アルカちゃんと保険会社の人。ねぎ焼きのやまもと本店に入れたが注文をした後追加で頼もうとしたら店員に怒られアルカちゃんがへこむトラブル発生
ネギ焼きのやまもとには、何とか入ることができた。
十三本町まで来て、やっぱり人気店やから無理かなと思ってたけど、
ちょうどいいタイミングで滑り込めた。
アルカちゃんも保険会社の人も、入れた瞬間ちょっとほっとする。
「うわ、よかった。」
「ほんまやな。」
「タイミング良かったですね。」
そう言ってるそばから、後ろにまた人がどんどん入ってきて、列も伸びる。
だから余計に、“今入れたのはラッキーやったな”という感じが強くなる。
保険会社の人も、周りを見ながら笑う。
「これは確かにラッキーやね。」
「でしょ。」
「会社終わりの人も多いんやろな。」
「そうですね。」
そんなふうに、最初の空気はかなりよかった。人気店にちゃんと入れて、
期待値も上がってる。で、早速ネギ焼きを二つ頼んで、ビールも頼む。
王道である。もうここは変に迷わん方がええ。
店の名物を、ちゃんと食う。
そういうやつや。
ただ、ネギ焼きは焼き上がるまで少し時間がかかる。
その間、なんか一品つまめるもんでも頼もうか、という流れになる。
だし巻き卵とか、軽いもんとか、その辺をさっと足せたらちょうどええなと思って、
アルカちゃんが追加で頼もうとしたところで、店員さんがかなりぶっきらぼうに言ってきた。
「注文は一回でお願いします。」
その声色が、ちょっと強い。忙しいのはわかる。
混んでるのもわかる。でも、言い方としてはだいぶ直球やった。
「あ、すみません。」
アルカちゃんがすぐに引く。店員さんはそのまま続ける。
「混んでるんで、何度も言われたら困るんですよ。」
その一言で、空気が少し止まる。
さっきまで“入れてラッキーですね”と盛り上がってた感じが、そこで急に一段落ちる。
アルカちゃんは、勢いに負けて、すぐ「すみません、すみません」と言って引っ込めるしかなかった。
保険会社の人も、さすがにそこはちょっとだけ表情が変わる。
別に怒るほどではない。でも、気持ちよくはない。
その絶妙な微妙さが、卓の上に残る。
結果、ネギ焼きだけ頼んで、ビールを飲みながら待つ形になる。
ビールは普通にうまい。店の空気も、悪いってほどではない。
でも、さっきまでの120点近い機嫌の良さからすると、そこに急に
冷水をぶっかけられた感じはあった。
「……。」
アルカちゃんの中では、ちょっとその一件が尾を引いていた。
保険会社の人も、それを察してる。だから、あえてあんまりその場では触れへん。
触れたら触れたで、余計に重くなる気がするからや。
二人とも、何となくビールを飲みながら、ちょっとだけ静かになる。
で、ネギ焼きが来る。見た目はちゃんとしてる。
食べたら、やっぱり美味しい。そこは美味しいのだ。
美味しいから余計に、さっきの店員さんの当たりがもったいないなと思ってしまう。
「……味はうまいですね。」
アルカちゃんが、少し気を遣うようにそう言う。
保険会社の人も頷く。
「うん。ご飯はまあまあ、いや、ちゃんとうまい。」
「ですよね。」
「だから、なおさらちょっと惜しいな。」
「そうなんですよ。」
そこから先は、もう変に長居して空気を戻すより、さっと食べて出る方がええな、という感じになる。
食べ終わって店を出ると、外にはまだかなり並んでる。
ほんまに人気店や。だから、ああいう店員さんの空気になるのもわからんではない。
わからんではないけど、それとこっちのテンションが下がるのはまた別の話や。
「まあ、そんなこともあるよね。」
保険会社の人が、店を出てすぐにそう言う。
アルカちゃんは、少ししょんぼりしながら笑う。
「めっちゃご飯美味しかったけど、ちょっと店員さんの空気悪かったよね。」
「うん。」
「すいません、本当に。せっかくわざわざ来てもらったのに、
なんか私の方が若干へこんでしまった。」
「いやいやいや。」
保険会社の人は、そこはすぐにやわらかく返す。
「そう、ちょっとガーッと言われたらな。テンション下がるしな。」
「ですよね。」
「でもまあ、そういう日もあるよ。」
その言い方が、アルカちゃんには少しありがたかった。
責めるでもなく、妙に励ますでもなく、“そういう日もある”で流してくれる。
だから余計に、ちょっと申し訳ないなという気持ちになる。
店前同伴に向かうタクシーの中でも、やっぱりその空気は少し残る。
山崎工場の流れがめちゃくちゃ良くて、弁護士先生が山崎十八年買って、全体の機嫌がすごく良かった。
そこから比べると、今のこの感じは、たしかに落差があった。
「なんか。」
アルカちゃんが、窓の外を見ながらぽつりと言う。
「今までの空気が百二十点やったのに、急に五十点出したみたいで、ちょっと微妙やったな。」
保険会社の人も、それには苦笑いで頷く。
「まあ、わかる。」
「ですよね。」
「でも、店の選びってそういうとこあるからな。」
「そうなんですよね……。」
アルカちゃんの中では、ちょっとへこんでいた。
博子のせいでもない。
選んだのは自分やし、店そのものが悪いわけでもない。
ネギ焼きはちゃんと美味しかった。でも、空気ってやっぱり大事やなと思う。
特に今日みたいに、前半がうまくいきすぎてた日は、ちょっとした言い方ひとつで余計に落差が出る。
「博子ちゃんのせいでもないしな。」
アルカちゃんは、自分で自分に言い聞かせるみたいにそう思う。
むしろ、博子が投げてくれた候補の中から自分が選んで、たまたまそういう日やった。
それだけや。でも、その“たまたま”を引くのが悔しい。
同伴って、味だけじゃなくて空気も含めてやから。
そんなふうに、少しだけしょんぼりした気持ちを抱えながら、アルカちゃんは店へ戻る。
山崎の高揚感から、ネギ焼き屋の微妙な当たりまで。
今日の振れ幅も、なかなか大きい。
でも、こういう外れを一回引くと、逆に“何が良かったのか”もわかる。
そう思って切り替えるしかないな、とアルカちゃんはタクシーの揺れの中でぼんやり考えていた。




