急遽役員会にかける東京メイン社長。社食補助について詳細見積もりは別途やるが方針としてやることを決定。即日全社通達。
夕方、急遽東京メイン社長は役員会を開いて、社食補助の話をする。
急遽と言うても、社長の中ではもう昼間の時点でだいぶ腹は決まっていて、
あとはどこまで役員たちが変な反対をするか、それだけやというぐらいの温度感である。
だから会議室に入ってきた時点で、もうだいぶ前のめりやった。
「ちょっとこれ、話すで。」
そう言いながら、手元の紙を配る。
例の、見積もりをざっくりまとめた紙である。
運用とか実務とか、導入にどれぐらい時間かかるとか、その辺はまだ別として、
とりあえずこんな見積もりを出してもらったんやと、社長は言う。
「ざっくり言うとやな。」
役員たちが紙をめくる中で、社長はわりと勢いよく説明を始める。
「うちの会社やったら、9000万ぐらい年間支出にはなる。」
「はい。」
「けれども、従業員の所得税がかかることを思ったら、税制面では優遇されるというところと。」
「うん。」
「社会保険料かな、企業負担部分のことを考えたら、実質負担額って半額ぐらいになる。」
役員の一人が、そこで資料に目を落としながら言う。
「まあ固定部分だけでも結構相殺されるんですね。」
「そうそう。」
社長もすぐに乗る。
「で、その上で、離職率とか、従業員の満足度とか考えたら、2000万ぐらい。」
「資料上は3000万って書いてますけど。」
別の役員がそう言うと、社長は手を振る。
「ここでは3000万って書いてるけども、個人的にはやる気とか、
そういう見えへん数字とか考えたら、2000万ぐらいやと思ってる。」
「ふむ。」
「案件一個取ったら、なんとかペイできるやろうと思って、話持ってきてる。」
そう言って役員会に話すと、やっぱり最初の反応としては、完全反対ではなくて、
「若手は喜ぶやろうな」という方向に寄る。
役員の一人も、腕を組みながら言う。
「確かに、社食補助っていうか、飯の補助は若手は喜ぶやろうな。」
「やろ。」
「やっぱり一食1000円かかってたら、ボディーブローみたいに効いてくるから。」
「そうやねん。」
ただ、そこですぐに別の役員が、やや慎重なことを言う。
「やけど、ちょっと奨学金の肩代わりから話早ないですか。」
その一言に、社長がすぐ反応する。
「違うねん。」
「……。」
「その早いがええねん。」
会議室に少し笑いが起きる。社長は、そのまま勢いで押す。
「うちは別に大手じゃないから。」
「うん。」
「やっぱりいい人材、大手からボコボコ取られてさ。」
「まあ、それはそうですね。」
「俺らは言うたら、それをあぶれたもん取っていくって話やけども、こういうのが
しっかりしてると、腰が落ち着くというか。」
「うん。」
「みんな辞めへんやろと。」
そこは、社長の中ではかなり本質やった。
採用の入口で勝てへんのやったら、入ってきた人間をちゃんと残すしかない。
そのためには、ただ給料を上げるより、“ここにいると生活が回る”という感覚を作った方がええ。
その発想である。
「辞めへんにしたって。」
社長が続ける。
「言い方変えると辞められへんようになるやろ。」
「こういうええもんがあると、言うたらよそに行く時にそれを全部手放すことになるからさ。」
その辺まで来ると、役員たちも「なるほど」とは思う。
露骨な縛りやない。
でも、福利厚生が生活に食い込んでくると、転職のハードルが上がる。
それは現実としてある。
「やめにくい上に、よそと比べて、ご飯が普通に気にせず食べれるっていうのは。」
「うん。」
「やっぱり昼からのテンションにもつながるし。」
「うん。」
「なんかそういうところで、費用感から見てもまあまあ許容できるやろうというところやし。」
そこで社長は、少し笑いながら役員たちを見回す。
「だって、みんなだって、飯代ついたら嬉しいやろ。」
それに対して、役員の一人が苦笑しながら返す。
「まあ、嬉しいですけども。」
「やろ。」
「嬉しいからって言って、安易に判断するのも、この役員会ではまたちょっと
趣旨変わってくるじゃないですか。」
その返しに、社長も笑う。
「わかってるわ。」
「いやでも。」
別の役員が紙を見ながら言う。
「反対するだけの理由とかある?って言われたら、あんまないですけどもね。」
「やろ。」
「まあただ、決裁出すにしては、数字のところで“ノリで作りましたマル”ではやっぱりいかんから、
その辺ぐらいですかね。」
そこは社長も素直に受ける。
「じゃあ、数字の上で納得感があるなら。」
「うん。」
「金額的なところもさ、結局月7500円の年9万にしてるけども。」
「はい。」
「そこを5000円にするとか、3000円にするとかにしたら、その辺は調整できるし。」
「たしかに。」
社長は、そのまま机を軽く叩いて言う。
「少なくとも“やる”という方向だけは決めてもええかなと思ってる。」
で、そこでさらに少し雑やけど勢いのあることを言う。
「少なくとも、マックス9万の半額の4万5000円でも。」
「うん。」
「そんなことしたら、だってもう1000万とかの費用負担でいけるわけやろ。」
「まあ、設計次第では。」
「やから、やるで。」
この“やるで”が、結局この社長の強さである。
細かいところは後で詰める。
でも、やる方向を決める時は速い。
そこを役員たちもわかってるから、完全に腰を折りにはこない。
「俺はま、言うたら。」
社長が少し笑いながら言う。
「お茶会でバンと始まった話は、だいたい即決したいねん。」
「また出た。」
「若手のテンションが上がってる時に、サッとやってしまうと。」
「うん。」
「後で“ありがとうございます”って言われるから、結構気持ちいいねん。」
そこに、役員の一人がすかさず突っ込む。
「社長が気持ちいいだけでしょ。」
会議室に笑いが起きる。
社長もそこは笑いながら返す。
「いいやんけ別に。」
「……。」
「みんな損する話ちゃうねんから。」
その一言で、空気がやわらぐ。
反対はない。慎重論はある。
でも、方向性としては賛成。
だったら先に旗だけ立ててしまえばいい。
そんな感じで、役員会は穏やかに終わるのでございました。
「じゃあもうこれは、やる方向で。」
と役員たちもまとめる。
「金額とか、導入とか、その辺はちょっと考えましょう。」
「そうやな。」
「ただ、これをやるって決めた後の、その社内の空気感とかもね。」
「ええ。」
「ちょっと味わいながらやろうや。」
そう言って、議題が終わる。
で、夕刻にですね、社長はそのまま勢いでメールの文面まで指示してしまうのでございました。
「よし、じゃあ出そう。」
「今日ですか。」
「今日や。」
「まだ早くないです?」
「方向だけや。制度の細目は詰めるけど、“食事補助始めます”っていう話だけでも先に出しとく。」
で、社内向けに一斉送信するメールのタイトルは、
「食事補助制度の導入について」
という、だいぶストレートなものになる。
社食補助、ではなく、食事補助。
その方が、社員にもわかりやすい。
「若手の生活支援と、健康面への配慮を目的として、食事補助制度の導入を進めます」
「詳細設計については別途ご案内します」
「開始時期や利用方法は追って連絡します」
というような文面が、会社中に一斉送信される。
夕方のオフィスで、そのメールを見た若手たちが、ちょっとざわつく。
まだ制度の中身は見えてない。でも、“やるらしい”という事実だけで、空気は少し変わる。
東京メイン社長は、そのざわつきを感じながら、やっぱこういうのは勢いやな、と思って、
ちょっとだけ満足そうに席を立つのだった。




