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弁護士先生帰宅後、1回フリーついた東京のおじさんが来た。指名と高級茶と六本木の様子

弁護士先生は、結局1.5セットで席を立った。

延長の話も出たが、先生は時計を見て、少し申し訳なさそうに笑う。

「今日はこの辺にしとくわ。正直、だいぶ楽になった。次はちゃんと同伴で飯から行こ」

その言葉が、今日の締めとしては十分すぎるほどだった。

博子は無理に引き留めず、ゆっくりと頭を下げる。

「ありがとうございます。次は、ゆっくりご飯から行きましょう」

先生が帰る背中を見送りながら、“今日はちゃんと、人の疲れをほぐせたな”

そんな感覚が、博子の中に残っていた。

―――――

席が空き、少しだけ肩の力を抜いたタイミングだった。

黒服が近づいてきて、耳打ちする。

「博子、東京からのお客さん来てるで。フリーやけど、

名前聞いたら多分知ってる人ちゃう?」一瞬、頭が止まる。

まさか、と思いながら卓を見ると、見覚えのある横顔があった。

「……え?」思わず声が漏れる。

東京のおじさんだった。以前、1回会っただけの、あの人。

席につくなり、向こうが先に笑った。「いやー、びっくりしたやろ。

でも今、ええ季節やん?」話を聞くと、実に軽やかな行動だった。

新幹線で京都へ。昼は観光、夕方に大阪へ移動。

新地のANAホテルに宿を取って、チェックインしてから、ふらっと来たらしい。

「最近六本木で飲んでたんやけどさ」グラスを回しながら、少し苦笑する。

「もうね、シャンパンねだりがしんどくて。飲む前から“今日は何開けます?”

って空気でさ。嫌になって逃げてきた」

博子は、すぐにその温度感を掴んだ。「じゃあ、今日はリセットですね」

その一言に、おじさんが目を細める。

「そう、それそれ。そう言ってもらえると助かるわ」

黒霧島を頼もうとした、その瞬間。ひろ子は、少しだけ間を置いて言った。

「黒霧島もいいですけど……今日は、高級なお茶とかどうですか?」

一瞬、間が空いた。次の瞬間、おじさんが声を出して笑った。

「はは、なるほどな。そこで酒じゃなくて茶、か」

博子は、あくまで軽く続ける。

「京都も歩いてきたって聞いたら、今日はゆっくりがいいかなって思って」

おじさんは、しばらく考えるように天井を見てから、頷いた。

「その緩急、ええな。しかも、高い酒ゴリ押しせんのが偉い」

そう言って、黒服に目配せをする。

「じゃあ、それ一本もらおうか。あとこの子指名で」

高級茶が一本入った。場が、一気に静かな方向に整う。

「正直さ」おじさんは、グラスのお茶を手に取りながら言う。

「東京やと、“飲ませる=正義”みたいな店も多くてな。

それが嫌で、たまにこうやって大阪に来るんよ」

「観光もできますしね」

「そう。昼は京都、夜は新地。で、この値段とこの空気。冷静に考えたら、

“新幹線代込みでも安いやん”ってなる」ひろ子は、少し笑う。

「それ、たまに言われます」「やろ?」おじさんは満足そうに頷く。

「六本木で同じことしたら、倍は取られる。しかも落ち着かへん」

お茶を飲みながら、話題は自然と流れていった。仕事のこと、東京の街の変化、

昔の飲み方と、今の違い。派手な盛り上がりはない。でも、不思議と間が持つ。

「博子さ」おじさんがふと真顔になる。「こういう空気作れるの、才能やと思うで。

煽らへん、急がへん、でも放っとかへん」博子は少し照れながら答える。

「ありがとうございます。私、騒ぐより、こういう方が好きなんです」

「それがええんよ」おじさんは即答した。「だからまた来る。

今日みたいに、ふらっと」高級茶のボトルを見ながら、博子は思った。

――東京から、“わざわざ”来てくれる理由。それは、値段でも、見た目でもなく、

この“温度”なのだと。この夜は、シャンパンも、派手な演出もなかった。

でも、確かに一本、きれいに積み上がった夜だった。

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