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まずはワンセット1本でいい。メールで餌をまく。

店を出たあと、博子――中身は博之は、すぐに連絡を送らなかった。

その場の勢いで投げる文面は、だいたい軽くなる。軽くなると、相手は返さない。

返信したくなるかどうか。それだけを基準に、頭の中で何度も言葉を組み直す。

最初に思い浮かんだのは、不動産会社の社長だった。あの人は、話が分かる。

だが同時に、雑な誘いには乗らないタイプでもある。

「また飲みましょう」は弱い。「ご飯行きましょう」も弱い。

この人に必要なのは、“負担の少なさ”や。

博之は、ゆっくりと文字を打つ。

――今日はありがとうございました。

――お話、すごく勉強になりました。

――また機会あれば、少し続き聞かせてください。

――お茶でも大丈夫です。“奢らせない”。“時間を取らせすぎない”。

飲みじゃなくて、お茶。これなら、相手は逃げにくい。

送信して、スマホを伏せる。反応を期待しすぎない。

ここは、餌を撒いただけや。

次は、東京から来ていた客。この人には、別の角度がいる。

東京の人が北新地に来る理由は、単純やない。安さやない。

銀座や六本木と比べて、同じ金額で「話せる余白」が残る。

博之は、それを身をもって知っている。

だから、押さない。売らない。案内だけ、匂わせる。

――大阪、久しぶりって言われてましたよね。

――京都も寄られるって聞いて、思い出しました。

――もしまた来られることあったら、

――静かなところ、いくつかご案内できます。

“観光案内”。“女の子の営業”から、一段下げる。

この人にとって、博子は「大阪をちょっと分かってる知り合い」

その位置でいい。大阪でも大丈夫。京都でも大丈夫。

場所を限定しないことで、相手の都合を優先する。

ここで大事なのは、返信したくなるかどうか。

返さなくてもいい文面に、価値はない。

既読で終わる文章は、営業じゃない。

博之は、改めて整理する。目標は一つ。ワンセット一本。

いきなり指名はいらない。ドリンクもいらない。

シャンパンなんて論外や。まずは、・顔を覚えてもらう

・名前を思い出してもらう・「また話してもいいな」と思わせる

同伴が入れば、なおよし。だが、同伴は“結果”であって“目的”やない。

博子だった頃は、逆やった。高い店を選んで、奢られて、気を使って、

次がなくなる。一回の勝ちに見えて、全部負けてた。

親父は、違う。親父は、安く、長くいたい。気を張らずに、喋りたい。

それができる相手を、探している。「……焦ったらあかんな」

黒服の言葉が、頭をよぎる。「そろそろ結果見せてほしい」

分かってる。だからこそ、ここで無茶をしない。

博之は、カレンダーを見た。自分のシフト。

まずはここを埋める。増やすのは、その後。

返信が来るかどうかは、相手次第や。

だが、こちらの文面次第でもある。

送った言葉に、余白があるか。相手の時間を奪っていないか。

“断りやすさ”を残しているか。それが、次につながる。

スマホが、軽く震えた。まだ返信ではない。通知だけや。

博之は、画面を見ずにポケットにしまった。今は待つ時間や。

一本ずつ。ワンセットずつ。積み上げる。

派手な音はしない。だが、このやり方なら、崩れない。

博之は、静かに確信していた。これは営業や。

ちゃんと、先がある営業や。

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