表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/103

博子に黒服からの出勤調整圧。お客様を安く・長く・つなぐ

黒服に呼ばれたのは、営業前のほんの隙間だった。

フロアの照明が入る前、空気がまだ固い時間帯。

「博子さ」低い声で、淡々と切り出される。

「そろそろ、指名取れへんと、出勤もうちょい減らすで」

責める口調でもない。だが、選択肢が減る音は、はっきりしていた。

「今は様子見てるけどな。結果は、見せてほしい」

それだけ言って、黒服は離れていった。

博之――いや、博子は、その場で深く息を吐いた。

来たな。分かっていたことだ。フリーで感触は悪くない。

だが、数字はまだ動いていない。この世界は、感触じゃなく、結果で回る。

ロッカーに戻り、椅子に腰を下ろす。頭の中で、静かに整理を始めた。

イキリ客は切る。あれは時間を食うだけで、次につながらない。

問題は、それ以外だ。今は三月。確定申告が終わった直後。

税理士の先生は、ここで一番“つなぎやすい”層だ。

忙しさが一段落している。精神的にも、時間的にも余裕が出る。

そして何より――「高い店で一発」より、「安く、気楽に、長く」を

求める時期や。博之は、それを知っている。

博子だった頃は、店選びを間違えていた。

“いい店”“映える店”“ちょっと背伸びした店”。

結果、奢られて、気を使って、次がなくなる。

親父は違う。特に仕事で疲れている親父は、・安く・長く

・気を張らずにいたい。

個室は分かる。落ち着くし、話しやすい。

だが、頻度は確実に下がる。月一回になる。

今はそれじゃない。今やるべきは、自分のシフトを埋めることや。

「……まずは、回数やな」

ヒロユキは、候補を頭に並べる。

北新地前の第三ビル。分かりやすい。入りやすい。

値段も、北新地の中では抑えめ。仕事帰りに寄れる。

それか、北新地の端の立ち飲み屋。

少し騒がしいが、距離が近すぎない。

長居できる。「今日はここまで」にしやすい。

ワンチャン同伴にもつなげやすい。

高い店は、あかん。一回奢られて、逃げられる。

それが一番、後に残らん。

今は、一本の太客を狙うフェーズじゃない。

三回、四回、顔を合わせる関係を作るフェーズや。

特に、税理士の先生。話が通じる。仕事の話もできる。

三月が終わった今、時間も作りやすい。

「北新地の外れで、軽く一杯どうですか」

この一言が、ちょうどいい。“同伴”とは言わない。

“デート”とも言わない。ただの延長。

安く、短く、気楽に。それを二回、三回と重ねる。

ヒロユキは、ふと自分の状況を思い出す。借金三百万。

出勤を減らされたら、詰む。

だからこそ、順番を間違えたらあかん。

まずは、・出勤を維持する・次に、出勤を増やす・その上で、売上を積む

逆は、ない。博子としての人生は、もう勢いでいける段階を過ぎている。

だが、博之の頭がある。これは、営業や。感情じゃない。段取りや。

スマホを手に取る。頭の中で、文面を組み立てる。

――今日はありがとうございました。

――確定申告、お疲れさまでした。

――もしお時間あれば、北新地の外れで軽く一杯でも。

押しすぎない。逃げ道を残す。相手が「楽そう」と思える距離。

黒服の言葉が、もう一度よぎる。「そろそろ、結果見せてほしい」

博之は、静かに立ち上がった。派手な一手はいらない。

今日やるのは、“続く形”を作ること。

一本じゃない。三本。五本。それで、シフトを埋める。

「……やれることは、まだあるな」

博之は、そう呟いて、次の出勤に備えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ