店内三セット目。終わりかけに福利厚生関係の球を投げる博子。社食補助について食いつく社長陣
「明日も楽しみやな。」
そんな話をしながら、三セット目に行くけども、今日サンセットでたぶん終わりそうやなという
空気になっていく中で、博子は、ちょっとだけ真面目な球を投げようかなと思った。
遊びの流れの中で、こういう話を差し込むのも、もうこの社長たち相手ならありかなという
感覚があったのである。
「とりあえずですね。」
博子が少し身を乗り出す。
「奨学金の肩代わり制度の他に、球が二つあると思ってまして。」
メイン社長が、すぐに反応する。
「おお、また来た。」
「一つが、昼食補助ですね。」
「昼食補助。」
「はい。税制の上限が月額三千五百円から七千五百円に今年から変わったので。」
社長たちは一瞬、何の数字やという顔になる。
博子は、その辺を噛み砕きながら続ける。
「この辺の福利厚生制度を導入するっていうことで、言うたら、千人規模の会社やったら
二千七百万万円浮くと思います、給与を上げるのと社食補助で給付するのでは。
所得税とかの関係で給与やと手取り減りますが、社食補助給付なら減らない分ですね。年間」
「そんなに。」
「で、これ、所得税関係の話だけで浮く話で、社会保険料の企業負担のところを考えたら、
多分追加で千四百万円ぐらい別途浮くんちゃうかな、みたいな。」
社長の一人が、ちょっと笑う。
「急にちゃんとした話やな。」
「ちゃんとした話ですよ。」
「いや、でも面白いな。」
博子は、そのまま話を進める。
「最近物価高で、やっぱり大阪でも一食千円ぐらいのとこってすごい増えてきてるんで。」
「あるある。」
「もちろん、吉野家とかに毎度行くんやったら別ですけども。」
「うん。」
「そうじゃなくて、トータルで健康の話とかも考えて、バランスのいい食事取るのに
やっぱ千円ぐらいかかるってなったら。」
「うん。」
「そういう制度を導入するっていうことは、最近“第三の福利厚生”って言われてる
らしいんですけども、ありなんじゃないですかねっていうところを話したかったのと。」
メイン社長も、そこはだいぶ真面目に聞いている。
博子はさらに、採用と定着の文脈まで繋げる。
「詳細な見積もりに関しては、まだ出すんですけど。」
「それをやることによって、離職率とか、採用コストとか、この辺ですよね。」
「そうやな。」
「結局のところ、奨学金の肩代わりもそうでしたけども、どうやってその制度が効いていくか、
という話に繋がるんで。」
「なるほど。」
「そういう話ができればなと思ってるんです。」
社長たちは、へえ、という感じで頷く。
ただの補助じゃなくて、“辞めにくくなる理由”とか、“選ばれる理由”になるという話になってる
ところが、やっぱり刺さってる感じやった。
「で、もう一つ。」
博子がまた続ける。
「“スゴロク給”です。」
「なんやそれ。」
「面白法人カヤックがやってることで。」
「おお。」
「給与とボーナスを、給付額から1%から6%まで、毎回スゴロクの上で
最後はやって加算するっていう。」
社長の一人が吹き出す。
「遊びやん。」
「そうです。」
ヒロコも笑う。
「これも遊びの話なんで、別にそんな高尚なもんじゃなくて、従業員との
コミュニケーションですよね、という一環もあって。」
「うん。」
「そういう感じで決めていくのもいいんじゃない、みたいな。」
「でもそれ。」
メイン社長が、少し現実的に言う。
「経理の方がすげえ面倒くさそうやな。」
「そこなんですよ。」
博子が、すぐに頷く。
「だから、これは単なる遊びやから、別にその中身を変えるのは全然いいと思うんですよ。」
「どういうふうに。」
「三千円、五千円、一万円あげるみたいな形で、スゴロクの上でね。」
「なるほどな。」
「要は、給料そのものを動かすのが重たいんやったら、ちっちゃいインセンティブでもええわけやし。」
「それはありやな。」
「そういうのどうですか、っていう話なんです。」
社長たちは、どっちもおもろいなという顔になる。
でもすぐに、実務的な目線も入ってくる。
「どっちも面白いけど。」
メイン社長が、少し考えながら言う。
「実際に効果あるのは、前者やろな。」
「昼食補助ですね。」
「うん。」
「なんか、その辺のことやってくれそうな会社とかもあるやろし。」
「あるから私も調べて言うてるんです。」
「そうなんか。」
「コンビニでも使えますし。」
社長の一人が、そこに反応する。
「それは強いな。」
「ただ、制度の話になると、使った額の半額を補助して、月額の上限がある、みたいな形なんで。」
「うん。」
「そこのところはちょっと認識ずれないようにだけ言っときます。」
「はいはい。」
「細かいものとかは、また別途。」
博子は、そこで少し仕事モードの顔になる。
「結局のところ、どういう要素で、どれぐらいの効果があるかっていうのは、
またちゃんと抽出して作れますんで。」
「おお。」
「いつでも言うてください。」
そこまで話すと、メイン社長はしみじみ笑う。
「博子ちゃん、ほんま、遊びの途中で投げる球ちゃうねん。」
博子も笑う。
「でもこういうの、今ぐらいのテンションで聞いてもらった方が入るんですよ。」
「たしかにな。」
「机の上で“福利厚生制度どうですか”って言われるより。」
「こっちの方が刺さる。」
「でしょ。」
社長たちは、ウイスキーを飲みながら、でも頭は完全に仕事の方にも寄っている。
遊びに来てる。でも、遊びの中で気づきも欲しい。
そのバランスが、この人たちにはちょうどいい。
博子としても、それがわかってるから、こういう球を投げられる。
「とりあえず。」
メイン社長が最後に言う。
「前者はちゃんと検討対象やな。」
「社食補助ですね。」
「うん。後者は、まあ、遊び枠や。」
「遊び枠です。」
「でも、そういう“遊び枠”の発想が出るのもええな。」
「ありがとうございます。」
「またそういうの、仕込んどいてや。」
「はい。」
そんなふうに、三セットを見に行く前の流れの中で、また一つ、ヒロコは仕事にも遊びにも
繋がる球を投げるのだった。




