレだ」
「……ふん」
「叶はいちいち言動がかわいいな」
「セクハラです、たやすく『かわいい』とか口にしないで下さい。イケメンじゃない限り、許されません」
「俺はイケメンじゃないのか?」
「……イケメンでした。むう」
完敗。こいつ、そういやイケメンだった。それは間違いない。でも、腹黒でいじわるだ。ホント、むかつく。
しばらく歩いて、校舎がまもなく見えてきた頃――。
おっと。ん?
排水溝沿いに何か影が見える。目を細めて見てみると女の子だ。しかも私と同じ制服を着ている。そして何やらぶつぶつ、ひとりで呟いている。きっと独り言だろう。
「ない、ない、ない……」
「ナイナイ?」
「多分、何かが無いんですよ」
「何が無いんだ?」
「それは聞いてみないと――」
その女の子に近づいてみる。
女の子が振り返る。
「……!」
京が驚いた事にも気づかず、私は女の子に声をかける。
「……どうしたの? 早く学校に行かないと遅刻するよ?」
「……はい」
女の子は私たちの後を追うようについてきた。依然として彼女は悲しそうな目をしていた。
「どうして……?」
か細い彼女の声は誰にも聞かれることのないまま――学校に到着する。
***
いつものように由那と雑談を交わす。
「なんか思い悩んでる顔してるけど、大丈夫?」
「んー、ちょっと彼氏のことで悩んでて――」
「えっ、そうなの!? どしたん? 私に言ってみ?」
だからなんで、彼氏の話をすると京は不機嫌になるの? 京はかんけー無いでしょ?
京はムッとしている。私を睨んでいる。
めんどくさ。
「あ、ごめん。彼氏なんていなかったわー。あはは」
そう誤魔化すと。
「いない彼氏のことで悩んでたの? ひょっとして例のあやかし?」
「そうそうそうそう」と京が言う。
なに相槌してんの。おかしいでしょ。
「あやかしでもないかなー? やっぱ何でもない」
「そっか。悩み相談ならいつでも聞くからね」
こうしてHR前の休み時間が幕を閉じた。
***
時は一転して、昼休み。
京と屋上に来ている。ご飯は食べ終わり、フェンスに身を預け、休んでいた。
「――信じてくれよ。俺、さっきの女の子と目があったんだ」
「気の所為では? 自意識過剰は恥ずかしいです」
「違うんだ。マジなんだ。確かに彼女とは目が合ったんだ」
「……ということはあの女の子もあやかしが視えるということですか?」
「確定では無いが、その可能性は高い」
「ふーん」
「興味なさそうだな」
「いえ、面倒事に巻き込まれる予感がしただけです」
私は寒気を感じた。季節とは関係ない嫌な寒気が。
あー、5限体育とかダル。
そろそろ時間なので、教室に戻る。
「あなたは何もしないで下さいね」
「まだ俺、何も言ってないんだが」
さっきからずっとソワソワしてるから言ってるんだけど。先ほどの女の子と似たようにずっと小声でぶつぶつ言っている。
「叶が怪我をしたらどうしよう。怪我させたくない……体育どうやったら、休ませられるかな……叶が怪我をするのが怖い」
私は聞こえないふりをして、校庭に向かった。移動している間腕を引っ張られていたが、強引に歩いた。
――さて、5限はドッチボールだ。校庭には既にみんな集まっていた。
秋の体操服は寒い。寒いので上から長袖のジャージを着ている。それでもやはり寒い。
ほんと、温度を感じていなさそうなあやかしが羨ましいよ。
ドッチボールは2チームに分かれて、戦う形式になっていた。京は背後霊のように私の後ろから片時も離れない。
ピー。
笛が鳴って、戦いが始まる合図がした。
「いまピーって鳴ったぞ。なにが始まるんだ?」
「うるさいです」
――最初は良かった。
私が上手く避けていたから。でも戦いが長引くにつれて、私の体力も疲弊する。そして、それを見ていた京は心配する。
「どうした? 息切れか? 心不全で倒れないか?」
「ハァ……過保護……すぎます」
――そうして、私のチームが三人まで減った時、事件は起こる。
「ソイヤっ!」
投げた男の子の掛け声もおかしいのだが。それは今はどうでもいいとして。
投げられたボールは一直線に私の体に直撃する――はずだったのだが。
ボールはあり得ない方向に曲がる。曲線を描く。勝手に方向転換する。
「えっ!?」
そりゃ男の子も驚くよ。だって、勝手にボールが動いてるんだもん。
なにやったの。分かってるよ。京が《《何か》》したって。
先生も驚き、私は途中退場させられた。やっぱりね。
暇なので、先生の見える範囲内でちょっと遠くに避難した。
「ねえ。何もしないで下さい、と言いましたよね?」
「ごめん。君に怪我させたくなかった」
「気持ちは分かりますけど……私が教師から気味悪がられたら、どう責任取ってくれるんですか? もしそれが親にまで伝わったら、どうしてくれるんですか?」
京は(そこまで考えてなかった)と猛反省していた。
でも京の優しさと過保護さが何故か身に沁みる。もうこれ以上は彼を責められない。
「楪葉さんとは絶縁です」
「ええっ!」
「なんて嘘です。その代わり、私を体育に復帰させてくれませんか」
「それは出来ない。時間を巻き戻す力は持っていない」
「役立たず」
「えーん」
泣いてるの?
いい大人が泣いてるの?
***
――放課後。
のちに由那から聞いた話によると、私たちのチームは勝ったらしい。良かったけど、反則な気がする。
「さっきの、凄かったね! あれがあやかしの力……?」
「うちの者がご迷惑をおかけしました」
「うちの者って」
由那は笑っていた。
帰りは彼女と帰り、喫茶店に寄って他愛のない話を繰り広げていた。
『彼氏』という単語が私の口から出る度に反応していた京が可愛くて。架空の彼氏に嫉妬している京は滑稽で。なんか楽しいなと感じてしまった。
――家に着く。
「にゃにゃにゃ、にゃにゃ?」
手も洗わずに猫と戯れる京。どうやら、あやかしは穢れても汚れないらしい。
――夕食時。
彼から爆弾発言が放たれた。
「――明日は休日だから、デートに行かないか?」
「は?」
「ダメか……?」
「《《デート》》って私たち、恋人じゃないでしょう」
「お出かけっていうより、デートのほうが響きいいもん!」
「素直にお出かけ、と言ってください」
「えー」
「えー、じゃないです。それで何処へ行くんですか?」
「んー、何処に行くんだろ。何処に行くの?」
「私に聞かないで下さい。決めていなかったんですか」
「あ! 決まった! 神社に行こう! 早朝5時に出発な」
「早すぎでしょ。それってデートって言うんですか? 神社って……」
そうして、明日の早朝、彼とお出かけもといデートに行くことが決まった。
明日朝、5時に起きない私は京に叩き起こされた。うるさいし、鬱陶しいし、ウザいし、大変不快だった為、護身用として枕元に置いておいた塩が入った瓶を京めがけて、投げつけた。
そしたら、京は「叶なんて嫌いだー」と言って、逃げていった。
でもちゃんと早朝デートの約束の時間には間に合った。めでたし、めでたし。




