土曜日。久しぶりに同伴がない。初土曜日。憂鬱になりながらも気持ちを切り替える
土曜日。同伴も指名も予定がない。カレンダーを見た瞬間に、胸の奥が少しだけ重くなる。
「今日は厳しいピッチングやな」博子はそう思いながら、スマホを伏せた。
清掃会社の社長は日曜日。おじいちゃんは今日は家でゆっくりすると言っていた。
税理士先生か、弁護士先生。残っているカードはそれくらいだ。
無理に動いて空振りするより、軽くボールを投げて反応を見る。
それが今の自分のやり方やと、博子はわかっている。
まずは税理士先生。丁寧すぎず、軽すぎず。「今週お疲れさまでした。
今日は私は出勤しています。もしお仕事終わりに気分転換したくなったら、
ふらっと寄ってもらえたら嬉しいです」送信。
次に弁護士先生。昨日の会話を思い出す。婚活に疲れていること、
肩書きで測られることへの違和感、静かに飲みたいという本音。あの空気は、悪くなかった。
「昨日はありがとうございました。お仕事大変そうでしたね。
もし婚活の“終わり”にご飯でも行きたくなったら、今日は川沿いの静かな店を見つけました。
無理なら、また今度で大丈夫です」少しだけ踏み込んだ文面。同伴という言葉は使わない。
それが、相手の呼吸を乱さない距離やと感じたからや。
送信して、スマホを置く。反応がなくてもいい。今日は「誘った」という事実だけで、十分や。
頭の中で、もう一つのプランを転がす。もし誰も来なければ、土曜日のフリーを味わえばいい。
土曜日の北新地は、平日とは空気が違う。団体客、久しぶりに羽を伸ばす人、勢いだけで来る人。
相性の合う卓は少ないけれど、だからこそ、思わぬ出会いが転がっていることもある。
「今日は勉強の日やな」博子はそう割り切る。
着替えをしながら、鏡を見る。派手すぎない服。気合いは入れないが、
だらしなくもない。“来る人を迎えられる状態”だけは、きちんと整える。
川沿いの古民家イタリアンのことを考える。北新地の中では少し外れた場所。
ネオンより、川の反射がきれいなエリア。にぎやかさより、余白を楽しむ店。
「もし来たら、ええ夜になるな」そう思いつつ、期待はしすぎない。
出勤前、もう一度スマホを見る。まだ返信はない。それでも、気持ちは
不思議と落ち着いている。以前の自分なら、「土曜に予定なし」は焦りそのものやった。
でも今は違う。来ないなら来ないで、この空気、この客層、
この自分の立ち位置を観察すればいい。フリーで座って、今日は誰がどんな顔で
飲んでいるのか。誰が無理して騒いで、誰が静かに疲れているのか。それを見るのも、仕事や。
「土曜は土曜の味がある」博子はそう言い聞かせて、玄関を出た。
川風が少し冷たい。春の夜は、まだ油断ならない。
スマホが震えるかどうかは、神のみぞ知る。でも、震えなくても大丈夫。
今日は、来た人とちゃんと向き合う日。来なかった夜も、自分の糧にする日。
そう腹をくくって、博子は北新地へ向かった。




