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会計士先生帰宅後ワンルームマンション営業の方が来て悩み相談を受ける

会計士先生との二セットが終わり、席を立って待機に戻ったころだった。

フロアの空気が少し入れ替わるようなタイミングで、黒服に軽く目配せされる。

「フリー、お願いします」そう言われて向かった先にいたのは、

ワンルームマンションを扱っているという営業の兄ちゃんだった。年は三十前後だろうか。

スーツはきちんとしているが、ネクタイが少し緩んでいて、顔に疲れが出ている。

「いやあ……今日はなかなかきつくて」席につくなり、ため息混じりにそう言う。

「どうしたんですか?」「一本、大きいの決まった後って、次が釣れへんのですよね。

今月も一件ガツンと取れたんですけど、その後が続かんで……」

営業あるあるだな、と博子は思う。山が一つ越えたあとに来る、妙な空白。

「ずっとテンション張りっぱなしやと、しんどいですよね」

「そうなんです。気抜いたらあかんのはわかってるんですけど、正直、今日はもう電池切れです」

そう言って、苦笑いする。ドリンクを聞くと、控えめにハイボールを頼んだ。

派手に飲む気分ではなさそうだ。少し落ち着いたところで、博子はふと思ったことを口にする。

「ワンルーム売れてるなら、最近はファミリーも価値上がってますよね」

「え?」「中古でも高いし、一軒が大きい。潜在顧客、結構いるんちゃいます?」

兄ちゃんは一瞬、意外そうな顔をした。「……確かに、最近は問い合わせ増えてます」

「ですよね。特に共働き世帯とか、子ども一人の家庭とか」「ワンルームより、

単価は全然違いますけど……」「でも、その分一本決まったら大きいですし」

兄ちゃんはグラスを見つめながら、少し考える。「でも、うちはワンルーム特化でやってるんで……」

「そうですよね」否定はしない。博子はあくまで、投げるだけだ。

「ちなみに、中国語できたらタワマン狙えますよ」「……それ、よく言われます」

「ですよね」二人で小さく笑う。話は自然と、仕事の先の話に流れていく。

「正直、転職も考えたりするんですけどね」「ありやと思いますよ」

「でも、今辞めたら負けかなって思ってしまって」「必死な時って、ろくな案出ないですから」

博子はそう言って、軽く肩をすくめる。

「いったん落ち着いてから考えてもいいと思います」

「……ですよね」「宅建、持ってはるんですか?」「実は、持ってないんです」

少し照れたように言う。「でも、根性はついたと思います」

「それは、間違いないですね」営業で鍛えられた根性は、どこへ行っても使える。

それだけは本当だ。「宅建あったら、選択肢一気に増えますし」

「……それもありやなあ」兄ちゃんは、少しだけ顔が明るくなった。

「今は、とりあえず走り切ったあとやから、しんどいだけやと思います」

「そう言ってもらえると、助かります」その流れで、場内指名が入り、ドリンクも一杯追加された。

大きな盛り上がりはないが、静かに会話が続く。「また、話聞いてください」

「いつでもどうぞ」ワンセットが終わり、兄ちゃんは名残惜しそうに立ち上がる。

「今日、なんかカウンセリング受けた気分ですわ」

「そんな大層なもんじゃないですよ」博子は笑う。

「仕事の愚痴、聞いただけです」「それが一番ありがたいんですよ」

そう言って、兄ちゃんは手を振って帰っていった。フリーに戻りながら、博子は小さく息をつく。

(ほんま、カウンセラーみたいやな)そう思って、少しだけ苦笑した。

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