日曜日。清掃会社社長と京都花見店外。朝東京のおじさんから2週後の接待の依頼を受ける。
日曜日の朝は、思ったより静かに始まった。
花見の準備をしながら、スマホを充電器につないで、
コーヒーを一口飲んだ、そのタイミングだった。
――ピロン。東京のおじさんからのメッセージ。
「日曜の朝からすまん。昨日話してた地方遊びのやつ、
接待使いでいけるかと思ってな。2週間後の土曜、3人で予算25万。どうや?」
一瞬、画面を見つめたまま止まる。
……25万。しかも3人。完全に“遊び”じゃない“仕事の延長”や。
正直、胸が少し跳ねた。でも同時に、頭が一気に現実モードに切り替わる。
「ありがとうございます!日程、問題ありません。お時間何時からか決まったら
教えてください。ゆっくり飲める形で段取りしますね☺️」
そう返しながら、心の中ではもう仕込みを始めている。
――これは一人で抱えたらあかん案件や。まず浮かぶのは、
アルカちゃんとサキちゃん。勢いで煽らない、空気を読む、会話を切らさない。
しかも“場を荒らさない”。シャンパンでドンと盛る夜やない。
じっくり飲ませて、話させて、「また来たい」と思わせる夜。
そういう場に合う子を、ちゃんと揃えなあかん。
「あとで相談させてくださいね」と、東京の方に軽く含みを持たせて、
博子はスマホを伏せた。
今日は“花見の日”。頭を切り替える。身支度をして大阪駅に向かうと、
改札の少し向こうで、もう清掃会社の社長が待っていた。
見つけた瞬間、手を振ってくる。
「おー!今日はええ天気やな!」その顔が、もう嬉しそうで仕方ない。
「めっちゃ早いですね」「楽しみな日はな、年取るほど早起きになるんや」
そう言って笑う。「ほら見てみ。サンダーバード、空いとるやろ?」
ホームを指差しながら、ちょっと得意げ。
「日曜やのに空いてるんですね」
「やろ?これで30分1人2000円やで」博子を見る。
「この景色で、博子と30分ゆっくり喋れて2000円やったら、
安いもんやろ」思わず苦笑いがこぼれる。「そんな計算、
普通しませんよ」「せえへんか?」社長は楽しそうだ。
「でもな、そう思える時間って、意外と少ないねん」
サンダーバードが動き出す。窓の外に、少しずつ街が流れていく。
車内は静かで、観光客もまばら。話し声も控えめで、
時間がゆっくり進んでいる感じがした。「ええなあ」社長が窓を見ながら言う。
「こういう移動も含めて、花見やな」「そうですね」「店の中やったら、
どうしても“次”“次”ってなるやろ」博子はうなずく。「今日は、
“ここまで”でいいですから」その言葉に、社長は満足そうに目を細めた。
最寄り駅を降りて、少し歩くと、桜が見えてくる。
満開まではいかない。でも、ちょうどいい。人も多すぎず、騒がしすぎず、
写真を撮る人もいれば、ただ歩いている人もいる。「ええやん」
社長が、ぽつりと言う。「派手ちゃうけど、落ち着くな」
「私も、このくらいが好きです」レジャーシートを広げるほどでもない。
屋台に並ぶほどでもない。ただ、歩いて、立ち止まって、時々話す。
「最近な」社長が言う。「仕事してても、前みたいにイライラせえへんねん」
「それは良かったです」「博子とこうやって、“先に楽しい予定”があると、
余裕出るわ」それを聞いて、博子は少しだけ胸の奥が温かくなる。
――この人は、ちゃんと“日常”に戻っていく。それが、いい。
桜の下で立ち止まり、写真を一枚撮る。「送ってええ?」「どうぞ」社長は、
大事そうに画面を確認する。「今日来てよかったわ」「そう言ってもらえて、
嬉しいです」博子は、ふと朝のメッセージを思い出す。2週間後の土曜。
3人で25万。今日のこの空気と、あの夜の空気は、まったく違う。
でも、どちらも“同じ延長線”にある。――無理に混ぜない。
――ちゃんと分ける。――その上で、つなぐ。花見の桜を見上げながら、
博子は、次の段取りを静かに組み立てていた。
そして同時に思う。――今は、この時間をちゃんと味わおう。
花見は、ゆっくりと始まっていた。




