卓の空気を博子が持って行って先輩方が帰宅。北新地の女は安くなかったなと。その後黒服とのやりとりで時給UPwww
その卓はそこで終わりになったけども、店の外に出た先輩たちの空気は、さっきまでの
ウェイウェイした感じとはだいぶ違っていた。
酔いは残ってる。テンションもゼロではない。
けど、明らかに「ちょっと見せつけられたな」みたいな空気になってる。
「やばいな。」
先輩の一人が、店の外の空気を吸いながら言う。
「あの、軽いジャブでさ。」
「うん。」
「最近の北新地は、なんぼ積んだらヤレンのみたいなので結構盛り上がってたけども。」
「うん。」
「ガチの北新地の女はガチで、教養もそうやけど、下ネタも、自分の空気に持っていく力も
えぐいなっていうのをめっちゃ感じたわ。」
それに、周りの先輩たちも苦笑いしながら頷く。
さっきまで「なんぼ積んだら」みたいな軽いノリで転がしてたつもりが、
気づいたら博子の土俵に乗せられて、完全に空気を奪われてた。
そのことに今さら気づいて、少しだけ冷静になってる感じやった。
「確かに。」
「ワンナイトでガンガン持ってくんなら、十三とか、ちょっと離れたとこでやった方がええな。」
「そうやな。」
「ここでやるタイプちゃうな。」
要するに、気軽にいじって遊ぶ相手じゃない、ということや。
その辺の見立てが甘かったと、先輩たちもさすがにわかってきてる。
で、その流れの中で、さっきカレンちゃんを雑に扱ったことについても、少し空気が変わる。
一番上の先輩が、ちょっとバツ悪そうに言う。
「なんやかんや、カレンちゃんにはごめんな言うといてな。」
「悪気100でやったわけちゃうけど。」
「いや、まあ、あれはな。」
「でも、博子ちゃんに混ぜてもらってるカレンちゃんは、多分ええ子やで。」
そのフォローが入って、ようやく少しだけ丸く収まる。
博子も、そこは「わかりました、言うときます」とだけ返して、深追いはせえへん。
あんまりここで説教じみたことを言っても、逆に野暮になる。
だから、引くところは引いて、店を出る。
で、その流れを見てた黒服が、若干呆れながら、でもどこか感心したような顔で博子に声をかけてくる。
「博子ちゃん、やりすぎやけども。」
「何がですか。」
「いや、あの卓。」
博子は少しだけ笑う。
「でも、カレンちゃんの空気とかも読んでなかったあの人らも悪いし。」
「まあ、それはそうですけど。」
黒服は、そこをちゃんと見ていたらしい。
博子がただ前に出て、目立とうとしてたんやなくて、店の空気を戻しに行ってたことも、
わかってる感じやった。
「で、博子ちゃん、結構裏回しいけんじゃないの。」
「なんですかそれ。」
「いや、場を読む力というか、回収力というか。」
「そんな大げさな。」
「もしあれやねんと。」
黒服は、少し真面目な顔になる。
「キャバ卒業したら、ガールさんとかもいいかもね。」
博子は、その言葉に少しだけ止まる。
前にも似たようなことを言われたことはあるけど、こうやって現場で“実際に役に立った”
後に言われると、ちょっと響き方が違う。
「いやいや。」
「別に今すぐどうこうって話ちゃうけど。」
「うん。」
「今日、ほんまは俺らが動かなあかんかったのに、博子ちゃんが火消しもしてくれたし。」
「まあ。」
「今までの同伴のこともあるから。」
博子は、そこでちょっと嫌な予感みたいな、でも半分嬉しいような顔になる。
黒服は、そのまま続ける。
「時給500円アップするわ。」
「え。」
「ほんまやったらな。」
黒服は、そこで少し裏事情も混ぜてくる。
「最近、すごい同伴で来てくれるものの、ボトルの量がやっぱ少ないなと思ってさ。」
「うん。」
「裏で色々ごちゃごちゃやってるんやろうけども。」
「はい。」
「まあ、そのこともあったから、そこをもうちょい後ろから押して、まあ1000円アップにするから、
っていう話で色々やろうと思ってたけど。」
博子は、そこは黙って聞いている。
ボトルの量、店の売上、黒服の評価。そのへんの現実は、もちろんわかってる。
自分は派手に瓶を積ませるタイプではない。
でも、その代わりに同伴とアフターと座組で、別の価値を作っているつもりではあった。
「とりあえず。」
黒服が言う。
「今日、火消しもしてくれたし、500円アップにするし。」
「……。」
「で、これからも、なんかそういう空気感とか、見たってや。」
「はい。」
「カレンちゃん、一応チームに入れてあげたんやろ。」
博子は少しだけ頷く。
「別に全部が全部、役割持ってくれってわけじゃないけども。」
「うん。」
「カレンちゃん困ってたら、ちょっと助けてあげるぐらいのことしてくれたら、俺らも嬉しいし。」
その言い方は、店としての本音でもあるし、ちょっとした依頼でもある。
要するに、博子に“半分まとめ役”みたいなものを期待し始めてるのである。
しかも、ちゃんと時給アップという形をつけて。
博子は、その話を聞きながら、なんか変な感じがしていた。
嬉しくないわけじゃない。
むしろ、現場で見てくれてる人がちゃんと見てくれてたんやなというのは、普通にありがたい。
でも同時に、なんで私はこんなところで、座組を回して、火消しをして、後輩の面倒まで見る感じに
なってるんやろう、という、ちょっと笑けるような感覚もある。
「なんか。」
博子は苦笑いしながら言う。
「謎のステップアップをしてしまってる感じですね。」
黒服も吹き出す。
「せやな。」
「キャバ嬢として売れてるというより。」「なんか、違う方向にレベル上がってる感じあるわ。」
「それはあるかもしれん。」「まあ、ええやん。」
黒服は、最後にさらっと言う。
「博子ちゃん、そういうとこ向いてると思うで。」
その一言を聞きながら、博子は、なんかまた変な役割を背負ってしまったなと思う。
でも、嫌ではない。
むしろ、自分のやってきたことが、こういう形で現場に返ってくるのは、ちょっと面白い。
普通のキャバ嬢の売れ方とは、たぶん全然違う。
けど、こうやって“なんかいてくれたら助かる人”になっていくのも、悪くないのかもしれへんなと。
そんなふうに、カレンちゃんの件から始まって、火消しをして、黒服に評価されて、
気づいたら時給500円アップという、謎のステップアップをしてしまう博子であった。




