表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/99

日曜日。清掃会社社長と京都花見店外。朝東京のおじさんから2週後の接待の依頼を受ける。

日曜日の朝は、思ったより静かに始まった。

花見の準備をしながら、スマホを充電器につないで、

コーヒーを一口飲んだ、そのタイミングだった。

――ピロン。東京のおじさんからのメッセージ。

「日曜の朝からすまん。昨日話してた地方遊びのやつ、

接待使いでいけるかと思ってな。2週間後の土曜、3人で予算25万。どうや?」

一瞬、画面を見つめたまま止まる。

……25万。しかも3人。完全に“遊び”じゃない“仕事の延長”や。

正直、胸が少し跳ねた。でも同時に、頭が一気に現実モードに切り替わる。

「ありがとうございます!日程、問題ありません。お時間何時からか決まったら

教えてください。ゆっくり飲める形で段取りしますね☺️」

そう返しながら、心の中ではもう仕込みを始めている。

――これは一人で抱えたらあかん案件や。まず浮かぶのは、

アルカちゃんとサキちゃん。勢いで煽らない、空気を読む、会話を切らさない。

しかも“場を荒らさない”。シャンパンでドンと盛る夜やない。

じっくり飲ませて、話させて、「また来たい」と思わせる夜。

そういう場に合う子を、ちゃんと揃えなあかん。

「あとで相談させてくださいね」と、東京の方に軽く含みを持たせて、

博子はスマホを伏せた。

今日は“花見の日”。頭を切り替える。身支度をして大阪駅に向かうと、

改札の少し向こうで、もう清掃会社の社長が待っていた。

見つけた瞬間、手を振ってくる。

「おー!今日はええ天気やな!」その顔が、もう嬉しそうで仕方ない。

「めっちゃ早いですね」「楽しみな日はな、年取るほど早起きになるんや」

そう言って笑う。「ほら見てみ。サンダーバード、空いとるやろ?」

ホームを指差しながら、ちょっと得意げ。

「日曜やのに空いてるんですね」

「やろ?これで30分1人2000円やで」博子を見る。

「この景色で、博子と30分ゆっくり喋れて2000円やったら、

安いもんやろ」思わず苦笑いがこぼれる。「そんな計算、

普通しませんよ」「せえへんか?」社長は楽しそうだ。

「でもな、そう思える時間って、意外と少ないねん」

サンダーバードが動き出す。窓の外に、少しずつ街が流れていく。

車内は静かで、観光客もまばら。話し声も控えめで、

時間がゆっくり進んでいる感じがした。「ええなあ」社長が窓を見ながら言う。

「こういう移動も含めて、花見やな」「そうですね」「店の中やったら、

どうしても“次”“次”ってなるやろ」博子はうなずく。「今日は、

“ここまで”でいいですから」その言葉に、社長は満足そうに目を細めた。

最寄り駅を降りて、少し歩くと、桜が見えてくる。

満開まではいかない。でも、ちょうどいい。人も多すぎず、騒がしすぎず、

写真を撮る人もいれば、ただ歩いている人もいる。「ええやん」

社長が、ぽつりと言う。「派手ちゃうけど、落ち着くな」

「私も、このくらいが好きです」レジャーシートを広げるほどでもない。

屋台に並ぶほどでもない。ただ、歩いて、立ち止まって、時々話す。

「最近な」社長が言う。「仕事してても、前みたいにイライラせえへんねん」

「それは良かったです」「博子とこうやって、“先に楽しい予定”があると、

余裕出るわ」それを聞いて、博子は少しだけ胸の奥が温かくなる。

――この人は、ちゃんと“日常”に戻っていく。それが、いい。

桜の下で立ち止まり、写真を一枚撮る。「送ってええ?」「どうぞ」社長は、

大事そうに画面を確認する。「今日来てよかったわ」「そう言ってもらえて、

嬉しいです」博子は、ふと朝のメッセージを思い出す。2週間後の土曜。

3人で25万。今日のこの空気と、あの夜の空気は、まったく違う。

でも、どちらも“同じ延長線”にある。――無理に混ぜない。

――ちゃんと分ける。――その上で、つなぐ。花見の桜を見上げながら、

博子は、次の段取りを静かに組み立てていた。

そして同時に思う。――今は、この時間をちゃんと味わおう。

花見は、ゆっくりと始まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ