博子と税理士先生の同伴。新大阪近くの小料理屋で反省会しながらもウイスキー工場の楽しい時間に満足する
博子と税理士先生が入ったのは、西中島といっても新大阪寄り、アパホテルの隣にある
小料理屋さんだ。外から見ると、正直そんなに目立つ店ではない。
むしろ、ちゃんと見てないと通り過ぎてしまいそうなぐらいの細い店で、
ぱっと見では「ほんまにここなん?」って言われてもおかしくない感じや。
でも、博子はそういう店をさらっと選んでくる。
「ここ、昼しかやってなくて、終わり七時過ぎなんですよ。」
店に入る前にそう説明すると、税理士先生がすぐに笑う。
「なんか、自慢のカードみたいにやってるな。」
「いやいや、違いますよ。」
「だって、“この時間にしか使えへん店です”っていう顔してるやん。」
「してないです。」
そんなことを言いながら中に入ると、細い店ではあるけれども、むしろそれが秘密基地っぽい。
しかも一階だけで終わらず、「こちらどうぞ」と言われて二階に通される。
階段を上がる途中に、酒の燗する機械や、なんか妙に印象に残るカエル君の置物みたいなのがあって、
博子は「ああ、こういうのちょっとおもろいよな」と心の中で思う。
税理士先生も、ちらっとそれを見て「なんやあれ」と笑っていた。
二階に上がると、こぢんまりしてるけど落ち着く空気で、平日の夕方らしい緩さがある。
ガラガラというほどでもない。でも、変に埋まりすぎてもいない。
博子は席に座りながら、店の様子を見て言う。
「平日やから空いてるんだと思いますけど。」
「うん。」
「そこそこ人入ってるところ見たことありますけどね。」
税理士先生は、周りを見ながら頷く。
「なんか、ええ感じやな。」
「でしょ。」
そこで先生が、毎回出る質問をまた投げてくる。
「博子ちゃん、いつどうやって調べてくるの?」
博子は、その問いに少しだけ得意げに、でも完全には教えない顔で返す。
「いろいろですよ。」
「絶対なんかあるやろ。」
「そこが企業秘密ですかね。」
税理士先生が、ああそういう言い方するんやな、というふうに笑う。
実際には、生前の博之が行ったことがある店をちゃっかり選んでいたり、
ネットで細かく見たり、食べログだけじゃなくて他の動線から拾ってたりするんやけど、
そこを全部言う必要はない。そういう“ちょっとだけ隠す感じ”も、博子の座組の一部やった。
「ここ、日本酒結構揃ってる店で。」
「うん。」
「ご飯も丁寧なんですよ。」
そう言いながら、一品をちょこちょこちょこっと頼んでいく。
大皿でどーんではない。
ちょっとずつ頼んで、ちょっとずつ喋る。
さっきまでの山崎のウイスキー工場の空気とは全然違う。
あっちは高い天井と静かな開放感。
こっちは細い店と二階の隠れ家感。
でも、その振れ幅があるからおもろいのよね、と博子は思う。
「今度は日本酒いきますか。」
「そうやな。」
「純米大吟醸、じゃあいただこうか。」
そういう流れで酒を頼み、ゆっくり飲みながらまた話をする。
税理士先生は、グラスを持ったところで、今日の流れを振り返るようにしみじみ言う。
「それにしても、博子ちゃん今日はナイスやったで。」
「何がですか。」
「ウイスキー工場行って、テイスティングも良かったけども。」
「うん。」
「最後やっぱり、山崎の十八年がたまたまあったっていうのが良かったな。」
博子は、そこで少し笑う。
「でしょ。」
「弁護士先生にも貸し作った感じやし。」
「貸しって言い方やめてくださいよ。」
でも、税理士先生がホクホク顔なのは間違いなかった。
今日の座組が、だいぶ綺麗に回った実感があるんやろうなと博子にもわかる。
「いや、マジででもね。」
博子は、ちょっと本気で言う。
「平日やから十八年あったと思うんですよ。」
「それはそうか。」
「休日のそんな夕方に行ったって、絶対ないですよ。だって見つけた人が絶対買いますからね。」
税理士先生も大きく頷く。
「確かにそれはそうやな。」
「でしょ。」
「だって、あれやもんな。観光バスで乗り付けてくるやつとか、バカみたいに買うしな。」
二人で笑う。
でも、あれはほんまにタイミングが良かった。
平日、夕方、そこそこ人が少ない、座組の流れが綺麗。
その全部が噛み合って、あそこに一本だけ山崎十八年が残っていた。
そういう偶然まで含めて、今日の組み方はなかなか良かった。
「でも毎度毎度、座組お疲れさまやで。」
税理士先生が、少しやわらかい声でそう言う。
博子は、その言い方にちょっと笑う。
「そうなんですよ。」
「うん。」
「もう球ないですよ。」
「出たな。」
「いや、ほんまに。」
そこから先は、自然と次の話になる。
次やるなら九月になる。
だったら紅葉を見に行くでもいいかもしれない。
いや、九月やとまだ紅葉は早いか。万博公園でバーベキューか。
なんかわからへんけど、みんなで何かするっていうのも一つかもしれませんね。
そんな感じで、博子はまだ固まり切ってない案をいくつか投げる。
税理士先生は、それを聞きながら「その辺はおいおいやな」と頷く。
焦って決める話でもない。
でも、こうやって先の可能性を置いておくのは大事や。
そういう意味では、この同伴もただの飯ではなくて、次の打ち合わせでもある。
「で、どうや。」
税理士先生が、そこで少し声を落として聞く。
「もう一人、なんか決まりそうか。」
ヒロコは、そこを待ってましたというふうに少し笑う。
「いや、一人ね、候補いるんです。」
「お。」
「良かったら三セット目ぐらいにちょっと入れてみます?」
「まじで?」
「投入できたら、やってみますか。」
税理士先生の顔がちょっと明るくなる。
「誰なん。」
「カレンちゃんっていう子なんですけど。」
「うん。」
「簿記二級持ってるんですよ。」
税理士先生が、そこで思わず本音を漏らす。
「確定申告の時うちが雇いたいぐらいやな。」
博子がすぐに突っ込む。
「勝手にスカウトしないでください。」
「いやでもええやん。」
「よくないです。」
二人で笑う。
でも、そういう入口があるだけでも、税理士先生の座組にはかなり相性がいい。
簿記の話ができる。商業系の空気がわかる。
それだけで、ただの“かわいい子を増やす”とは違う意味が出る。
そこが博子の狙いでもあった。
そうこうしてるうちに、同伴の時間もいいところまできて、そろそろ店に戻るかという流れになる。
会計を済ませて、タクシーで店まで向かう。
新大阪寄りのこの小料理屋さんは、派手ではないけど、今日みたいな“工場帰りの余韻を整える”には
かなりちょうどよかった。
税理士先生も満足そうやし、博子もここを選んで正解やなと思う。
タクシーの中でも、税理士先生はまだ山崎十八年の話をしそうな顔をしていた。
たぶんこの辺の話は、あとで店に戻ってからも飲みながらよくよくするんやろうな、と博子は思う。
そんなことを考えながら、二人は店へ向かう。




