黒服に4月4週目土曜日に東京から3人組、予算25万でとの情報連携。座組とメンツを考える
月曜日の仕事終わり。フロアが一段落して、卓替えも落ち着いたタイミングを見計らって、
ヒロコは黒服のところへ向かった。こういう話は、テンポと間が大事や。
周りがバタついてる時に言うと、軽く流される。「ちょっとだけ、共有いいですか」
黒服が振り向く。博子はそこで、余計な前置きをせずに本題から入った。
「この前、東京から来てくれたお客さん、覚えてます?六本木の飲みが
しんどいって言ってた人。あの人から連絡あって、来週の土曜日に、
友だち二人連れて来るって言われました」黒服の眉がピクリと動く。
「来週の土曜?」「はい。聞いたのが土曜日やったんで、日程はもう来週で確定です。
予算は、3人で25万ぐらいって言われてます」その瞬間、黒服の顔が一気に明るくなる。
「マジか。来週で25か」声が思わず弾む。でも、すぐに仕事の顔に戻る。
喜びと同時に、段取りのスイッチが入ったのが分かる。
「それはデカいな。ちゃんと組まなあかん席や」博子はうなずきながら、続ける。
「派手にシャンパン煽る感じじゃなくて、六本木のノリに疲れて大阪来た人なんで、
しっぽり、ゆっくり飲ませる方向がええと思ってます」黒服もそこは即同意した。
「せやな。そういう客は“落ち着き”が価値や」そこで博子は、あらかじめ考えていた中身を、
短く整理して出す。「構成としては、もう森伊蔵は先に入れてくれてるので、それを使って、
プラスで百年の孤独を一本。3人で2セットを基本にしたいなと思ってます」
黒服はすぐに頭の中で計算する。「それやったら、金額的にもキレイやな。
無理に使い切らんでも、満足感は出る」博子は続けて、いちばん大事なところを伝える。
「女の子は、さきちゃんとアルカちゃんで行きたいです。ただ、2人とも指名被りが
出やすいから、状況見て、予備で一人か二人回せるようにしといてほしいです」
黒服が頷く。「どんなタイプ?」「シャンパン煽る系じゃなくて、空気読んで、
ゆっくり飲むのが分かってる子。東京の人らやから、ここで煽られたら一発で冷めます」
黒服は苦笑いする。「分かってるなあ。盛り上げるより、壊さん方が難しい席やな」
「はい。この席は“楽しかった”より、“疲れへんかった”で帰ってもらいたいです」
黒服は腕を組んで、少し考えたあと、はっきり言った。
「ええ判断や。これは浮かれる席ちゃう。仕込む席やな」その言葉に、博子の中でも
腹が決まる。25万の予算がすごいんじゃない。次に繋がる25万にできるかが勝負や。
黒服は最後に、少しトーンを落として言った。「来週やから、油断したらすぐやで。
でも博子、この流れちゃんと分かってる。俺もフォローするから、落ち着いてやろ」
「ありがとうございます。ちゃんと組みます」そう答えながら、博子は一歩引いて
フロアを見渡す。派手な卓、騒がしい卓、煽りが飛び交う卓。でも、来週のその席は、
そこには混ざらない。静かに、長く続く席。黒服があそこまで喜びつつ、
同時に「しっかりせなあかん」と言った理由も、ちゃんと分かっている。
浮かれない。煽らせない。でも、満足させる。来週の土曜日は、
ヒロコにとって「数字」じゃなく「格」を作る一晩になる。




