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「――あなた、誰ですか? 不法侵入は認めませんよ?」
「え、ひょっとして俺のこと視えるの?」
あ、やばい。
この者も視えてはいけないあやかしだったか……。厄介な事に巻き込まれてしまった。どうしよう……。
私はひとまず、教室から出る。ややダッシュで。
「ちょ、待てって!」
あ、ここなら――。
このあやかし、入ってこれないかもしれない。妙案だ。
辿り着いたのは女子トイレ。
あやかしは男性だ。だから多分だけど、モラル的に入ってこないだろう。
すぐさま、個室の扉を閉め――
「――俺からは逃げられない。いい加減、自分の無力さを思い知れ」
「変態! ……っ、痛っ!」
虚空を殴って、コケて、滑って、指と顔面を強打。どんくさ過ぎて、恥ずかしい。
「ここ、女子トイレですよ?」
「知ってる。俺も昔、《《人間だった》》からな」
「……」
重大情報だが、いまはそんなコトどうでもいい。
「――そしたら、誰もいない屋上行きましょう」
「どうしてそうなった。トイレするんじゃなかったのか?」
「はっ……! 期待してたんですか? 見る気だったんですか? キモ」
「いや、そういうわけじゃない」
あやかしは頬をポリポリ掻く。
真相は分からないが、あまりにもド変態過ぎる。
***
――屋上に着く。
「早速だが、桜戸叶。俺は君に取り憑いた妖狐――楪葉京だ。よろしくな」
「は? 取り憑いた……?」
「君も自己紹介してくれ」
「名前とか知られてるのに、自己紹介する意味あります? 桜戸叶です。今日、誕生日を迎えた17歳です」
「ほう……」
それから色々と説明された。
17歳になると同時に、この世の者ではない者が視えるようになった理由。生まれる前から京とは契約を既に結んでいたらしいこと。死ぬまであやかしが視える能力は消えないこと。そして――。
「――狐憑きは寿命が半分縮むんだ」
「要らない情報!」
「いや、知らないより知ってたほうがいいだろ」
もういいや。この怪しげなあやかしとは一定の距離を保とう。そう決意した。
そして、17歳になると同時に、この世の者ではない者が視えるようになった理由――。
それは――運悪く選ばれてしまった一人《《説》》だとか代々続く祓い屋の末裔《《説》》だとか呪いの箱を開けてしまった代償《《説》》だとか、どれも曖昧で信憑性の無いものばかり。
て、呪いの箱なんて開けてないし! 言いがかりはやめてくれる!?
あと、なんで詳しいはずのあなたがこのこと知らないの? なんで私はあやかしが視えるようになっちゃったの?
一番知りたい情報をこの人は教えてくれない。
そしてもう一つ、解せないことがあった。
それは生まれる前の契約の際、京が私の手の甲に軽くキスをしたことだ。これは重罪だ。
「今から私、水道で手を洗ってきます」
「君はあっち行ったりこっち行ったり、忙しい奴だな。水で洗っても契約は解消されないし、何も落ちないぞ」
「気持ちの問題ですっ」
「そんなに俺とのキスが嫌か?」
「嫌です。ここで『大好きです』とでも言うと思いました? 思い込みが激しい方なのですね」
「今度は口にしてやろうか」
「怖いです! 表情も声も全部!」
「心底、嫌われてるな……」
本当にショックを受けているようだった。狐耳がしょんぼり、と垂れている。
私はその耳を背伸びして撫でてみた。
「!」
ふさふさしていて、気持ちいい。毛並みも手入れがされていて、白くてもふもふだ。
「くすぐったいから、そのへんでやめ――」
――刹那、狐耳がしまわれてしまった。
「あ〜せっかくのお耳がぁー」
「でも、スキンシップしてくれるほどには俺も好かれているんだな」
「私は楪葉さんのことが嫌いです」
「俺は君のことが好きだけどな。まあ、片思いも悪くない」
「……」
「それと、楪葉さんって呼ぶんだな、これからは。俺は君のことを『君』と呼ぼう」
「変わらないじゃないですか!」
「じゃあ、叶と呼んでもいいか?」
「ダメです! ダメに決まっています!」
「だからだ」
「むー」
本当にこのあやかしには揶揄われてばっかり。
いつも先手を打たれているから、隙が無い。でも逆のことをしたいとも思わない。
絶対、モテてる感じがするのに、何故私を選ぶのだろう。何故私の前に現れているのだろう。このあやかしのことがさっぱり分からない。今後の人生で京が憑き続けてくるなら、これからどう接したらいいんだろう。
「――どうした?」
考え事をしていたら、京に気づかれてしまった。
「な、なんでもないです。授業始まるので、教室戻りましょう」
何故、私はこのあやかしを先導しているのだろう。一緒に行動することが当たり前みたいに。これじゃあ、一緒にいたいと言っているのと同じじゃない。
教室に着いても京は私の隣にいた。
授業中も頬杖をつきながら、窓の外を朧げに見ていた。
――放課後。由那からの誘いを断り、私は京と帰ることになった。といっても、一方的に断ったわけじゃない。
――数分前。
「一緒に帰る?」
「んー。さっきから叶は誰と喋ってるの? ひょっとしてさっき言ってた、お地蔵さん?」
「お地蔵さんではない。あやかし」
「だったら、その隣にいるあやかしさんと帰るべきだよ。私が邪魔しちゃ悪いし」
「……!」
由那も視えるの!?
と、びっくりしていたら――。
「視えるわけじゃないからね。でも隣にいるんでしょ」
「はい。妖狐の楪葉京といいます。よろしくお願いします」
「視えてないから! 由那も『視えるわけじゃない』っていま言ってたでしょ!」
「なんか楽しそうだね、またね」
「またね、由那」
そうして、由那とは別れた。
昇降口を抜け、完全に二人きりになったところで。
「《《ついて》》こないで下さい」
「ごめん、《《憑いて》》るから。前世でキス、しただろ?」
「それは忘れて下さい」
この不審者、家までついてくる気だ。
「狐耳復活、まだですか」
「待ってたのかよ。家に着いたら、触らせてやる」
「じれじれは嫌いです」
私はそっぽを向く。
少し歩き、ドーナツ屋が視界に過ると――。
「あのドーナツ、俺食いたい」
「実家が和菓子屋なので、家着いたら、存分に食べさせてあげます」
「俺もじれじれ嫌い」
「ふふ」
そこだけ一心同体だった。
和菓子屋――もとい私の家に着く。
私の家は創業100年以上の有名な和菓子屋だ。色々な和菓子が売っていて、食べた人の心を解す。癒やされる和菓子。
可愛い和菓子や渋い緑茶も売っているので、子供から大人、お年寄りまで大人気。
朝方、学校に行く時間も店の外に出ると行列が出来ているので、少しだけ承認欲求が満たされる。和菓子が売れることは両親が経営していても、自分のことのように嬉しい。
「わー、美味そう……」
「なにか、買いますか?」
「じゃあ、この寒天みたいなやつ」
「琥珀糖ですね。あ、お母さん、この人、琥珀糖買いたいらしいです」
「この人……? 誰のこと言ってるの?」
あ、そうだった。
京は《《普通の人》》には視えないんだった。
「私、琥珀糖買いたい!」
「珍しいわね……」
「はい、お金」
「お金は要らないわよ。プラマイゼロなんだし。本当にどうしちゃったの?」
「んー、ちょっと眠くて」
お母さんを心配させてしまった。
ホントに私、普通じゃなくなっちゃったんだ……。悲しくて。だけど、どうにも出来ないから観念する。受け入れるのにはまだまだ時間がかかるだろう。
――部屋に入ると、まず先に私は手洗い、京はお祈りをしていた。《《何もない》》所で。
「ここ、神棚じゃないですよ? 何もないですよ?」
「何もない? この家は霊力強いぞ」
「そうですか」
あ、だったら《《あのこと》》言おうかな……。
「楪葉さん」
「…………」
チラ、とこちらに視線を遣ったのち、無視。あからさまでわざとらし過ぎる。
名前で呼んでほしいのかな。そんなこと、とっくのとうにバレバレだ。可笑しすぎて、ついクスリと笑ってしまった。
「京さん」
「なんだ?」
「絶対、わざとですよね?」
「なんのことだ」
「もういいです。ぷいっ」
私が拗ねると、京は私に近づいてきた。
「狐耳と狐尻尾、触らせてやろうか」
「……! そういえば約束でしたよね」
ボン、という架空の効果音と共に京の身体から狐耳と狐尻尾が出現した。
わああぁぁっ……!
もふもふ! もふもふ過ぎて、やばい!
「何時間でも触っていられます!」
「……恐ろしい」
「恐ろしくないです」
「――そういや、俺に用があるんじゃないのか」
「気づかれていたのですね。そうです。京さんには相談したいことがあるんです」
「ほう。それなら、琥珀糖食べ終わってからでいいか?」
「食べながらでも、相談は出来ますよね?」
てことで、京は琥珀糖を食べながら、私はもふ耳ともふ尻尾を触りながら、相談が始まった。
「私、昨日眠れなかったんです」
「心療内科なら駅近くにそういやあったぞ」
「最後までちゃんと聞いて下さい!」
「――地蔵から金縛りに遭ってて、眠れなかったんです」
「ほう。地蔵……? これは祓い甲斐があるな。もっと詳しく話を聞かせてくれないか」
そうして、昨晩のことを彼に話した。
京はさっきまでのおふざけモードから一転、真剣モードになった。
このあやかし、本当に面白いあやかしだなぁ……。




