4月3週目水曜の夜がふける。来週土曜の3人25万東京のお客様対策
一息ついて、博子はスマホを手に取った。深呼吸ひとつ。今日は追いかける夜やない。
まずは清掃会社の社長に、金曜日の予定を軽く聞いてみる。重くならない文面で、
「今週どうですか?」とだけ送る。返事はまだ来ないけれど、それでいい。追わない。
続いて弁護士先生。こちらも土曜日の予定を、あくまで確認程度に聞く。
期待しすぎない。返ってきたらラッキー、くらいの温度感。
そのあと、ラストに近い時間帯で、建設会社の社長がふらっと来た。
派手な話もなく、仕事の愚痴を少し聞いて、軽くフリーで一杯。
深追いはせず、無理に場内も取らない。気づけば水曜日の夜は、
静かに終盤へ向かっていた。残ったのは数字じゃない。
おじいちゃんと過ごした、昼と夜のゆったりした時間。
大阪ガスビル食堂のセロリの話、「食えるうちに、ちゃんと食いたいな」という言葉。
そして、公認会計士たち。賢いのに不器用で、
肩書きの外ではどう振る舞えばいいか分からない人たち。
でも、少し言葉を投げるだけで、表情が和らぐ瞬間。
今日は派手な売り上げはない。けれど、ちゃんと“合う人”が見えた夜やった。
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店の空気がひと段落ついた頃、ヒロコはアルカちゃんとさきちゃんを見つけて、
軽く手招きした。バックヤードの手前、周りに聞こえない距離。
「ちょっと時間ある?」二人とも、だいたい察したような顔で頷く。
「来週の土曜日なんやけどな」博子は声を落として続ける。
「東京からのお客さん。3人。予算25万で、ちゃんと飲むって話」
アルカちゃんが眉を上げる。「六本木の人?」
「そう。向こうでは慣れてるタイプやと思う」 さきちゃんがすぐに噛み砕く。
「ってことは、煽り耐性あるし、無駄に盛らんほうがええやつやな」
博子は頷く。「そう。派手にやったら勝ち、って相手ちゃうと思う。
落ち着いて、気持ちよく飲ませる方が大事」
25万という数字は軽くない。でも、3人で2セット、ボトルも最初から決まっている。
六本木で遊び慣れてる人間ほど、“雑な接客”と“必死な売り”には敏感や。
「シャンパン煽りは要らん」ヒロコがはっきり言う。
「向こうは“安い”“静か”“長く飲める”ってとこに価値感じてる」
アルカちゃんが小さく笑う。「それ、一番むずいやつやん。でも嫌いちゃう」
さきちゃんも頷く。「油断したら一瞬で冷めるタイプやな。でもハマったら、
ずっと来るやつ」博子は少しだけ肩の力を抜く。「やからこそ、慣れた顔せんと、
ちゃんと見る。誰が何を飲んで、どこで疲れてるか」3人で目を合わせる。
騒がず、競わず、落ち着いて回す。六本木基準を、北新地の“静かな良さ”で受け止める。
「じゃあ、来週はそのつもりで」博子がそう言うと、二人は「了解」と短く返した。
派手さはない。でも、こういう打ち合わせができる夜は、悪くない。
博子は心の中で確認する。——油断せず、焦らず、落ち着いて。
来週の土曜日は、“勝負”やなくて、“積み上げる日”や。




