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地蔵と京と私で丸テーブルを囲う。
まるで怪談話でもするかのように、部屋を真っ暗にして、目を瞑る。
地蔵は京の命令で隅っこから部屋の真ん中に移動してくれた。渋々。
どうやら、京のほうがあやかし界のカースト制度(?)では上らしいので、上からの命令には逆らえないらしい。京は上級妖怪で地蔵は下級に近い、中級妖怪だそうだ。
私が分からないだけで、いまも地蔵は京に怯えているらしい。地蔵は姿はそのままだし、そもそも表情というものも無いからね。
ここからは京と地蔵、二人だけの会話が続く。私は「何もするな」と言われたので、会話には参加しない。黙って二人の会話を聞いているだけ。
「まず、自己紹介をしようか。俺は上級あやかし――妖狐の京様だ! さあ、跪け、俺に和菓子を与えろ。さもない――痛っ! 貴様、何をする」
「調子乗りすぎです。ウザいです」
「ぬん」
私が京のみぞおちを拳で殴ると、彼は悶絶していた。そして、地蔵は私のウザい発言に共感の意を示していた。
「地蔵にまでウザがられるとはな……」
「ぬん(わたしの番ですね。わたしは桜戸家の守り神の象徴である、地蔵です。よくお客さんには笠さんと呼ばれています)」
「単刀直入に聞く。笠。お前は何故、こいつを金縛りに遭わせた? 彼女の話だと一睡も出来なかったそうだ。謝罪は当然だよな」
「ぬんぬん(そなたを金縛りには遭わせていません)」
「嘘吐くな」
「ぬん、ぬん!(わたしの体重が重かっただけかと。それで、わたしが重すぎるせいで寝苦しかったのだと……思います)」
「体重調整とかは出来なかったのか?」
「ぬん(わたしの妖力ではそこまで出来ません……すみません)」
「下級めっ」
ちっ、と舌打ちする京。それに対し。
「その発言、酷くないですか?」
「ぬん」
「叶は笠の味方なのかよ。ちっ」
「味方とかそういうのじゃなくて……」
舌打ちと差別は辞めてほしいと言いたかった。
「……邪魔してごめんなさい」
「ああ」
少し、京の態度と言動に見過ごせない箇所があって、度々口を挟んでしまう。
「それで何故、叶の下へ来た? お前は店の前の地蔵の本体の中で宿ってればいいだろ」
「ぬん(挨拶しに伺ったんです)」
「挨拶……?」
「ぬん、ぬんぬん(はい。叶様が我々を視れるようになった暁に仲良くしたいと思いまして……)」
「礼儀の良い奴なんだな」
「ぬん!?(いま、褒めて下さいました?)」
「褒めてはない」
「ツンデレなんだから」
「君は口を挟むな!」
部屋を明るくする。一旦、笠には消えてもらっている。
「――というわけだ。地蔵は笠といって、君に挨拶しに来ていたらしい」
金縛りもわざとじゃない、ということも教えてもらった。
「なんだ。そういうことですか」
ほっこりするじゃない。妖怪なのに、全然怖くなくて、優しくて。なんか、安心した。
「でも叶、気をつけろ。この世には君が思っているより何倍も恐ろしいあやかしがいることを忘れるな」
「ヒトが安心感に浸っているところになんてこと、言うんですか!」
「それで、笠さんは私の言葉が聞こえるんですか?――」
――また部屋を暗くする。
「ぬん(分かります)」
「分かるらしい」
「良かったです」
「最後に君が伝えたいことを笠に伝えろ。そしたら、俺が笠を祓う」
今度は私と笠、二人だけの会話を繰り広げる。京の通訳も交えて。
「……いつもお店を繁盛させる手助けをしてくれて、ありがとうございます。この家の一人娘、桜戸叶といいます」
「ぬんぬん(いえいえ)」
「いえいえ、だそうだ」
「ぬん(わざとじゃなかったにせよ、睡眠妨害してしまって、ごめんなさい)」
そう告げ、笠は私に擦り寄ってきた。
「謝ってるぞ」
「分かってます」
笠の頭の部分を撫でた。優しく。
「ぬん(?)」
「大丈夫。赦してあげる。あやかしのことはまだ分からない部分が多いけど、私もあやかし達と仲良くなりたいです。だから、いいんだよ、自分を責めなくて。ありがとうね、挨拶に来てくれて」
「ぬんぬん(握手しませんか?)」
「握手がしたいそうだ」
「楪葉さんとですか!? 絶対イヤですよ」
「ボケなくていいから。笠と君とだよ」
最期に笠と握手を交わす。
笠の手は勿論、地蔵だから冷たくて硬かった。でも魂だから、何故だかほっこりする。心が温まる。地蔵は地蔵でも笠は《《物じゃないんだ》》と実感できた瞬間だった。
「ぬん!(叶さんのあやかしが視える能力が消滅しない限り、また会えますから。わたしはまた元いた地蔵の置物に還ります。さようなら)」
「分かった。また会おうね。またね」
「!」
驚いていたのは京も同じだった。
今、何故笠の言葉が伝わったのだろう。
でも伝わってしまった。ちゃんと笠の声が耳に届いた。
何か、私の中で一歩進んだ気がした。
あやかしの世界へ――現世じゃない別の世界へ、足を踏み入れてしまった、そんなような。
「――では、祓うぞ」
「うん」
京は懐から人形を取り出すと経を唱えた。
「神の赦しを乞う者よ、元いた場所へと戻りたまえ」
――すると、地蔵――笠――は霧散し、吸い込まれるように光の粒子となって、私の部屋から逃げていった。追わずとも、店の前の地蔵本体に還っていったと分かるだろう。
地蔵の魂は人形に封印されている。
***
笠がいなくなってから、私は終始泣いていた。
リビングに反響するのは京の、和菓子を食べる咀嚼音と私のすすり泣く声。
「いつまで泣いているんだ」
「だって…………せっかく友達になれたのに……ぐすん」
「――あやかしとは容易く友達になってはならない」
「はぁ? 何ですか、そのルール。なんでですか?」
「いずれ別れが来るからだ」
「……」
「俺が消えてもこんな風に泣いてくれるのかな……?」
ボソリと蚊の泣くような声量で京は呟いた。
「なんか言いました?」
「いや、なんでも」
ふと、琥珀糖が残りわずかになっているのに気づく私。あまりにも食べすぎると、このあやかしも太るのでは? と心配になる。
「ちょっと! 私の分も取っておいて下さいよ!」
「……あーん、でもするか?」
「は? なに言って――」
――刹那、琥珀糖が私の口に放り込まれる。
甘い味とこのなんとも言えない食感。和菓子は大変美味だが……。
「どうだ? 美味しいか?」
「セクハラです。勝手に食べさせないで下さい」
「……つまらない奴」
「いま、なにか言いました? 今度ははっきり聞こえましたよ?」
「この猫にも琥珀糖あげようかな」
「殺さないで下さい」
「殺す……?」
「知らないんですか、動物にはお菓子、あげちゃいけないんですよ」
「知らなかった……」
「――それはそうと、私たちの関係って友達じゃなければ何なんでしょう……?」
そう話を展開させる。
「契約者同士だ」
すぐに答えは出た。迷いのない京の答え。
「契約者……そうですか、そうでしたね、へへ」
「何がおかしい」
「なんでも?」
私の頬に《《また》》一筋の雫が伝った。
この涙は『契約者』だなんて堅苦しい言葉じゃなくて、『家族』だったり、『友達』って言って欲しかったから、流れたのかもしれない。
そして、重なるように京がいなくなってしまう場面を想像してしまった。
いつか別れは来る。だからこそ、今を大切にしたい。
「――私たちの関係は契約者同士なんかじゃないですよ。ストーカーとその被害者です」
「なんでそうなった? 訂正してくれ」
「嫌です。あ、あとうちの猫、アズキといいます。覚えておいて下さい」
「あー、アズキか……食べれる? ――い、痛えっ!」
アズキから仕返しされる京だった。
京から逃げてきたアズキは私の足元でスリスリしてきた。
可愛いけど引っ掻くもんね、うちの猫。地味に痛いよね。私には引っ掻かないけど。




